第2話 ライバル(?)登場
4月8日、新学年のスタートとして始業式が行われた。僕たちの高校ではクラス替えがないから、退学や転科、理系コースへの変更とかがなければ入学当時と同じクラスのまま過ごす。だから今年も僕が2組で友華が1組と、別々のクラスのままだった。
そういう仕組みだから、始業式といっても新鮮さはあまり感じられない。
ただ、友華のクラスに編入してくる生徒がいて、既に体育館端の出入り口のあたり
に並ばされているという情報が始業式中に流れたため、1組が少しざわついていた。
僕と友華はちょうどクラスの列の端同士でこっそり話をできるくらいの距離だ。編入性が既に体育館に居る、というのも友華から聞いた。
最初、僕の角度からではうまく見えなかったが、校長が何かを表彰するため全体の隊形を少し変えたためその姿が見えた。
高めの身長にがっしりした体形。ウチの高校の制服が間に合わなかったのだろう、前の学校の制服を着ていた。ほぼ体育館中央にいる僕からでも、鍛えられた筋肉が制服の上に浮かび上がっているのが分かる。耳が完全に隠れるくらいの髪はすこしウェーブがかかっていて、よく焼けた首筋の肌を隠していた。
何か見たことがある気がするな…少し雰囲気が違うけど、月西に似ているな…。
月西は小学生のとき僕の通う小学校に転入してきて、運動会や夏休みのあとすぐまた別の小学校に転校していった。転勤の多いお父さんと家族は一緒に過ごすものだというお母さんの方針で、低学年のころからよく転校を繰り返すタイプの小学生だったようだ。
そんなことを思い出していると、
「あ、月西君」
と横で友華が呟いた。知ってるの?と話を振ると友華は、6年生の頃に転入してきて、とても足が速くあっという間にクラスのヒーローになったこと、すぐまた転校していっちゃったこと、月西のおかげでかけっこクラブが一気に盛り上がったことなんかを教えてくれた。
「とっても足が速くてさ、私もそのとき月西君に憧れて、陸上をやるようになったんだ。ほっちゃんも知っているの?」
「いや、オレが知っている月西となんか違うけど…。まぁでも編入生ってのは月西って名前で合ってるんだなぁ。」
校長の長い話が終わり、僕たちは体育館から出るよう担任から指示された。出入り口を通ろうとすると、月西とすれ違うような形になる。近づいたときに声をかけようかなんて考えていたら、先に月西が僕に気付いたようだった。月西は軽く手をあげひらひらさせると、「また後で。」と声をかけてきた。
僕も軽く返事をすると、クラスメートから、「なんだ知り合いか」「さすが陸上界では有名人」「お前顔広いんだな」と茶化されてしまった。一方で月西のちょっとワイルドな反面、子どもっぽい雰囲気が気にったのか、複数の女子が「星川君、あの編入生と知り合い?」なんてくどくど聞かれもした。
僕は軽く適当にあしらったけど、「そうか、月西が話題をかっさらったり、女子からあれこれ言われる存在になったか」と、感慨深い気持ちになった。
*****
次に月西と会ったのは、昼休みだった。教室後方の扉から廊下に出ると、すぐそこで月西と友華が話していた。
「おう、ほっしー久しぶり!」
「ねぇ、ほっちゃん。月西君も短距離やってて陸上部に入るんだって!」
二人同時に話しかけられてぎょっとしたが、僕は月西のほうに向きなおって話しかけた。
「そうか、月西は陸上やってたのか。」
「そうなんだよ。ほっちゃんに小学生のころ、走り方を教わってからずっと走ることやめてなかったんだよ。」
*****
そう、月西に短距離の走り方を教えたのは僕だった。
5年生の夏に転入してきた月西は、内気だったのか授業や遊び時間でも前に出ることはなくいつも後ろのほうに隠れていた。そうなるとやっぱりからかいの対象になるようで、日を増すごとに月西は体を小さくさせ、しばしばひきこもるようになっていた。
僕はといえば、積極的にからかいやいじめをしたわけではなかったが、それが聞こえたり見えたりしてもやめさせるようなことはしなかった。
「ま、あぁやってぐじぐじしてたら、自己責任ってことかな」
当時僕はそんな風に考えていたし、わざわざ僕が盾になる必要もないしな、なんて思っていた。
けれど、そんな僕と100m走が月西を決定的に変えた。
夏休みに入る前、運動会のリレー選手を決めるために短距離走、つまり100m走の授業があった。小学生男子にとって、リレー選手になれるかどうかの選考会は大人にとっての就職や結婚、あるいはそれ以上に大きなイベントだ。
クラスの男子からは選手2名と補欠1名が決められる。選手1名は僕でほぼ当確だから、(そのころから僕の足の速さは、学校では敵なしの速さだった。)残りの1枠プラス補欠を他の20名弱の児童で争うことになるわけだ。
選考会は、短距離走の授業が始まってから一週間後に設定された。その間の体育の授業は、各自ペアを作り、それぞれタイムを計ったりフォームの確認などをしたりする、という形式をとった。クラスの男子の多くが僕と組みたがったが、どういう経緯だか忘れたが僕はクラスで3番目に早い奴と組むことになった。加えて「星川君が一番早いから」という理由で体育の授業を見学していた月西もペアに入れられることになった。
「月西はさ、体育やんないの?」
僕はある日の放課後、「同じペア」の義務感から下校中の月西を呼び止めて話しかけた。
「僕の走り方、みんなが見ると笑うから…星川君も大変だね、僕と組まされて。」
そのまま振り返って帰ろうとする月西を、僕は呼び止めた。
「大丈夫、真剣に走るなら、本気で走るなら、オレは走るやつを笑わない。だから、一回走ってみ。オレが教えてやんよ。それから…」
「それから?」
「クラスのみんなはオレのこと『ほっしー』って呼んでる。月西もそう呼んでくれて
いい。それとオレはこれから君のこと『つっきー』って呼ぶよ。つっきー、河原まで行ったら一回走ってみようよ。」
「うん、わかった。」
河原につくと、僕はランドセルをその辺に放り投げて、靴ひもを強く結んだ。夕日が川の向こうに落ちていき、川と空をオレンジに染め上げる。まだまだ時間は大丈夫だろう。
僕はおよそ50mを自分の足で測り、その中間あたりに座った。そしてランドセルを下ろさせた月西を走らせてみた。
上体はのけぞり、腕と足を振るリズムもめちゃくちゃ。太ももを振り上げるだけで地面を全然蹴れていない。確かに本人の言うようにめちゃくちゃな走り方だった。ただその割には微妙に早く感じる。もしかしたら正しいフォームで走れれば…僕はそんな風に思った。
月西が走り終えた後、僕は無言で月西を座らせ、今度は僕が50mの距離をできる限り理想なフォームで走った。
「どうだったか。」
そう聞くと月西は手を叩いて言った。
「ほっしー、とてもかっこよかった。僕もああやって走ってみたいよ。僕も頑張ればほっしーみたいに走れるかな?」
「ありがと、でもそうやってなんとなく見てちゃだめだ。いいか、一つずつ教えるからな…」
「つっきーの腕は下におろしてるんよ。腕は後ろに引くようにするんだ。」
「それじゃまだ体の線がぐにゃぐにゃだ、つっきー。体の中に一本針金を通すイメージを持って。」
一つひとつ細かく教えていると、あっという間に日が暮れ、街灯に明かりがつき始めた。
「ほっしーありがとう。もし邪魔じゃなければ、明日も教えてくれないかな…」
月西はまたぐじぐじとそういった。
「条件がある。」
「条件?」
「体育にはでなきゃだめだ。つっきー。話はそれからだ。」
*****
そうして僕と月西の特訓が始まった。体育はそれから2~3回あったけど、月西の進歩ぶりにほかのクラスメートや教師たちも驚いているようだった。
放課後の練習も毎日行われた。言ったことをそのまま吸収する月西をコーチするのは、僕にとっても面白いことだった。それ以上に、今まで足が遅いとされていた月西に大きなポテンシャルがあることが驚きだった。走り方やフォームを矯正するだけで、みるみる走りが変わっていった。
そして、その日から一週間後、リレーの選考会が行われた。選手に選ばれたのは僕と、もともと2番目のやつ。まぁ順当だったが、その次の成績、つまり補欠に月西が選ばれることになった。そのことに僕やみんなが驚いたが、月西本人も驚いただろう。
「もうちょっと選考会が後ろの方に設定されていたら、もっとほっしーに教えてもらってたら、僕もリレー選手にもなれたかもしれない。」
本人になりに自信がついたようで、前からは考えられないようなセリフも言っていた。
そしてその日から月西の様子は大きく変わった。掃除用具箱に隠れることもなくなったし、授業でも積極的に発言するようになった。そして一番変わったのは周囲にいた僕らだった。今までのからかいや意地悪は一切なくなり、「陰気な男の子」から「活発で明るい男の子」に評価を上書きした。一回のレースが月西の生活を一変させたのだった。
*****
夏休み前の最後の学校。家族で帰省するという月西がわざわざお礼を言いに来た
「ありがとう、ほっしー。ほっしーのおかげで、僕はなんだか前向きになれた気がするよ。」
「そう言ってもらえるとうれしいよ。けど、もともとつっきー自身が前向きだったんだよ。9月の運動会楽しみだね。」
「うん楽しみだ。ほっしーはリレー選手たちが集まる組で走るだろうから大変だね。」
「まぁ、それでもオレが一位だろうな。オレは早いぜ。」
「そうだった。僕もほっしーたちと違う組だったら、一位になれる気がする。そんなことを考えるのが、最近とても楽しいんだ。」
「そうだな、そのためにも、また学校が始まったら練習しよう。」
そういって僕たちは別れた。
けれど、月西はそのまままた別の学校に転校してしまった。月西が運動会で一位になる夢は、僕は見届けられなかった。
*****
「月西は陸上部に入るのか?」
「そのつもりだよ。日色さんもいるし心強いよ。」
「そうよ、ほっちゃんにもいいライバルになるんじゃない?」
僕はぴくっとして返す言葉が出てこなかった。ライバル?僕に?
きまずい空気が流れかけたが、それを察知した友華が口を開いた。
「おっと、月西君を案内するんだった。じゃん、ほっちゃん。また部活でね。」
そういって二人は去っていった。ライバルかぁ。月西がライバルなんて、そんなこと、小学校のときからは考えられなかったなぁ。
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