第5話 心配
「何をした、お前たち!」
男の
繰り返すが、これはヤバい。こいつ、自分の娘に何をするのか判らない。慌てて前に出て二人を背後に
ジョナサンの視線がこちらに向く。
「なんだお前は」
それから、オーパーツの残骸を指差して、
「……お前がやったのか」
「だとしたら?」
は、と息を呑む音が背後から聴こえた。庇ってくれたと思っているようだが、俺は嘘は吐いていないぞ。本当のことも言ってないけど。
とにかく、こいつの矛先が二人に向かったらマズい。
「よくも……よくも邪魔をっ!」
ジョナサンは懐から変なものを取り出した。銃かと思ったが、形はラッパ型。メガホンか? いや、その割に、穴は埋まっているし、先っちょに丸いものを刺した棒のようなものが気になる。あれはどっちかっていうと、メガホンつーよりアンテナ――。
「危ないっ!」
背後から押し倒される。俺が立っていたところを何かが通り抜けた。壁の方を見ると、焼け焦げた穴ができている。
「なんだ!?」
「あれは、熱線増幅射出器です。あの半楕円球の集光器で周囲の熱線を焦点に集め、そこにある増幅器で増幅したものを手元のトリガーで射出しているんです」
「いや、よく解かんない」
「ようはレーザー兵器よ」
「何処のSFですか!?」
そんなもの、ロボアニメとか近未来SFとかスペースオペラとかでしか見たことないんだけど。つまり、現代で実用化はされていない。いないはず。さすがに軍の秘匿情報までは知らないから。
しかし、そんなオーバーなテクノロジーのもんを持っているってことは……。
「あれもオーパーツ?」
そうだ、という返事があった。これまでシャルトルトにいながら全く縁がなかったっていうのに、この短時間で二つもオーパーツに関わっちまってるよ。
銃を抜く。娘の前で父親を撃つなんて真似したくはないが、あんな危ないもん持ってるんじゃあ丸腰でってわけにもいかない。
が。
「よくも……、よくも……っ!」
ばんばん撃たれるレーザー。躱すのと二人を守るに必死で銃を構える余裕がない。俺の後ろに娘たちがいるっていうのに正気かこの野郎。
「もう少しでクローイを……呼び戻すことができたのに!」
いや、もとより正気じゃないか。自分の妻が明らかに死んでしまった状況を受け入れず、娘を連れ回してオーパーツに手を出して、何処ぞの他人を犠牲にしようとするなんて。
しかし、それにしたって。
「奥さん取り返す前にてめぇの娘を殺す気か、この野郎!」
叫びながら銃を撃つ。弾丸はレーザー銃(とした。もう面倒臭いから)を外したが、発砲音には驚いたようで、ジョナサンの身体が一瞬硬直する。その間に相手に接近し、オーパーツを持つ手を叩き上げ、手首を掴み、背中に
「グラハム!」
開けっ放しだったドアから、パーキス先輩が飛び込んできた。息が上がっているのを見ると、走ってきたのか。銃声が聞こえたのかもしれない。
そして、背後にはシェパードさん。彼は周囲の状況を確認したあと、藻掻くジョナサンの手からオーパーツを取り上げた。
「ジョナサン・イーネス。〈
それからアーシュラとキアーラにも目を向ける。
「娘たちも、か?」
「あ、いや、その」
「キアーラ、アーシュラ! 逃げろ! お前たちならあれを直せる! 母さんを助けてやってくれ!」
失望した空気が狭い部屋の中を漂う。
後ろから少しだけ見えるジョナサンの目は、常人のそれとは違う。何かに取り憑かれているような目だ。キアーラの言うとおり、自分の所為で奥さんを失くしてしまったと思いたくなくて、オーパーツにのめり込んでしまったんだろうか。
「……とりあえず、ジョナサン・イーネスは確保。娘さん方は任意同行……よろしいですか?」
任意、なんていうけれど、実質拒否権はない。だが、二人は素直に頷いた。
パーキス先輩は頷く。それを見て、俺はジョナサンの手に手錠をかける。それからジョナサンを立たせて外へと連れて行った。
部屋の中では、双子とシェパードさんが残りのオーパーツについて話をしている。
「先に署に戻ってください。私はオーパーツ回収の手続きをしてから、この二人と向かいます」
シェパードさんは悪い人じゃなさそうだが、なんとなく心配になって双子のほうを見た。アーシュラと目が合う。知らない人と取り残されるからだろうか、その目は不安げに揺れていた。
「……こいつを置いていっても?」
隣で一緒にジョナサンを抑えていた先輩から声が上がる。こいつってのは他でもない俺のことだ。
「連行は?」
「どのみち、徒歩では無理だ。車を手配した。連れていくのは運転手と俺で十分だ」
シェパードさんは憂い顔で溜め息を吐く。
「あまり、こちらの仕事に関わってほしくないものですが」
「俺たちに干渉してきたのはそちらの方だ。別に邪魔はしない。見届けるだけだ」
シェパードさんはパーキス先輩を眺めやる。巌のようなパーキス先輩。頑として譲る気はないようだ。
「……まあ良いでしょう。私も一人で二人を見つつ、仕事をするのは大変ですから」
