第8話 私という毒

 執務室の扉を叩き、すぐに開ける。誰も入れるなと言っているのなら、返事を待っても入れてくれるとは思えなかったからだ。


「失礼します」


 慣れない淑女の礼を、中にいるルーファス陛下に向ける。ちらりと様子をうかがうと、思いっきり眉間に皺が寄っていた。


「帰れ」

「いいえ、帰りません。用があって来ましたので」


 その帰れが、用意された部屋になのか、国なのかはわからないけど、どちらにも帰る気はない。


「用、だと……?」

「はい。庭園の手入れを手伝う許可をください」

「駄目だ」


 間髪入れず返ってきた答えに、私は口を尖らせる。

 毒の調合には毒草が必要だ。鉱石とかでも調合できなくはないけど、手間も機材もいる。

 小屋から持ってきた道具で扱えるのは毒草だけだ。


「許可をいただけるまで、ここから動きません」


 毒草を育てる許可をくれるか私を殺すまで、てこでも動かないつもりだ。

 返事を待つことなく、執務室に置かれたソファに腰を下ろす。その柔らかさに思わず立ち上がりかけたけど、必死に堪える。

 ルーファス陛下の前、執務机の上には山のように書類が積まれている。仕事に戻るためにも、私を追い出したいだろう。


「……ならば無理矢理にでも帰らせるだけだ。ついでに馬車に押しこんで、お前の国に帰そうか」

「帰らされてもまた来るだけです。私はこの国に嫁いだ身なので」

「そんな細い体で長距離の移動を何往復もして、耐えられると思っているのか」

「耐えられるとか耐えられないとか、関係ありません。耐えるしかないので」


 お母さまが寝こんでから毎日世話をしていたけど、お母さまが目覚めることはなかった。

 だけど薬姫であるお姫様なら、お母さまを目覚めさせることができるかもしれない。

 そしてお母さまが目覚めた時に私がいては、お母さまはまた泣くだけの毎日に戻ってしまう。


 それだけは嫌だった。


 王様と王妃様は大変仲睦まじい夫婦だった。だけどある日、喧嘩をしてしまった。

 原因がなんだったのかは関係ない。ただ、王妃様と言い合いになった王様は苛立ち、銀に近い灰色の髪をしたお母さまに八つ当たりをして――結果、お母さまは私を身ごもった。


 当時、子爵家の娘だったお母さまには将来を約束した婚約者がいた。だけど身ごもった状態で嫁ぐことはできず、お母さまは一人、生家である屋敷で私を産んだ。


 お母さまにとって不運だったのは、産まれた私が妖精眼の持ち主だったことだ。

 王様からされた仕打ちを黙っていたお母さまだったけど、妖精眼の赤子を見ればその父親が誰であるかは一目瞭然。


 そして私はすぐに王様の子として城に迎えられ、その母親であるお母さまも城に閉じこめられた。


 王様にとってはたった一度の過ちの証。王妃様にとては夫の不貞の証。そしてお母さまにとっては、将来を奪った証。

 誰にとっても毒にしかならなかったのが、私だ。


 つまり、私の居場所など最初からどこにもない。あるとすれば、神様のところだけ。

 それなのにルーファス陛下は私を殺す素振りを見せてくれない。なら、私にできるのは毒を作り、自分で飲むことだけだ。

 私はこれまで通り、頑張って死ぬことしかできない。


「ルーファス陛下、私に庭園の使用許可をください」


 重く、長い沈黙が流れる。じっとルーファス陛下を見つめていると、彼は静かに溜息をついた。

 血の色を連想させるような赤い瞳が、真っ直ぐに私を捉える。


「庭園で何をするつもりだ」

「さっき言ったように、手入れを手伝うだけです。私、土いじりが趣味なので」


 城の片隅にある森は、元は森林浴のために用意されていたのだろう。だけど私が暮らすようになったからか、それとも必要なくなったからか、長い間手入れされていなかった。

 だからか、毒草のたぐいはあまり生えていなくて、細々と毒になりそうな草花を採取しては調合していたある日、私は森のすぐ近くに薬草園があることに気がついた。

 それからは、薬草を拝借することにした。どのくらいの量を使えばいいのか、別のものと混ぜ合わせることによって毒に変化するかどうか。

 そして万が一に備えて解毒剤になるかどうか――色々なことを調べていた。


 だけど調合した毒は、妖精眼を持つ私を殺すことはできず――そうこうしているうちに、森に毒になりそうな草花が増えた。

 どこからか種が飛んできたのだろう。偶然の産物かもしれない毒草は、使えばなくなってしまうかもしれない。

 そう考えた私は、毒草を採取しては小屋の近くに移して栽培していた。


 なので、毒草に限定されるけど土いじりが趣味なのは嘘ではない。


「一国の姫君が、か?」

「土いじりが趣味の姫がいてもいいじゃないですか」


 本の中には剣を嗜む姫が登場することだってある。なら土いじりが趣味の姫がいても不思議じゃないはず。


「……いいだろう。ただし、お前を帰す算段がついたら抵抗せず、おとなしく帰ることが条件だ」

「それは割に合っていないような気がします」


 そもそも、帰す算段とはなんだ。馬車の用意さえ整えば、無理矢理押しこめて帰すことだってできる。

 ルーファス陛下の心積もり次第の約束なんてできない。


「お前がここにいる間の安全は保証してやる。庭園の許可と、身の安全。この二つだけでは不満か」

「そんなものいりません。私は庭園を使う許可さえもらえれば十分です。なので、保証はいらない代わりに、先ほど言った条件はなしで許可をください」

「万が一賊が侵入したとして、誰の助けもなく逃げ延びれると思うのか」

「私は妖精の血をひいています。この体を傷つけられる人なんて、そうはいません」


 これまでいくら毒を調合しても死ねなかったのだ。剣を振り下ろされようと、死ねる保証はない。妖精の血が流れるこの体は、あまりにも頑丈すぎる。


 だからこの国に――ルーファス陛下に期待しているのだ。他の国を攻め落としたのなら、王族を殺す術を持っているはずだから。


「……いいだろう、許可は出してやる。ただし、今後お前の身の安全は保証されないと思え」

「はい! ありがとうございます」


 眉間に盛大に皺が寄っているけど、許可はもぎとれた。感謝を表すためにも深く頭を下げる。


「お前は――」


 苦虫をかみつぶしたような苦々しい声はあまりにも小さくて、その先は聞こえなかった。

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毒姫ライラは今日も生きている 木崎 @kira3230

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