正しい正月気分の忘れ方

淀川 大

木星のコロニー型マンションのLDKにて

「こら、バグス、いつまでゲームしているの!」


「はーい」


「ユウナとマイメも、お人形遊びしたら、ちゃんと片付けなさい!」


「はーい」


「ハルカも、長女なのだから、音楽ばり聴いてないで、少しはユウナとマイメの面倒を見てよ」


「……」


「ハルカ! その必要以上に縦長のヘッドホンを外しなさい! 虫と間違われてスリッパで叩かれるわよ!」


「はいはい。あーウケる、ウケる」


「『はい』は一回でいいの!」


「サッキー、朝からそんなに怒鳴らなくても……」


「ウッキーも父親なんだら、子供たちをちゃんと叱ってよ。こんなにダラケて。ウサジは受験なのよ。明日は太陽系統一テストじゃないの」


「分かっているよ。――ああ、分かりました。言うから」


「パパ、今日は『ゴミすて』いかないの?」


「ピーター、今日は行かなくてもいいんだよ。その代わり、今日は『どどんと焼き』に行くんだ」


「どどんとやき?」


「なんだよ、ピーター、そんなことも知らいなのかよ。パパ、僕『どどんと焼き』知っているよ」


「お、えらいなあ、バグス。じゃあ、ピーター、バグスお兄ちゃんに教えてもらおうか」


「うん。おしえて、おしえて」


「『どどんと焼き』っていうのは、お正月のゴミを太陽まで持って行って燃やすことさ。ボーって。すぐ燃えちゃうんだぞ」


「そうなの、パパ」


「うーん、ちょっと違うかな。『どどんと焼き』っていうのはね、お正月で飾ったしめ縄とか松飾りとかを太陽の近くまで持って行って、ポイするんだよ。厄除やくよけって言って、悪いものを太陽に燃やしてもらうんだ」


「しめなわ?」


「ピーターは何も知らないんだな。勉強が足りないなあ。しめ縄っていうのは、パパとママのベッドの横に落ちていたやつさ。そうだよね、パパ」


「バグス、それは忘れなさい。それは違うなんだ。まあ、大人にならないと分からない事もあるから、今は忘れなさい」


「玄関の上のアレ?」


「そうだよ、ピーター! 偉いなあ、あれがだ。大晦日にパパが何回もジャンプして引っ掛けていたやつだよ。よく分かったなあ、えらい、えらい」


「ちょっとウッキー、コニマルがまた『火打石キット』でカチカチ遊んでいるわよ。狸のぬいぐるみを抱いて。一番下の子なんだから、ちゃんと見ていてよ」


「分かっているよ。でも、サッキーが見てればいいじゃないか」


「見て分かんないの? 私は今、掃除機をかけているでしょ!」


「いつまでやってるんだよ」


「キャニスター型の古い掃除機なんだから仕方ないじゃない! しかも、亀の形なのよ。仕事が遅くてはかどらないったら、ありゃしない」


「ありゃしない」


「真似しなくていいの、ユウナ!」


「うわあ~ん、ママが怒ったあ」


「ああ……、ほら、おいでマイメちゃん。パパと一緒にお片付けしようか」


「バグスっ! まだゲームをしているの? ママの兎蹴りを食らいたい?」


「ちょっと待ってよ。今いいところなんだから。ようやく最終ステージのワニまで辿り着いたんだよ。何匹の背中を飛び越えてきたと思っているのさ」


「どうせ最後には落ちて皮をはがれるのよ。そんなゲームはやめなさい!」


「嫌だ。だって新しいゲーム買ってくれないじゃん。カメとのコスモカーのレースには、もう飽きたし。てか、勝てねえし。つまんねえし」


「あんたがゲームしている途中で寝るから亀に負けるんでしょ。ていうか、あっちが体型的にハンディがあって遅過ぎるから待ってあげていたのに、待ちくたびれて寝てしまった相手の前をこっそり通り過ぎて、何食わぬ顔して先にゴールして、大会関係者に作り話をばら撒いた亀のどこが尊敬に値するのよね。後から何も知らないで白眼視の中でゴールしたご先祖様のことを思うと、涙が出てくるわ」


