第6話 引き抜き

「なんだよ。なーんか不貞腐ふてくされてねぇ?」


 酒をコップに注ぎながら、今日も変わらず短いブロンドの髪を逆立てているグレンの野郎が、俺の顔を見て言う。

 たまたま同期で飲もうという話になって、俺は誘われるままに顔を出した。んで、エーリッヒ劇場の話になったことで、ジンジャーエール片手にむすーってしてしまったのがバレたらしい。


「なーに? O監の奴ってそんなに横暴なの?」


 オーパーツ監理局は一応警察組織の一つだが、俺たちのような一般警察官にとっては、〝オーパーツとなると他人の領分にずかずか入ってきて引っ掻き回す厄介者〟の認識だった。なにせ奴らの要請には基本的に従わなければならないんだからな、そりゃあ嫌にもなりますって。

 だが、俺自身はシェパードさんをそこまで嫌に思っていない。そりゃ、面倒だと思ったし、偉そうだとも思ったけれど、人間としては嫌な人じゃなかった。


 俺が気にしているのは、そんなことよりもあの双子のこと。特にアーシュラのほうが、魔法に掛けられでもしたかのように、頭に焼きついて離れない。なんでだろうなぁ。

 落ち着いた娘だった。どちらかというと、俺ははっきりとズバズバものを言う娘のほうが好きで――まあ、だからなのか、これまでの恋人とはさほど長続きせず別れて現在フリーになっているわけだが――、敢えて好みを言うのなら、どちらかというとキアーラのほうのはず、なんだがな。

 これが一目惚れってやつか? だが、それも俺らしくないし、実感が湧かない。


「グラハムさんー?」


 ふと気づくと、グレンのやつが俺の顔の前で手を振っていた。すっかり考え込んでいたようだ。悪ぃ、と適当に返す。


「悪いものでも食ったか」


 モーリスが失礼なことを言ってくるので、なんでなのよ、と反論したら。


「お前が静かなんて珍しい」

「いや、俺も日がな一日しゃべくってるわけじゃねーよ」

「嘘つけや」

「嘘じゃねーよ」


 そっからいつもの感じでじゃれ合うわけだが、心ん中ではなんか調子が出ず。一人になると、ぼーっとなってしまう俺がいた。

 あの二人はどうなるんだろうか。父親は間違いなく有罪だろう。刑期がどれほどになるかは分からないが、それなりに長い時間刑務所にいるに違いない。

 その間、あの二人に行く宛てはない。いや、そもそも彼女たちは有罪になるのか? オーパーツは扱うのに資格が必要だと言っていた。無資格の二人は、どれほどの罪になるのだろう。


 オーパーツ。人生を狂わせる、オーバーテクノロジーの遺物。


 オーパーツが出るこの島に暮らしておきながら、俺は、オーパーツのことなど何も知りやしない。そりゃあそうか。まだ出土してから十年ほどだし。政府がちゃっかり秘匿しちゃってるから、観光資源になるわけでもないし。

 でも、そんなものが実際このシャルトルトを変えようとしているわけだ。それも良い変化ばかりじゃない。むしろ悪いほうが多い……とあの姉妹を見て思った。


「これから、オーパーツに関する犯罪とかも増えていくのかもな……」


 だから、O監なんて組織があるんだろうし。

 俺は、彼女たちにしてあげられることはなにかないんだろうか。




 そんな折、シェパードさんに呼び出された。どこかで話がしたいというので、馴染みのある喫茶店ノーチラスで待ち合わせる。


「いやあ、まさかシェパードさんからデートの申し出があるなんて」


 なーんて言ったら、シートに座ってコーヒーだけを飲んでいたシェパードさんは、至極嫌そうに顔を顰めた。


「馬鹿なことを言うな。俺にその趣味はない。仕事絡みの要件だ」


 おや、前と違って敬語じゃない。


「プライベートまで歳下に敬語使う理由はない」


 俺の顔から何か察したらしいが、今この人仕事の話だって言わなかったっけ? 俺って舐められてんのかなーとか考えちまったが、まあいいや、そんなことは。

 ノースにブレンドコーヒーをお願いし、シェパードさんの向かいに座る。すぐ隣の窓から寂れた通りが見える。車も人も通らない、至って穏やかな平日の真っ昼間の光景だ。


「あの二人、どうしてますか」

「そっちから先に訊くのか」


 とにかく気になっていたことを切り出すと、意外そうにシェパードは眉を持ち上げた。興味深そうに俺を見たあとに口を開く。


「彼女たちは、O監の管理下になった。名目は技師としてな」

「名目?」


 そのままO監に所属することになったんじゃなくて?

