居なくなったヒロイン【完結】
その日の放課後、俺は喫茶店「ウィリアム」に立ち寄っていた。
お店に入ると、そこにいたのはカノン姉妹のお母さまだった。
あれ? と一瞬思った。
リートは何かの用事で出掛けているのか?
「あ、木下君、いらっしゃい~」
「どうも。こんばんは。これ、今日の分の宿題です。カノンにまたお願いします」
「いつも悪いわね~。ありがとう。ちゃんと渡しておくわね!」
リートのお母さまは、今日もあらあら系ご婦人代表のようなお方だった。
半端ない包容力を感じる。
「ところで、リートは今日店番してないんですか?」
「そうなのよ~。なんか最近ゲームを一緒にする友達が出来たみたいでねぇ」
お母さまはにこやかな表情を浮かべてうふうふと笑ってる。
なんて素敵なんだ、お母さま。
「そうだったんですね」
おそらく俺が登録してあげたオープンチャットからの繋がりだろうか。
ちゃんと登録しておいたかいがあったなと思った。
俺も隙を見て、今度数ゲームくらい潜ろう。
「ねぇ、木下君」
「なんですか?」
「実は、さっきまで居たお客さんが、頼んだジュースを飲まずに帰っていってしまったのよねぇ。何か急な用事が入っちゃったとかで」
「そうなんですか?」
「それで、これ、もしよかったら飲まないかしら?」
「……え、これって」
リートのお母さまが出してきたジュースは、いつか俺の目の前で田辺が飲んでいた、なんたらフルーツのジュースだった。
「これ、パッションフルーツジュースっていうんだけどね。甘酸っぱい飲み物は嫌いだった?」
「い、いや、大丈夫です。……俺がいただいていいんですか?」
「ええ。全然大丈夫よ。他にお客さんもいないし、よかったらそっちの席に座って飲んでいってちょうだい」
そう促されて、俺はお店の席に座り、そのジュースを飲む事になった。
たまたまかもしれないが、俺が座ったのは、以前に田辺と一緒にあれやこれやと話し込んでいた時の、見覚えのある例の席だったんだ。
隅っこから一つ隣の席。
程よく窓が近くて、座ってみると改めて居心地がよかった。
あの時、無意識に選んでいた俺の席のチョイスは、悪くなかったんだと今になって思った。
席に着いて、テーブルに置いたそのジュースを眺めていた。
おしゃれなグラスに入っていて、少し顔を近付けると、スッとしたさわやかな香りが鼻先に漂っていた。
――創作は、きっと料理なんです。知らない謎の食べ物とか、謎の飲み物とか、そういうものに手を出していかないと――。
ふと、俺の頭の中に、月野の言葉がよみがえった。
前に田辺がこの飲み物を注文した時、既にあいつは、この謎の飲み物を飲んでいたんだよな。
そう思うと、田辺が、自分なりにオリジナリティを見出していた事も、なんとなく合点がいった。
あいつは、既にオリジナリティを理解できていたんだ。その勇気を、あいつは既に持っていたんだよな。
恐れ入った。
俺は、この謎の飲み物を、自分でわざわざ頼んで飲むだろうか……。
田辺のように、さらっと頼んで、さらっと飲めるのか?
他のメニューを広げてみると、そこにはアイスミルクティーやカフェオレ、コーラやジンジャーエールなんかの、誰でも馴染みのある飲み物がたくさん並んでいた。
名前も、味も、おおよそ検討が付くし、飲む前からすでに安心できるじゃないか……。
どことなく、共通の認識があって、レッテルが貼られてて、保証されているじゃないか。
「……ふぅ」
俺は、それとなく溜め息をついてから、そのおしゃれなグラスに手をかけた。
こういう些細な所から、すでにオリジナリティって見失われてるんだろうなと思った。
グラスを口へ持っていき、俺はそのジュースをゆっくりと飲んでみた。
パッションフルーツジュースは、俺の味覚を刺激して、喉を通っていった。
「思ったより甘酸っぱ!」
これがパッションフルーツかw
なんだか、俺はすごく楽しい気持ちになっていた。
あいつが飲んでた時の事を、俺は鮮明に思い出したんだ。
田辺はこれ、平気な顔で飲んでたんだよな。
「飲んだ時の感想もっと他にあっただろ、あいつ」
二番煎じな俺を殴りたいんだが、手を貸してくれ つきのはい @satoshi10261
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます