最終話 はしゃぐ影

若葉芽吹く木の向こうに見えるのは手石島。


春のさわやかな風に潮の香りが漂う。


私たちは道路から磯へ続く道を降りていった。


足場の悪いゴツゴツした岩に躓きそうになる私の手を俊さんが引っ張る。


「万理望ちゃん、気を付けて。それにしても久しぶりだなぁ..こういうのも」


いつも眠そうな顔をしている俊さんが海を見ながら懐かしそうにしている。



3月の春休みを利用して『玉川上水魚協くみあい』は静岡県伊東にやってきた。


もちろん磯に生息する生物の調査へ来たのだ。


海洋生物学を学んだ俊さんが特別講師を務めてくれる。


面倒くさがるかと思った。

でも、正樹君の頼みならと快く引き受けてくれた。


干潮時の岩礁にはいくつものタイドプールが作られていた。

そこにはエビやカニなど甲殻類が歩き回り、取り残された魚たちは潮が満ちるのを待ちわびていた。


正樹君と賢治君はさっそくバケツと網をもって生物探しを始める。

こんな時の男の子って、とっても楽しそうだ。


私も今日は久しぶりの青空の下で思いっきり楽しむことにしよう。


2人の少年の後を追いかける私の影が岩礁を走っていく。


『ねぇ、賢治君、そっちいったよ』

『ああ、くそっ! 逃げられたぁ! 今度はそっちに逃げた!』


『ははは。よしっ、僕に任せておいて!』


あの時、玉川上水緑道公園のベンチに座っていた少年は、自分でサークルを作り、自分で友を見つけ、そして自分たちで計画してここまで来たのだ。


賢治君がスマホを取り出すと、道路に向かって大きく手を振った。


振り返ると白い帽子を被った少女が黒い車の横で手を振っている。


少女は運転手の男性に手を取られながら磯まで降りてきた。


賢治君と正樹君は駆けよる。


「やぁ、しょう君、こんにちは」

「ははは。Hello. I am happy to meet you.」


「俺達もだよ」


正樹君は差し出した手で彩翔ちゃんと固い握手をするとこう言った。



「ようこそ、 玉川上水魚協くみあいへ!」

「うんっ!!」



春の陽射しは、力強いほど暖かく、海辺の岩礁に蜃気楼を作りだしていた。

そこに揺れる3つの影は、その出会いに思いきりはしゃぎまわっているようだった。


・・

・・・・・・


出会いから約1時間を過ぎる頃、待機している車からクラクションが鳴った。


そろそろ生態調査の終わりの時間が近づいている。


私は持参した重いカバンを開けるとみんなに告げた。


「青葉書店開店します!」


そして正樹君、賢治君、彩翔ちゃんへ この日の想い出に、この本を配るのだった。


「 ..これ、 私たちの本だよね.. 凄く綺麗 」

そう言いながら彩翔ちゃんは本を両腕で抱きしめた。


そんなふうに喜ぶ彼女を見ると賢治君の目は赤くなっていた。


「僕たちの想い出はずっとこの本の中に残るんだ。そうだよね、万理望さん」


「 うん。そうだね! 」



車の窓から彩翔ちゃんが手作りのサンドイッチを渡してくれた。


「これ、みんなで食べて」

「うん」


賢治君が正樹君の肩を叩く。

正樹君は真剣な面持ちで力強く彩翔ちゃんに言う。


「僕は賢治君と彩翔ちゃんに出会って決めたことがあるんだ。僕はもっと海洋生物を勉強して、いつか水族館で働こうと思ってる。そしたら、その時は.. その時は是非、彩翔ちゃんに来てほしいんだ」


「うん。必ず行くよ」


「よし、じゃ、第1回磯遊び調査会は終わりだ。また俺と正樹と彩翔で会おう」


3人はグータッチをすると車はゆっくり走り始めた。


彩翔ちゃんは大きく手を振りながら大きな声で言った。



「ありがとう! またね! 絶対また会おうねっ!」



どこまでも優しい春の風は、頬をなでるように今、開いたばかりの若葉をそっと揺らしていた。


****



そして、青葉書店の童話の棚には決して売られることのない本として『スマイルショコラ』が加わった。(https://kakuyomu.jp/works/16817330652138612552) 




—やがて時が経ち.... 


正樹君は海洋生物飼育専門学校を卒業すると神奈川県江ノ島にある水族館へ就職した。


彩翔ちゃんは司法書士を目指してがんばっている。


賢治君はデザイナー専門学校を卒業しグラフィックデザインの仕事をしている。


そして彼は、今も用がないのに青葉書店に遊びに来ては、私にその柔らかな笑顔を届けてくれている。




  『青葉書店開店します。参「玉川上水魚協くみあい」 完』




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青葉書店開店します。参「玉川上水魚協くみあい」 こんぎつね @foxdiver

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