シェパードさんの了承を得て、先輩はこちらを向いた。
「解っていると思うが……」
あれま、バレバレでしたか。朴念仁な顔して意外に鋭いのよね、この先輩。
俺は降参したときのように両手を挙げる。
「私情は挟みません。ただちょっと心配なだけです」
「迎えが必要なら呼べ」
そうしてジョナサンを引っ張って下へ降りていった。シェパードさんは取り残された俺を見てため息をつくと、ヘッドセットを弄って何処かに連絡を取った。オーパーツの回収に応援でも呼ぶのだろうか。だとしたら、セントラルから来るんだろうし、それなりに時間が掛かりそうだな。
入口で呆けても仕方ないので、双子たちのもとへ行く。
「大丈夫か?」
怪我はないか。ショックは受けていないか。二つの意味で尋ねる。
「……ええ」
「そちらは、怪我してませんか?」
気丈なキアーラ。そして、自分より他人を優先するアーシュラ。この四年、二人がどう過ごしていたかが垣間見えるようだ。
「俺は大丈夫よ。はじめに助けてもらったし」
おどけつつ無事なところを見せると、アーシュラが吹き出し、キアーラは失笑した。
「さて、リルガさん。状況を説明願えますか」
連絡を終えたシェパードさんが俺に求める。俺は簡単に顛末を説明した。アーシュラとキアーラがオーパーツを破壊したことも含めてだ。
「なるほど……。推測するに、このオーパーツ――《ファンタスマゴリア》、でしたか? それが、ジョナサン・イーネスがユンガーから入手したものなのでしょう。そして、自らの妻を喪った。だから――」
ジョナサンはユンガーを殺害した。
当人が知っているかはともかくとして、娘の前でそれを言うんじゃないかとヒヤヒヤしたが、幸いシェパードさんは配慮のできる人らしくて安心した。
「その人から奪ったオーパーツなら、上にもあるわよ。ああ、その人がユンガーっていうのかどうかは知らないけど、父親があれを売りつけた相手から奪いとったのは確かだから」
「ユンガーは……」
アーシュラは首を横に振った。
「その人がどうなったかまでは知りません。私たちは、父からただ〝奪ってきた〟とだけしか聞いていませんから」
「そのオーパーツで何をしていたんだ?」
「バラしたり、組み立てたり、オーパーツの構造を調べていたわ。どうやったら改良できるかとかも」
「そういえば、ジョナサンは、君たちならあれを直せると……」
「無理よ。変換部を徹底的に壊したもの」
む、と眉を顰めるシェパードさんに、アーシュラが付け足した。
「オーパーツは、出力部と回路くらいであれば、意外に身近な材料で代替は可能なんです。オープライトも、回路にどう繋ぐかくらいですし。でも、変換部は完全にブラックボックスで……いくら調べても原理構成は解りませんでした」
つまり、現代の技術ではどうあっても直したりできないところを徹底的に壊したから、あの《ファンタスマゴリア》は二度と使える状態には直せないのだという。
「君たち……いったい……」
俺はなんだかよく分からなかったが、説明を聞いたシェパードさんは、鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしている。
それから何かを振り払うように頭を振ると、
「いや、まずオーパーツの回収からはじめよう。案内してもらえるか?」
従業員のための劇場三階。一室は倉庫代わりとして扱われていたらしく、舞台の小道具や映画のフィルムなどと一緒にオーパーツは置かれていた。俺には芝居用の小道具にしか見えなかったのだが、アーシュラとキアーラはよどみなく見つけ出し、シェパードさんの確認も早かった。
数は二十近い。ジョナサンはそれだけの数の違法品を集め、娘たちに弄らせていたのだ。そのお陰、というべきか。二人はオーパーツの構造や機能に詳しくなっていた。それこそ、O監の連中が驚くくらいには。
オーパーツはシェパードさんが呼んだ応援に運び出され、O監に持っていかれた。その後、俺たちはバルト署に移動。二人の体調を気遣いながら取り調べが行われる。
立ち会いを許されたので、たまに話を聴いていたのだが、二人はやはり無罪放免とはいかないらしい。オーパーツを扱う人間は資格が必要だから、少なからず罰を受ける。更に悪いことに、二人が扱っていたオーパーツは、《ファンタスマゴリア》も含めて殊更に危険なものが多く……その構造、扱い方、改良方法などいろいろ知っているために、野放しとはいかないようだ。
二人の身柄は、O監の扱いとなった。
たかが珍しい道具に詳しいってだけで、いささか過ぎた対応だと思う。だが、O監の連中に言わせると、『オーパーツはそういうもの』なのだそうだ。《ファンタスマゴリア》の機能とやらの話を聴くと納得するようでもあり……だが、四年間二人が受けてきた苦痛を思うと、やはり可哀相に思えてくる。
そうして、エーリッヒ劇場捜索から四日後。俺たちは完全にこの件から切り離された。
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