第7話 どんな毒花を育てよう
城内を案内してもらいながら、どうすれば殺してもらえるかを考える。
だいぶ無礼なことをしているつもりなのに、殺してくれる気配がない。朝食にも持ってきていた剣を一振りしてみてくれるだけでいいのに。
「ルーファス陛下ってどういう人ですか?」
暴君という呼称に似合わず忍耐力のある彼について、前を歩く侍女に聞いてみることにした。
すると彼女はこちらを向いて、とまどうように眉をひそめた。
「陛下は……その、気難しい方です」
「ヴィルヘルムさんもそう言っていましたね……ほかには、何かありますか?」
気難しく、人に触れられるのが嫌いで、好き嫌いがない。この三つだけでは、人物像を描くには不十分すぎる。
どうにか情報を集めて、逆鱗に触れるギリギリを狙わないといけない。
「……ほかには、ですか。……私もこちらに勤めはじめたのは最近のことで……陛下についてはあまり詳しくないんですよ」
「そう、ですか」
ルーファス陛下が玉座についた時、何人もの臣下が殺されたと聞いた。そして、ヴィルヘルムさんは人手が足りないとも言っていた。
もしかしたら、殺された人の中には昔から城で働いていた侍女も含まれていたのかもしれない。
だから人手を増やすために新しい侍女を雇い――私の前を歩く彼女も、それなのではないだろうか。
憶測に過ぎないけど、そう外れてないような気がする。
エイシュケル国の城では大勢が働いていた。人手が――しかも、妃となった人に付けられないほど不足するなんて、そうあることではないと思う。
「それじゃあ、何かわかったら教えてくれますか? ルーファス陛下ともっと親しくなりたいので、色々知りたいんです」
「かしこまりました」
少しだけ表情を和らげる彼女に微笑んで返す。彼女からルーファス陛下に聞けることは今はないようだ。
なので、別のことを聞いてみよう。
「このお城に薬草とか、薬草じゃなくても草花がたくさん生えている場所ってありますか?」
「薬草、ですか?」
「はい。この国でしか栽培されていないものとかあれば、教えてほしいです」
薬草は煎じたりすれば薬になるけど、量や調合方法を変えれば毒になるものも多い。薬も毒も紙一重なのだと、お母さまと二人で暮らしている間に知った。
だから私はあえて、毒草についてではなく、栽培していてもおかしくない薬草について聞くことにした。
馬鹿正直に毒草と言っても、教えてはくれないと思ったから。それで毒殺を企んでると思われて殺されても、非は完全にこちらにある。
それでは意味がない。もしもそれがきっかけでアドフィル帝国がエイシュケル王国に攻め入りでもしたら、寝たきりのお母さまは放っておかれてしまう。
「薬草については知りませんけど……庭園がありますので、そちらでも構いませんか?」
「はい、お願いします」
一見綺麗なだけの花でも、根や茎に毒を持つものもある。そういったたぐいの花であることを祈りながら、侍女の後ろをついていく。
案内されたのは、綺麗に手入れされた庭園だった。たしかにあちこちに花は咲いているけど、これは摘んでもいいものなのだろうか。
見栄えがよくなるように剪定していたり、花の一輪一輪にまで気を遣っていそうだ。つまり、庭師の精魂が込められていると言っても過言ではない。
「こちらの花はこのあたりの土と気候しか合わないのか、他国では綺麗に育たないことで有名です」
そう言って示されたのは、オレンジ色の花びらが何重にも重なった花だった。その性質から、アドフィル帝国の名前を取ってフィルと名付けられているらしい。
完全に鑑賞用として育てられているのだろう。何枚にも重なっている花びらの一枚一枚が瑞々しい。
「これを一輪もらうことはできますか?」
「王妃様がお望みでしたら」
庭師、ではなく侍女が答える。目線だけで庭園をぐるりと一望してみたけど、庭師らしき人影はどこにもない。
「庭師はいませんか? 一応その人にも聞いておきたいのですけど」
「……残念ながら……こちらの庭園は、城に勤める者が持ち回りでお世話しているんですよ」
「それって……侍女も?」
「はい。侍女から下働き、果ては官僚まで……人手不足なもので」
官僚が庭園の世話をするなんて聞いたことがない。だいぶ世間知らずな私でも、さすがにそのくらいは知っている。エイシュケル王国の城内を闊歩していた官僚はとても偉そうだった。
思っていた以上の人手不足ぶりに、思わず戦慄しそうになる。
「ええ、と、じゃあ! 私も庭園の世話をしてもいいですか?」
だけど、官僚も手を入れているのなら、私も手を入れていいのではないだろうか。
私の育てたい草花――毒草や毒花を育てることができるかもしれない。一見すると綺麗な花にしか見えないものは多い。その中で、あまり知られていなさそうなものを選べば、毒花を育てているとは思われないはず。
最悪、毒花だと指摘されたら、綺麗だったから、知らなかった、と言い張ろう。
「王妃様が、ですか……それは……陛下のお許しが出れば……」
言いよどむ侍女に私はふむ、と考える。
ルーファス陛下は私に対して興味があるようには思えない。朝食の席でも、一刻も早く立ち去りたいという気配しか感じなかった。
なら、しつこく頼みこめば面倒になって許可を出してくれるかもしれない。
「ではルーファス陛下に許可をもらいに行きたいのですけど……今、どちらに?」
「執務室にいると思いますけど……執務中は誰も入れないように言われているので、王妃様でもお会いできないかと……」
なるほど。
「こういうことは思い立ったらすぐ行動したほうがいいんです。ルーファス陛下のお叱りは私が受けますから、どうか案内してくれませんか?」
渋る侍女に一生のお願いとばかりに頼みこみ、最終的に苦笑と共に「わかりました」との言葉をもらえた。
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