One Day
――六年後。
「さてと。説明してもらいましょうか」
パソコンに向かっていた体勢から一転、椅子を回転させてこちらに身体を向けた二十代前半の女が、俺たちのことを睨む。足も腕も組んだその様子を前に、三十を前にした俺は床の上に正座しながら縮こまっていた。
隣には、俺の後輩もいる。黒目黒髪、少年のような出で立ちのそいつ――リュウライ。普段からあまり表情を変えないリュウくんも、彼女の剣幕にはさすがにビビっているらしく、堂々とした正座姿のままカチコチに固まっていた。
「オーパーツを壊したということらしいけど――どういうこと?」
地を這うような声に、背筋がぞくぞくする……良くない意味で。
いつも春の海を思わせるアクアマリンの瞳は、今日に限って絶対零度。胸元までのたっぷりとした赤い髪も、逆立ちするんじゃないかとさえ思ってしまう。オーパーツ監理局技術部の技師の一人であるキアーラ・イーネスは、まさに怒り心頭といった様子で俺たち二人のことを見下ろしている。
その背後には、キアーラと同じ、赤い髪と水色の瞳の女がいる。キアーラと顔立ちもよく似た双子の姉妹アーシュラ・イーネス。彼女はキアーラほど怒りをあらわにしていないが、眉はこれ以上ないほど中央に寄せられていて、眼差しにいつもの温かさがない。……もう俺、これだけで泣いてしまいそう。恋人にそんな目で見られるなんて、気分は捨てられた仔犬である。
さて、何で俺たちは今、この状況に陥っているのかというと。
O監の捜査官たる俺は、隣のリュウライとともに、ある任務についていました。オーパーツ利用して、世界を揺るがすような大それたことをしようとした人物を止めに行ったのです。
そのオーパーツはもう少しで起動ってところまで準備されていたが、幸いにして俺たち二人は悪事を行う直前に彼女たちを止めることができた。そして無事〈
……問題は、この後。
犯人を逮捕したその場に残されていたオーパーツ。世界に影響を及ぼしかねないそれが残されていると厄介なことになりかねない。そう感じた俺は、そいつをめためたに壊してしまったのです。
それはもう、どんな技術者も直せないほど、完膚なきまでに。
その俺様の所業に、オーパーツ技術者である二人は怒っているというわけだ。可能なら調べたかったから、という理由で。
「あれがどれだけ貴重なものか、解っているの?」
キアーラは椅子に座ったまま静かに問い詰める。俺は答えられずに、俯いて黙り込む。ここで安易に「解っている」なんて答えたら、火に油。逆に「そこまでだとは思わなかった」などと答えたら、O監の局員としての意義を問われてしまう。ここは沈黙が最善解――
「なんとか言いなさいよ」
――とはいきませんでした。
あー、とか、うー、とか、しどろもどろになる俺。こんなに言い訳に困ったのは、子どもの頃に母ちゃんに怒られて以来だ。
「リュウライくん」
キアーラの背後から、アーシュラが凪いだ声でリュウライを呼ぶ。キアーラと違って激情を表に出さないアーシュラ。だけど、さっきから全然俺と目を合わせてくれないんだけど!
「はい」
「リュウライくんは、どうして止めなかったの?」
一つ一つはっきりと喋るアーシュラの声はなお落ち着いているが、かえってその落ち着きぶりが背筋を凍らせる。
リュウライも僅かに
「必要なことだと思ったからです」
ぴくりとキアーラの眉が動いた。しかし、黙ったままリュウライの話を聴いている。
「グラハムさんは、
リュウライの言葉を聴いていくうちに、アーシュラもキアーラも、子どものいたずらを許すような、そんな表情に変わっていった。リュウライの真摯な態度が効いたんだろう。これはもしかして許してもらえる? なんて、淡い期待が浮かび上がる。
……それに。『妄念』なんて言葉も効いたのかもしれない。こういうときに思い起こされるのが、彼女たちの父親だ。アーシュラたちは、そうすることでしか父親を止められなかったことを知っている。そのことを思えば許さないわけにはいかない――そんな風に思っているのかもしれない。
そうと解っていてあんなことをした俺も、性格が良くないな。アーシュラたちに嫌われることは絶対にない、と思っていたからこそ、オーパーツの破壊なんてできたんだろう。
まあ、今こうして怒られているけどさ。
「でも、大事な証拠品を壊すことは、そもそもO監としてあるまじき行為だわ」
弱めに呈されたアーシュラの苦言に、リュウライはゆっくりと噛みしめるように頷いた。オーパーツ監理局はあくまでオーパーツの取締りが仕事。どんな危険なオーパーツでも、破壊行為は許されていない。
……まあ、分かっていてやったんだけど。
どうやらリュウライのおかげで二人の熱も冷めたようで、先程までのギスギスした雰囲気が穏やかなものに変わりつつあった。
密かに胸を撫で下ろしかけて。
「いいわ、もう。リュウライくんは、帰っても」
場の雰囲気を切り替えるようにはっきりというキアーラの言葉に、俺のほうはというと、凍り付いた。リュウライはって……俺は?
