第45話 恐ろしい疑問
その三日間、彼女と言葉を交わすことはなかった。しばらく距離を置こうと思っていたのだ。彼女の行動は意味が分からなかったし考えようとしても自分の感情が邪魔して結局それは叶わない。だから落ち着いて話せるようになるまでは彼女と関わらない。少なくとも、あと一週間ある夏休みの間は話さなくていいと思い、彼女と席を連ねる代わりに俺は中学の同期と遊んでいた。懐かしいライングループに「集まろ」と一声。どういう風の吹き回しか、あの電話の次の日に、仲の良かったやつから連絡が入ったのだ。二日後には地元のカラオケに俺を含めたサッカー部連中が集まった。高校に入ってからもサッカーを続けていたのは意外にも俺だけで、他では部活に入らずアルバイトに明け暮れるやつ、ラグビーに転向したやつ、なぜかパソコン部に入ったやつ、あとは軽音部なんかに行っていた。
「実際さ、みんな高校の勉強どうよ?」
「俺とか赤点ばっかとかしか見たことねえ」
「中学んまでとレベル違いすぎ」
「分かるな~。塾行ってるけど満足な点数取れた覚えねぇもん」
そう言った俺に対して隣のやつが肩に手を置いてきた。少し呆れたような顔をしている。
「そりゃ
「いやもうマジでお前らと同じとこ行きたかったわ」
そう言うや否や、その場にいた8人が声を揃えて「うぇ〜い」と俺に言った。半年ぶりくらいに集まった俺たちにはつもる話も多く、最初は歌いもせずに運ばれてくるジュースやピザ、ポテトなんかを食べながらワイワイ楽しくやっていた。部活がどうとか、かわいい子がどうとか、文化祭の時に投稿していたストーリーの裏話だとか、ひとしきり喋った後にようやくひとりが歌い始め、各々が好きな曲を順番に歌い始める。もちろん俺も2回くらい歌った。
懐かしい仲間たちだったが、ひとり欠けていた。このメンツで遊ぶ時なら学年はひとつ違えど必ず一緒に来るやつがいたのだ。仲間の1人である高田のいとこで、後輩の中でもダントツでサッカーも上手く女子にもモテた。幸い高田が隣に座っていたので、他のやつが熱唱している中そいつに尋ねた。
「そういやユウタって今日来ねぇの?」
皆んなで盛り上がってる中で高田の顔が曇り、何か不穏を俺に感じさせたが他のみんなは気づいていない。
「そっか、お前知らなかったのか」
「えっなに、なんかあったの」
「ユウタは覚醒剤でつかまったんだよ」
俺が絶句し、まわりの喧騒の中に沈黙が流れた。そんな言葉を日常の中で見知った人間から聞くとは思わなかったのだ。テレビやネットニュースで報道されていたり、ポスターで見たり、高校の非行防止講話で聞いたりはしていた。でも実在するなんて。
「俺のとこにも警察が来たりしていろいろ大変だったよ。ユウタ、今は鑑別所にいる」
「そうか、そうだったのか」
「おかしいとは思ってたんだ。たまに見かけて声をかけても急に逃げてったり、7月のクソ暑い時に長袖を着だしたり」
「長袖?」
「リストカットの痕を、隠してたらしい」
暗い声でそう言われ俺は動揺した。紗奈も最近長袖を着るようになったからだ。近ごろのあの様子を見ていれば、同じ理由からだったとしてもさほど違和感はない。いや、むしろ今までそのことを危惧しなかった自分が恐ろしい馬鹿に思えてくるくらいだ。あんな
「この話、やめようぜ」
高田がそう言い、ちょうど高田の歌う番が来たのもありこの話はそれきりとなった。その後も2時間ほどみんなでカラオケにいたが、俺がその間楽しめるはずもなかった。皆んなが解散した夜の9時半、俺は自然と塾の自習室へと足を向ける。たどり着いた時にはもう塾も閉まる時間で、彼女はいなかった。
「先生、きょうって藤原来ましたか」
「いやー、来なかったんじゃないかな」
そう事務所にまで行って聞いてみたが、結局その日彼女と会うことはできなかった。ひとりでの帰り道、あたりは蒸し暑いのにも関わらず俺の背中はずっと冷たい。もう彼女のことを考えたくない。彼女から逃げ出したい。なにをやっているのか、なにをしたいのか。彼女自身にも分かっていないであろうことになぜ俺はこんなに頭を悩ます? 出したくない結論を追い求めては逃げ出すことを繰り返すことが無駄でしかないのは分かりきっていた。彼女は薬を飲み始めた時から壊れ始めた。常に薬の副作用に侵され痩せ細り、情緒も不安定になりおそらく幻覚を見ている。俺から金も盗んだ。その金でいったい何をしていたのか。彼女がいつもやっているあの不可解な行動には、なんの意味があるのか?
ともすれば君は 駿河 健 @KenlisAsperger
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