第40話 早池峰祭実行委員会へようこそ
四月一日、遠野大学は今年も来るべくして来た春に沸いていた。
桜舞う大学の正門を空き教室の窓越しに眺め、夢路は賑々しい黄色の法被に袖を通す。長い黒髪を無造作に掻き上げ、やる気十分というように不敵に笑った。
「さーて、初新歓……気合い入れてやるぞー!」
その様子を見つめるアリスと琴子は黒いスーツに身を包んでいる。四年生の彼女らは学祭実行委員会を引退し、絶賛就活に励んでいるのだった。
今日は初めての新歓に臨む後輩達を激励しに、ここまで足を運んでいた。
「新歓でしっかり捕まえておきなさいよ。じゃないとその後人集めに苦労するから。私と琴子は引退だから、あんた達でメンバー掻き集めるのよ。人不足で自分達の首を締めたくなかったら精々頑張って集める事ね」
「なるべく何も知らない無垢な一年生がおすすめかなあ」
「人攫いの言動だ……」
相変わらずふわふわと恐ろしい台詞を吐く琴子に、晴臣はぞっとする。彼もまた、夢路と同じく実行委員会の黄色の法被に身を包み、『一緒に学祭を作ろう!』との文字が躍る看板を手にしていた。
大量の新歓チラシの山を抱えた総司郎は一足先に教室を出て行こうとする。アリスと琴子が引退した今、彼が最年長にして唯一の三年生だ。
「俺はチラシ配りに徹するから、囲い込みは結崎、葉乃矢、お前らに任せた」
「うっす!」
「実働部隊ってことですね……また俺のような新たな被害者を生むのか……」
勧誘に対して気は進まない晴臣だったが、アリスの言う通りここで人を集めなければ『その他担当』である彼の仕事が増えるのは目に見えている。
アリスは鼻を鳴らして言う。
「ハル、あんたどうせ長命なんだし、ずっと遠野にいるんでしょ。せっかくだから終身名誉委員長兼その他担当に任命するわ。ありがたく思いなさい」
「ハイパー面倒な役職にランクアップした!」
「ああ!? ハルに委員長の座を奪われてたまるか! お前は副委員長兼その他、委員長はあたしだ!!」
「好きにしてくれ……」
大層な肩書を拝命しようが、その他という言葉で包含される面倒事の山自体は変わらないよな、と晴臣は深い溜息を吐いた。が、その横顔は少し楽しそうだった。
遠野の山を統べる天狗であると分かってもなお、晴臣への周囲の扱いは一ミリも変わっていなかった。それが彼にとってはありがたく、そしてどこか心地よかった。
遠野物語の怪異達が人々に忘れ去られ消えていく最後の一人になるまで山の中でひとりきりで見守るのも、人に囲まれて賑やかに見守るのも変わりない。
そう彼に思わせてくれた黒髪の少女は、金銀のピアスを輝かせて今にも教室を飛び出していこうとしている。
「ほら、何でも良いから一年捕まえに行くぞ!」
夢路は法被の裾を翻して晴臣の腕を引き、意気揚々と春の陽光降り注ぐ正門へ駆け出していった。
【了】
結崎夢路の学祭革命 ーまかりこす! 遠野百鬼夜行ー 月見 夕 @tsukimi0518
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