第5話 要するに
あの記録会の日以降、僕は部活に行っていない。
コンディション調整やきつめのトレーニングのリカバリー、という理由で勝手に練習を2、3日オフにすることはあったし、部長も顧問も僕のそういった行動を黙認していたから、僕が部活に参加していないことを咎めてくる部員はいなかった。
ただ今回のように一週間近く部活に顔を見せていないと、流石に校内で部員と会うと気まずい空気が流れる。僕はそれを避けるように、自分のクラスの集団と引っつくように行動していた。
「なぁ、今日学校終わったら八王子のラウンドワン行こうぜ。」
「あそこ駅から遠いじゃん。」
「大丈夫だよ、自転車の後ろ乗っけていってやるから。」
「そうかぁ。星川も行くべ?」
僕は弁当を食べた後の昼休みも、なんとなくクラスメートの集団とだべっていた。集団が大きければ大きいほど、なんとなくそこに自分が居ても違和感が無かったから。
その分あんまり考えずに話を聞いていたのだが、急に話を振られると答えに困ってしまう。
「いや、星川はもう部活行けよ。」
「確かにそうだな。じゃいけるやつだけで行こうぜ。」
集団の中心の方からそんな声があり、僕は何も言えなかった。別にボウリングに行きたいわけでもなんでもないし、いつも一緒にいたいと思う連中でもなかったけど、大きな疎外感を味わった。
でももしかしたら、どこかで誰かの「部活行けよ」という言葉を待っていたのかもしれない。最近では友華とも月西とも話してないし、なんだったらこちらから敬遠してたから、誰もそんなこと言ってくれなかった。
これだけ休んだあとに部活に行くのは少しばかり気恥ずかしさがあるけど、しょうがない、放課後の予定も無いし、軽く体を動かしに行くか。
*****
「星川じゃねぇか、なんだか久しぶりだな。」
「もう怪我はいいのか?」
部室の前に行くと、各々準備していたチームメートが声を掛けてきた。軽蔑されるような雰囲気になるか心配していたが、そんなことは無かった。ただ歓迎ムードでもなかったけれども。
「怪我?」
「あれ、星川怪我したから休んでたんじゃねぇの?」
「誰が言ってた?」
「日色がそんなこと言ってたけどな……。」
きっと友華が、僕に批判が向かないように気を利かせて言ってくれたんだな。僕は部室で準備を整えながら、日色が言い訳をしている様を想像した。あいつはそういうの得意だもんな。昔はウソをつくのも苦手だったのに。
そうこうして、グラウンドに出ると、部長が僕に話しかけてきた。
「で、何しにきたの、エースさん。」
「ちょっと体をほぐしにさ。都大会も近いからな。」
「相変わらず自由なもんだな。今日のメインは競争形式でやるから……月西とかとやっといてくれよ。」
「いや、コンディション合わないから…それなら一年とかとやらしてもらうよ。」
「そうか、まぁ好きにしろよ。」
そう言うと部長が全員を集め、全体練習を始めた。
*****
一週間の「自主オフ」で体のキレが落ちたかと心配したけど、反対にいいクリーニングになったようだ。体が軽い。今日は風がほぼ無かったけれど、自分の後ろにだけ追い風が吹いているような気分だった。
あまりに自分の調子が良いと感じたもんだから、メインの練習に入る前に僕は一年生二人を捕まえて、タイムを計ってみた。
スタートの反射もよく、いい姿勢を保てている。腕もよく振れている。練習開始のときから感じている軽さもまだ残っていた。ゴールラインを過ぎ、一年生からストップウォッチを借りた。結果、12秒05。あれ、こんなもんか?
「おい、お前ちゃんと押したか?」
「押しましたよ。信用してくださいよ。」
「そうか、いや実感とタイムが合わなくてな。」
「確かにそうかもしれませんね。」
「ん?」
「星川さん、すごく気持ち良さそうに走ってましたけど、スタートの反応の悪かったですし、上体を起こすタイミングもリズムもバラバラでしたよ。後半落ちてましたし。」
「お前、あんまり適当なこと言うなよ。」
僕はカチンときたので言い返したのだが、反対にむっとした1年生に言い返された。
「適当なこと言ってません。僕、星川さんに憧れて練習してるんですから。」
「おい、全体練習だぞ!」
部長の声に呼び戻されて1年生は行ってしまった。自分の体は動いてたのに、タイムは出てない?なんだ?違和感は消えないまま僕も全体の輪に入った。部長から今日の練習メニューが説明される間も、僕はさっきの走りを振り返っていた。こんなこと今まで無かったんだけどな。悪いときは実感としても悪かったんだけど。
「ほっしー!オレと走ろうぜ!」
説明が終わったのか、月西が大きな声でやってきた。
「悪い、オフ明けだからゆっくり丁寧にやりたくて……。」
そう言って、僕はその場を離れた。そもそも月西と走りたくは無いんだけれど、この違和感を抱えたまま月西と走るのはなおさら御免だった。
僕はさっきタイムを計ってくれた一年生を捕まえて、ペアを組んだ。月西とでなければ別に誰でも良かったが、出来るならあまり早くなさそうなやつのほうが良かった。
その一年と組んで、何回か競争を行う。自分の感じるキレや感覚は上々なのだが、一年生と中々差が付けられていない。タイムも12秒を前後しているだけ。スタートに至っては負けることすらあった。
4回目の試走に入ろうとする瞬間、僕はグッと肩を捕まれ後ろに引き起こされた。突然のことに驚いて振り返ると、そこに居たのは月西だった。
「なぁ、後半落とすのなんなの?」
「いや、そんなつもりは全く無いけれど…」
「ウソつけ、ほっしー。お前、あからさまに力落としてる。」
「いや、自覚は全然…」
「お前、オレらと陸上、馬鹿にしてんだろ。全員オレよりも遅いくせに必死になってるよ、って。ふざけんな。こっちは一回一回の練習に全力尽くしてやってんだよ。なめんな。練習も気分で出たり出なかったりだしよ。星川、お前、陸上やめちまえ。オイ、一年も他のやつと組め。将来の為になんねぇぞ。」
月西はそう言って僕を突き飛ばし、一年生をどこかに引っ張っていった。ペアを奪われた形になった僕は、そこにいたたまれないのもあって、部室に引き上げた。
「いい機会じゃねぇか、辞めちまえよ。苦しいし、辛い練習をやってんのは自分も同じだ。けれど、そんなこと、誰も分かってくれない。今日気持ちよく走れたろ?あれがラストランでいいじゃねぇか。」
「うるさい。お前は出てくんな。」
あの黒い影を見ず、僕は僕に話しかけた。集中しろ。集中しろ。体が動いているのは間違いない。但し、タイムも出ていない。一週間休むと筋肉も落ちるだろう。それを計算して走ったか?いや、落ちた筋肉に合わせてもしょうがない。自分のピークに合わせた走りをしなくちゃ……。まずはバラバラと言われたフォームの改善とスタートだ…でもどうやって?
僕は頭でいろいろ考えながら、体はもう帰る準備をしていた。僕は陸上部からも逃げ出そうとしている。
*****
僕が荷物をまとめていたところを見ていたのだろう。早めに学校から引き揚げようとした僕を友華が呼び止めた。大分遠くから声をかけてくれていたらしかったが、全然気づかなかった。
「ごめん、ごめん。全然気づかなかった。」
「ううん、いいの、いいの大変だもんね。ねぇあんまり気にしなくてもいいんじゃない?月西君に言われたことも、タイムのことも。」
友華がそう励ましてくれたけど、なおいっそう僕は僕がみっともなく思えた。
「ありがとう。いや、みっともねぇな……。」
「だから、あんまり気にしない方がいいって!何か手伝えることあったら、私に言って!」
友華が明るく振舞えば振舞うほど、自分が小さく滑稽に思えてきた。僕はそのように言ってくれた友華の方をじっと見て言った。
「なぁ友華、オレと付き合ってくれっていったら笑う?」
「何それ、突然・・・」
2、3秒友華は何も言わず固まっていたが、見る見るうちに怒りに震えてきたようだった。
「何、同情してほしいの?ふざけないでよ!私は本当に心配してたのよ!それなのに何それ!確かに私はあなたに憧れてたこともあったけど、そんな姿じゃない!馬鹿にしないでよ!」
そういって友華は走り去っていった。
*****
「惨めだな」
校門を出ようとすると、後ろから声が聞こえた。
「うるせぇ。」
僕は声に出して、早歩きでその場から逃げ出した。
「お前はやっぱり逃げたんだ。走るのは苦しい。つらい。その上目的も失った。」
僕は逃げ出すためとうとう走り出した。どんどん後ろからついてくる気がして、ピッチを上げ続けた。
知ったことじゃねぇ。ついてくんな。オレは早いんだ。ついてくるんじゃねぇ。走り出してからはずっと無酸素運動なんだ。お前みたいな無駄なこと、考えてられるひまはないんだよ!
後ろから影が迫ってくるのがわかる。けれどそれを振り払うように僕はピッチを早めた。
踏め!まっすぐ踏み込め!前へ行くんだ!お前なんか消えちまえ!オレは星川!速いんだ!
ぼそぼそと声が聞こえる。視界は真っ暗だ。どこへ走っているのか、どこへ向かっているのか。僕にも全然分からなかった。
お前はもう出てくんじゃねえよ!オレに付きまとうな!
気づくと、僕は知らない場所をジョギングしていた。どこかの川沿いの道。おそらく多摩川だろう。遠くに八王子のビルが見えるのと、反対側に橋の街灯が連なっているのを見ると、おそらく八王子と日野の途中当たりらしい。幸いリュックは背負ったままで、格好も校門を出た時と同じままだ。
逃げ切れたのか?
「全く、付き合ってらんねぇよ。要するに、速けりゃいいんだろ?」
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