君は笑った

@kerokero9

人外


 僕がひとりで泣いてるところへ、君はやってきた。

 僕よりも大きい背丈、見慣れない服装、美しく靡く透き通った白髪。そのどれもが、僕には新鮮すぎて怖くなってしまった。

 おまけに少し険しい表情をしていた。まるで掃除を面倒くさがる子供のような。

 すると大きくため息を吐き、投げかけるように僕に言った。


「ぼく?もう遅い時間帯だ。帰りなさい?」


 険しい表情からは想像もできないほど優しい声色だった。まるで、柔らかい布で包まれたような…そんな気さえした。

 僕の涙はその声を聞いた瞬間にピタリと止まった。悲しみで荒れていた心を、一瞬であやされてしまった。


「ぼく?涙は止まった?ならさっさと家に...ってコラ?!」


 一人になるのが心細かった僕は、ギュッとの服を掴んで離さなかった。

 密かに香る優しい自然の匂いに顔を埋めて、彼女の顔をチラッと見る。

 さっきまでの険しい表情とは違い、困った顔で僕をじっと見ていた。引き離そうにもまだ小さい子供だった故、力ずくでは危ないと思ったのだろう。


「はあっ...ぼく、名前は?」


 目の前の彼女を完全に信用していた僕は自分の名前を言おうとして...そこから、口が開かなかった。

 怖い。なぜかその思いで心がいっぱいになる、怖い。何故?わからない。原因が一切判明しない謎の恐怖に僕は再び泣きそうになった。

 その時、彼女は僕が来た方...つまりは鳥居の方を見て、不快な顔をしていた。

 泣きそうになりながら僕も鳥居の方を見ようとしたら、彼女の手が僕の視界を遮った。


「ぼく。目を瞑って、耳を塞いで」


 何かはわからないけど僕はそうせざるをえなかった。彼女の優しい声ではなく、怒っているような声色に圧倒されたからである。

 言われるままに、目をキュッとつむり、手のひらで耳を覆う。真っ暗闇の世界だ。


「さて、久しぶりだねえ。どうやって*********」


 すぐそばにいる彼女の声すら掠れてうまく聞き取れない。僕は好奇心からか少し指の間に隙間を開けて、鳥居の方を覗こうとした。

 鳥居にいたのは...ヨクワカラナイものだった。

 わかることは、明らかに人間ではないこと。

 その容姿を言葉で表すにはあまりに言葉は少なすぎる。

 だが、それに恐怖することはなかった。

 それは気づいたら消えていたのだ。痕跡一つ残さず、まるで最初からいなかったかのように。


「ぼく。もういいよ」


 彼女が耳元で囁き、僕は目を開けたふりをした。

 さっきまで境内にいたはずなのだがいつの間にか、鳥居の外にいる。

 混乱する暇もなく彼女は僕に語りかけた。


「はい、出口だよ。急いで帰りなさい」


 思わずゾッとした。あんなにも美しかった彼女のかんばせが、あまりにも醜悪に、残虐に、非道に見えたから。外見の話ではなく、中身の話だ。


「ん?ぼく...そっか。見ちゃったか。そっか。そっか、そっかそっか」


 今すぐ逃げ出したいが、強く手を握られているためそれすら叶わない。あんなに優しく感じていた彼女の声はもうひたすらに怖いだけだった。


「ぼく……ツギハナイヨ」


 手を離された瞬間、僕は一目散に走った。目的地などない。ただ逃げるためだけに走ったのだ。

走って走って走って走って、安心したいがために、ふいに後ろを振り返った時、僕は激しく後悔した。

 あの鳥居にいたバケモノをバラバラに引き裂く彼女を見てしまった。どんなに遠くから見てもわかるぐらい狂乱の笑みを浮かべ、残虐に笑う彼女の醜悪な姿を。

 そして、目が合った時、彼女は笑いながら…僕の顔を裂いた。

 

 




 

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