まだ不機嫌そうなキアーラの表情から、俺はまだ許されていないのだと知る。
「え? あ、はい。あの……」
グラハムさんは? とでも訊こうとしたのだろう。戸惑い気味に俺とアーシュラとキアーラの顔に視線を行き来させるリュウライに、気にするな、と首を振ってみせる。
が。
「グラハムも良いわよ。帰って」
予想外の言葉に、顔を上げた。キアーラは興味なさそうにパソコンに向かい、アーシュラはその後ろで立ったままこちらを見下ろす。
「でも、しばらく顔を見せないでね」
穏やかに――あくまでも穏やかな女神様の宣告に、俺は心臓を杭で打たれたような心地がした。がーん、と頭の中で鈍い音が鳴り響き、ガラガラと音を立てて何かが崩れ落ちていく。
「え、あの、送るのとか――」
そう、俺には双子を家に送るという大事な任務が日々課せられているのだけれども。
「二人で帰れるから、大丈夫」
大丈夫、などと言ってはいるが、言外には強い拒絶の色があって。これはもうとりつく島もないんだ、と悟った。
しばらく、ってどれくらいだろう。三日? 一週間? 一ヶ月? 明確化されない期限に果てしなさを覚えて、頭がクラクラとした。その間俺は
でも悪さをした手前、食い下がる度胸もない俺は、粛々と従うしかなくて、身体が傾いでいくような気持ちのままアーシュラとキアーラの使う研究室を後にした。
真っ直ぐな廊下の両側に、白い壁と扉だけがある空間。オーパーツ監理局技術棟の廊下に出た俺は、後輩の慰めを受けていた。これが本当に同情した様子でされているものだから、ますます傷つくんだよなぁ。馬鹿にした感じなら反発心を抱けるのに。リュウライの親切心は解っているので、何も言わないけれども。
「会えないのは寂しいよぅ……」
「毎日お二人の家に行かれているんですものね。食事とかどうされるんですか?」
「飯なんてどうにでもなるさ。それよりもやっぱり、顔を見れないのがなぁ……」
背中を丸めてうじうじしながら、廊下を歩く。
再会してから六年間、当たり前のように一緒に居たから、切り離されるつらさがとにかくでかい。キアーラはもう妹のようなものだし、アーシュラなんて俺からアプローチしまくってようやく恋人にまでこぎつけた。二人の存在は、現在の俺にはかけがえのないものなのだ。
なのに、会えない。
「泣きそう……」
思わず目元を擦る。さすがのしつこさにリュウライも呆れて、隣で肩を竦めた。
「後悔はしていないんでしょう?」
「……まあな」
丸めた背を伸ばし、連絡通路に繋がる扉を開ける。両側は窓。そこから大都会の白昼の景色を見下ろした。
リュウライの言う通り。女神の宣告を受けてもなお、俺は後悔だけはしていなかった。六年前、警察からオーパーツ監理局に移った。その理由は、背後の扉の向こうにいるあの二人の為だけじゃない。二人のような人々を増やさないために、俺は今ここに居るのだ。
だから俺は、躊躇なくあのオーパーツを破壊できた。
その結果がこれでメソメソしているなんて、非常に情けない限りだが。
「そんなことありませんよ」
後頭部に手をやって大袈裟に笑い飛ばしていた俺に、リュウライは静かに首を振った。
その肩に腕を回す。
「可愛い奴め」
うりうりと黒い頭に俺の頭を押し付けると、リュウライは嫌そうに俺を突き飛ばした。二、三歩だけよろめいて、ニヤリと笑う。
「さぁて、後始末はじめましょ」
恋人に拒絶されても、後輩に嫌がられても、お仕事は残っている。オーパーツ監理局の捜査官として人々を守るため、今日も俺は困難に立ち向かうのだった。
『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~Side G:ファンタスマゴリア~ 森陰五十鈴 @morisuzu
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