「だから目が真っ赤なの?」


「これは元々よ! ピーター!」


「ママもカラコン使えばいいじゃん」


「なんですって。ハルカ、まさかあんた、カラコンなんて使ってるんじゃないでしょうね」


「使ってなーあい」


「ヘッドホンを外しなさいって言ってるでしょ」


「ちょっと、やめてよ。壊れたらどうするのよ。これランドメイトモデルで高かったのよ」


「高かったって、そんなお金、どうしたの」


「アルバイトよ。うるさいなあ」


「ちょっと待ちなさい。その耳はなによ。ピアスじゃないの。そんなにジャラジャラと。私たちの耳はピアスの展示場じゃないのよ。何考えているの」


「いいじゃん、べつに。オシャレよ、オシャレ。ママには分かんないわよ」


「ちょっと、ウッキー! ウッキーも何か言っ……なに一緒になってピョンピョンダンス踊っているのよ。部屋を片付けてよ」


「ちょっと、みんな静かにしてくれないかなあ。明日は本番なんですけど」


「ああ……、ほら、みんな、ウサジお兄ちゃんの邪魔をしないように、静かに片付けしよう。パパも手伝うから」


「どーせウサジが合格する訳ないじゃない」


「ハルカ! 弟のことなんだから、少しは協力しなさい! だいたい、アルバイトって何のアルバイトしているのよ。ママに話しなさい」


「嫌だあ。秘密う~。ていうかあ、ママもバイトしてるじゃん」


「ママはパートよ。それも、ちゃんとしたところ。あなた、いかがわしいお店とかで働いているんじゃないでしょうね」


「何よ、それ。自分の娘が信用できないわけ?」


「そういう問題じゃないでしょ! 世の中には、長耳のカチューシャつけてウサギのふりして偽物を売ったり、色気だけを売り物にして、いやらしい客ばかりが集う出っ歯のお店とかもあるのよ」


「例えば、何て店よ」


「例えば、『クラブ・カピバラ天国』とか……」


「ゴホンっ。あー、サッキー、そろそろ君のパート先から量子通信で指示が届く時間じゃないかな」


「はっ! しまった! ウッキー、これ続きをかけといて」


「OK、OK。さ、パパはこれから掃除機をかけるから、ユウナもマイメもおもちゃは片付けようね。コニマル、それはきねと言って、お餅をつく道具なんだよ。パパの足を叩く物じゃないからね。イテっ。こらっ、コニマル!」


「ていうか、今日は『どどんと焼き』に行くんでしょ。私も行かないと駄目なの?」


「ハルカ、こういう事は家族みんなでするものだから、全員参加だよ。ウサジも、明日試験なのに行くんだよ」


「ウサジは勉強させてやればいいじゃん」


「ハルカだって、去年の専門学校の入試の時には、その三日前だったのに一緒に行ったじゃないか」


「でも、時間がもったいなくね?」


「こういう事は、前日にジタバタしても始まらないのだよ。直前でリラックスする事も大事さ」


「それより、ママ、どうしていつも隠れて量子通信するのよ。何のパートなの? どうして教えてくれないの?」


「大事なお仕事のパートだから、みんなに知られる訳にはいかないんだよ」


「その『カピバラ天国』でバイトしてたりして。耳を洗濯ばさみで挟んで半分に畳んで。くくく、ウケる」


「誰が着け出っ歯してカピバラの真似しているですって?」


「誰もそんな事は言ってないよ。通信は終わった?」


「ええ。なんだか、急な仕事で動いて欲しいって」


「急なって……じゃあ、ラングレン局長さんから直接……」


「シッ。子供たちに聞こえるでしょ。鼻をカプッてするわよ。――そうなのよ。ウチの保険会社に直接の依頼だったみたい。LV426惑星からの旅客宇宙船の調査だって」


「LV426惑星って、意味も無く噛みつく、酸性の血液の原住民がいる星だろ?」


「そうなの。なんだか、乗り合わせた筋肉質でドレッドヘアーの宇宙人と喧嘩したらしくて、怪我して出血して、船体が溶けちゃったんですって」


「ドレッドヘア―って、ヒツジさんの深夜ニュースで言っていた奴らかあ。透明になる装置を使うっていう」


「そんな高度な道具を作れる頭を持っているのに、やたらと短気で、しかも神経質。少しの怪我にも、うるさいのよ。蛍光色の血でメッシュの服が汚れたあ、とか」


「じゃあ、君が勤めている保険会社に保険金でも請求しているの?」


「保険金を支払わないなら自爆するって言ってるみたい」


「そりゃあ、サッキーも年明け早々に忙しくなりそうだね」


「仕事だから仕方ないわ。それより、ハルカのアルバイト先よ。どこなのかしら」


「変なところじゃないだろう。僕らの子供なんだから、大丈夫だよ。後で、僕が訊いてみるよ」


「パパ、この植木鉢もポイするの?」


「ピーター、それはね、門松って言うんだよ。そうだよ、それもバラバラにして持って行こう。おーい、ユウナ、マイメ。ピーターと一緒に、この門松を解体しておくれ。小さいから三人でもできるだろ」


「はーい」


「ハルカ、――ハルカ! ちょっと来なさい」


「何、ママ」


「昨日の七草粥の大鍋を洗ってちょうだい。ママはお椀を洗うから」


「はーい……」


「洗剤は、アライグマ印の『ジャイ』は使わないでよ。吉備団子粉末入りの『おばあちゃんの心臓キュキュット』にしてちょうだいね。そうじゃないと鍋底が痛むから」


「わかったあ……」


「よーし、掃除機かけも終わったぞ。しかし、この掃除機、のろいなあ」


「やっぱり亀はだめだね。スティック式の鶴形掃除機に替えたら」


「そうだな。じゃあ、バグスのお年玉を使って買うかな。ほれ、くれよ」


「ええ! その前に僕のお年玉を返してよ」


「何のことだよ」


「パパには、地球のおじいちゃんから貰ったお年玉を預けたじゃんか。それのことだよ。返してよ」


「わー、わたしもパパに預けたよ。返して返して」


「マイメもパパにわたしたよ。かえして、かえして」


「ぼくも、かえして、かえして」


「ば、バグス、ユウナ、マイメ、ピーター。いいかい、お金というものは、持っていると危険なんだ。だから、パパが預かって……」


「ちょっと、ウッキー。どういう事なの。ちゃんと聞こえていたわよ。ハルカも預けたって言っているし。きっとウサジの分も預かっているわよね。それは私のパパから子供たちに渡されたお年玉でしょ。ちゃんと子供たちに渡しなさいよ」


「いや……サッキー……それが……」


「まさか、使っちゃったの?」


「あ、いや、そうじゃなくて……」


「はあ? ウッキーがそんなうさぎだとは思わなかったわ。私たちは兎なのよ。お月様にも形を残す由緒正しい誇りある種族なのよ。それなのに、子供たちのお年玉を横領するなんて。いったい何に使ったのよ。まさか、また『カピバラ天国』に……」


「違うって、サッキー。使ってないってば。お年玉用に去年作った子供たち名義の銀行口座があるだろ?」


「ああ、金星銀行の。そこへ?」


「ちゃんと入金してあります。ただ、この連休で銀行はストップだから、引き出せないなあ……と」


「もう……。何やってんのよ。仕方ないわねえ。みんな、今日のおやつのスイートキャロットはパパのおこずかいで買ってもらいましょうね」


「やったー。ママ、飴も買っていい? 金太郎飴」


「ユウナ、金太郎には兎がちょっとしか出てこないから、駄目よ」


「ええー。ユウナの絵本にはいっぱい出てくるもん」


「それは、おねえちゃんがラクガキしたからでしょ」


「余計なことを言わないでいいの、マイメ!」


「わ~ん。ユウナおねえちゃんが、おこったあ」


「はいはい。喧嘩しない。パパがカリスト衛星名物の『カリカリ人参クレープ』を買ってあげるから」


「わーい、やったあ」


「ほら、ユウナとマイメは門松の解体でしょ。年下のピーターが一人でやっているじゃない。お姉ちゃんたちも、ちゃんとしなさい」


「ママあ、鍋洗い終わったから、私も門松解体を手伝ってくるね」


「うん。お願い」


「じゃあ、ウサジ、バグス。男衆はパパとベランダで縄跳びだ。正月休みは昨日で終わりだからな。今日からはいつもどおり、日課の縄跳びをするぞ。ウサジ兄さんを呼んで来い。ピーターも縄跳びするぞ。おいで。コニマルも今年から練習を……あれ? コニマルはどこにいった? コニマルう」


「パパ、なんか、掃除機の中から声がするよ」


「な! 吸い込んじゃったか! コニマル! 今出してやるからな!」


「もう、何なんだよ。明日は試験当日だって言ってるだろ。縄跳びなんかしてる暇ないんだよ」


「ウサジ、手伝え! パパが間違ってコニマルを掃除機で吸っちゃったんだよ! そっちの蓋を開けて、紙パックごと外に出すんだ!」


「ま、マジで! コニマル!」


「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ。ニコッ」


「ああ、よかった、生きてた。パパ、何やってんだよ。しっかりしてくれよな」


「すまん、すまん。すまんけれども、縄跳びはするぞ」


「どうして」


「もう、ウサジには話してもいい歳頃かもしれないが、昨日、パパはお正月に溜まったジュースの空のペットボトルを潰すために、何回もジャンプしていただろ」


「ああー、すっげーうるさかった。ペコッ、ペコッて」


「あれで、昨晩、パパは腰が痛くて、いつものパパじゃなかったんだ。だから今朝はママの機嫌が……イテっ」


「朝から何言ってるのよ、ウッキー! ウサジも真顔で聞いてないで、さっさと縄跳びしてきなさい!」


 こうして、ウッキーサッキー家の新たな一年が始まっていった。

 ベランダで並んで縄跳びをしているウッキーたち。

 小さな門松を丁寧に解体しているハルカとユウナとマイメ。

 また量子通信の呼び鈴がなる。

 サッキーは音がする自分の部屋へと駆け跳んでいった。


 了





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正しい正月気分の忘れ方 淀川 大 @Hiroshi-Yodokawa

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