 よく分からなくて首を傾げると、シェパードさんはテーブルの上で手を組んで、ぎらりと目を光らせた。どうやら込み入った話らしい。


「実際は……そうだな。言うなれば〝飼う〟ことにした、というべきか。技師としてO監に尽くさせる一方で、生活は監視付。許可なく自由に外を歩くこともできないな」

「なんで!」


 あんまりの対応に、思わず声を張り上げる。逮捕ではなかったことには、安心した。でもこれは、普通の人間に対する扱いじゃないだろう。


「四年間父親の振り回されて、望まずにあんなもんずっと弄らされて。ようやく父親から解放されたのに、今度はお前たちが束縛するのか!? だいたい監視付って……」

「オーパーツに関わるっていうのは、それだけのことなんだよ」


 パッツンの前髪の下から覗くシェパードさんの目は、冷徹そのものだった。


「彼女たちは哀れだと思う。だけど、四年も非合法にオーパーツを触ってきたこと、父が犯罪者であることで、その立場はとても不安定だ」

「不安定……?」

「また別のオーパーツ事件に関わる可能性がある、ということだ」


 父親の意思を継いで何かをしでかす可能性は捨てきれないし、姉妹の技術に目をつけた人間が彼女たちに何かを強要するかもしれない。そういうことが有り得る以上、野放しにはとてもできないのだ、とシェパードさんは言った。


「収監するほどの罪ではないとはいえ、野放しにするにはあまりにも危険。だから、彼女たちを守るという意味でも、監視は必要だ。

 実際、近年学会から追放されたオーパーツの研究者の一人が行方不明になっているし、オーパーツの事故にあった末に自殺した研究者もいる」


 そうやって人生を狂わせるのがオーパーツだ。シェパードさんの言葉は重く響いた。あの二人のみに起きたことを考えると、とても軽い気持ちでは受け止められない。

 でも、だからって。


「そうは言われても納得はいかない。そんな顔だな」


 素直に頷いた。彼女たちは明らかに巻き込まれた側だ。それなのに、こうも人生が狂わされてしまうなんて、あまりにも哀れすぎる。

 きっと暗いだろう俺の面持ちを、シェパードさんは無言で眺める。この人は今、俺のことをどう思ってんのかね。ちょっと関わっただけの人間に同情するお馬鹿さんか、それともこの上ないお人好しか。

 自分のことを客観的に見ると、俺自身も同じ意見だ。それでも、あの二人の顔が頭から離れない。二人の行く末が気になって仕方がない。

 どうしちまったんだかな、俺は。


「さて、本題に行こうか。お前、うちに来る気はないか?」

「俺が……O監に?」

「自分で言うのもなんだが、オーパーツ監理局の捜査官はエリート揃いだ。その上、特殊権限なんて持ち合わせたりしているから、お前たち普通の警察官にうとまれている」


 そうだろ、と振られるが、素直に頷けるわけがない。


「オーパーツを扱うにはそういった特殊性は確かに必要だ。だが、最近そればかりでは困ることも分かってきた」


 例えば、土地勘の問題なのだという。O監の捜査官は、セントラルやディタ区、もしくは大陸出身の人間が多いらしい。しかし、オーパーツの犯罪は、スラムのあるここバルト区や発掘場があるアーキン区のほうが多い。馴染みのない彼らは、捜査に苦労することが多いのだという。


「だから地元の人間を増やしたいって?」

「捜査をするうえで地元民の協力は不可欠だ。だが、俺たちは地元ならではのしきたりとか、付き合い方とか、そういうものがまるで分からない。だから反感を買うことが多くてね。それで難航することもしばしばある」

「だからって、俺ですか? 俺はたまたまあんたに協力する立場になっただけですよ? 一緒に働いたっていうならパーキス先輩がいるし、あっちのほうが経験長いし」

「でもあんた、特に街のことには詳しそうだったじゃないか。あの劇場の構造に詳しかったし」

「たまたまですって。近所だし」

「それから、人当たりも良さそうだったしな。あのちょっとの時間で、双子がずいぶん懐いていた」

「ちょっと喋っただけですよ」

「そうかもな。だが、俺たちにはどうもそういう親しみやすさが欠けているらしい。社交的な人間もいるのだけれど、肩書がすでに壁を作ってしまうんだろう。だから、その垣根を飛び越えられる人が必要だ」


 いや、それを俺ができるという保証もないんだけど。仮に俺がO監になったとして、相手がどういう反応になるかは想像できんし、それを取っ払うことなんてできるっていうほど社交スキルがあるわけでもない。

 それに、とシェパードさんはカウンターに流し目をくれる。


「俺が誘ったことを不審に思って、身辺を探らせる慎重さと、それができる伝手を持っている。その点も引き入れるだけの価値があると思った理由の一つだな」

「げ!」


 なんか色々吹き飛んだ。

 思わずカウンターのほうを振り返った。食器の手入れをしていたノースが気まずそうに視線を逸らす。

 ノースは情報屋だ。現金で取引しなくていい、警察官である俺らには使い勝手のいい情報屋。実は、シェパードさんのお誘いを不審に思った俺は、ちょっとノースに探らせてみたのです。


「俺の何がそんなに心配だったんだか」

「いやー……署との橋渡し役とか、雑用とか、便利に扱われたら困るなと……」


 オーパーツ屋さんに便利に扱われるのは、仲間うちで波風が立ちそうだから嫌で、その可能性があったりしないだろうかと心配して、シェパードさんをはじめとしたO監の捜査官の実態をちょっと教えてもらおうとしたのだ。

 実際は、そんな便利屋以上の話だったわけだが。

 うわー困った、と空を仰いでいると、シェパードさんはなにやら意味深に笑った。


「一つ、あんたが飛びつきそうなメリットを教えてやろうか」


 指を一本立てるシェパードさん。なんだろう、緊張する。


「給料アップじゃなびきませんよ」


 そんなことじゃない、と薄く笑った。


「あの二人の監視役、あんたにすることもできると思うが」


 釣られたとは思いたくないが、思わず動きが止まってしまった。

 それってつまり、だ。俺の裁量で、彼女たちをある程度自由にさせてやることができるってことなのか……?


「二人を外に連れ出すこともできるだろう。近くにいられるから、口説くことも可能」

「いや、女の人って、権力を笠に口説くとか反感買うじゃないですか」


 いやいや、どのみち女を口説くためだけに、転職決めちゃあ駄目だろうがよ……って、いや、そもそも口説くとか考えていたわけじゃないし。

 なんて言い訳が頭の中をぐるぐる回るけれども、その提案が魅力的に感じ始めたのは否定できなくて。ぼけーっとシェパードさんを見る俺は、たぶん今アホみたいに見えていることだろう。


「冗談はさておいて。考えてみておいてくれ」


 そうしてシェパードさんは伝票を持って立ち上がった。俺が払う、なんて言葉は、まだショックから立ち直っていない俺の口からは出てこない。


「これからオーパーツを使った犯罪は増える。彼女たちのような理不尽も増えていく。やりがいはあると思うぞ」


 そうしてシェパードさんは、金を払い、店を出ていった。あとに残されたのは、調査を見破られて不貞腐れてるノースと、まだ呆然としている俺のみ。


「どうすんのよー。なかなか熱烈な誘い文句だったじゃなーい」

「うん、どうしよう。俺、結構ぐらついてるわ」


 胸を押さえてふらりと身体を揺らしてみる俺。いや、結構本気で悩んでいるんだけどね?




 一週間後、俺は悩みに悩んだ末に、オーパーツ監理局に入ることにした。

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