第4話 オーパーツ

「ちょっと待ってて、だってさ」


 少女たちのほうを振り返り、未だ身を寄せ合う二人に一言声を掛ける。それから、足元の機械に目をやった。素人の俺が見ても、直すのは絶望的だろうと判断できるほどに壊されたレトロな映写機。ああ、でもよく見ると、レトロな機械にそぐわない基板のようなものも見える。このちぐはぐさがオーパーツ所以ゆえんなのだろうか。


「これ、オーパーツだっていうけれど、なんでこんなことしたの?」


 尋ねると、二人とも困ったように互いの顔を見つめあった。なんだ? 明確な動機がないのか? いや、衝動的にやって、二人の中で整理がついていないのか。


「……とりあえず、危ないからあっちに座ろうか」


 オーパーツってのも気になるが、これから来るのは堅物のおじさんと怖いおにーさんだ。ちょっと俺が話しておいたほうがいいかな。

 椅子いるか、と訊くと、いらない、っていうので、邪魔な配線だけ退けて、胡座で座り込んだ。彼女たちも遠慮がちに、少しだけ距離を取って床に座る。


「まずは自己紹介しようか。俺はグラハム。さっきも言ったけど、刑事ね」


 そちらは? と振ってみるが、いまいち反応が悪い。


「えーと、アーシュラちゃんとキアーラちゃんだったっけ。どっちがどっちか教えてくれる?」


 知ってるんじゃない、と口を尖らせた少女が先に口を開いた。


「キアーラよ」

「……アーシュラです」

「了解。二人はずっと、お父さんとお母さんと一緒にいたの?」


 と訊くと、二人して黙り込んでしまった。お互いに目を合わせることなく、俯いてなにかを堪えるような表情。

 しばらくして、躊躇ためらいがちにキアーラのほうが口を開いた。


「父親とは一緒に居たわ。でも、母は……」

「母は、消えました。あの機械によって」


 それまではっきりとした発言をしてこなかったアーシュラが、急にはきはきと喋りだした。背筋を伸ばして、俺のほうをしっかりと見据えて。キアーラが横で驚いている。

 その真っ直ぐな水色の眼差しを見ていると、何故かドキリとする。


「原理は未だによく解りません。ですが、あの《ファンタスマゴリア》は写真を撮ろうとすると、撮影されたものはスライドの中に取り込まれる。その中で母は、化物に殺されました」

「え……あの、ちょっと待って」


 なんだろう。話が全然呑み込めない。


「写真を撮ると、撮影されたものが消える? そんな、魔法じゃあるまいし」

「信じられないのも無理はないです。でも、実際に起きたんですから、そうとしか説明できません」


 それからアーシュラは、母親の身に起きたことを仔細を説明してくれた。《ファンタスマゴリア》と彼女たちが呼んでいるオーパーツは、映写機能と撮影機能を同時に有しているということ。スライドに描かれた化物の絵を投影しながら母の写真を撮ったこと。そうして撮影したスライドの中で母親が喰われ、現実の母親はいつの間にか影も形もなくなってしまったということ。

 これらのことから、ジョナサンとアーシュラたちは、母親はカメラに吸い込まれ、スライドの世界の中に閉じ込められたのだと判断したらしい。


「実際、そうだと思うわ。試したから」


 現実の静物を使って、同じことをしてみると、その物がスライドに写り込んで、現実からはなくなってしまうということを、幾度も検証してきたという。


「昔は、カメラで写真を撮ると魂を抜き取られる、なんて言ったもんらしいが……」


 その迷信が現実になったとしか思えない、本当に魔法のような出来事に、俺は頭を抱えるしかなかった。嘘を言っている、とは思わない。見たところ二人に気持ちの余裕がないようだから、とても冗談を言う心境ではないだろう。誰かにそう思い込まされている可能性ってのもあるが、そもそも誰がなんのためにそんなことをするってんだ? かといってやっぱり素直には受け入れられないし、試そうにも機械は壊れている。いや、試すのも怖いけど。

 ……こりゃ、専門家シェパードさんの到着を待ったほうが良いか。俺には判断できないことみたいだし。


「で、それが本当だとして」


 と言ったら、キアーラがムッとした表情を見せた。しまった、配慮が足らんかったか。反省しつつも無視して続ける。


「なんで君たちはそれを後生大事に持っていて、こんなところに運び込んだんだ? ――なんで、今になって破壊した?」


 あの機械は、もうぐしゃぐしゃに壊されているが、配線が接続されたりと、壊される直前まで何かの準備がされていたのが見て取れる。


「何をしようとしていた」


 抑えているつもりでも、口調がきつくなってしまう。

 今、下には近所の住民らしき親子連れがいるって話だ。ここはならず者の溜まり場であることは、近所の人間だったら、子どもでさえも知っていて、まず一般人が近寄ることなんてない。

 そんな人たちと、撮影した人間をスライドガラスに取り込むカメラ。

 関係ないはずがない。


「……下に、人が居るんですよね」


 アーシュラは悲しげに目を伏せた。


「なら、その人たちはきっと、《ファンタスマゴリア》の実験体になる予定だったんだと思います」

「あれの……」


 映写機に目を向ける。中身をさらけ出したあの機械が不気味に見えた。


「お父さんは、今度は出してあげられるはずだって言っていたけれど、私たちは検証してないから、本当にそうか分かりません。下の人たちは、もしかすると、お母さんと同じようになっていたかも……」


 ぐっ、とキアーラが唇を噛み締めて俯く。アーシュラも表情を曇らせたが、それでもキアーラのように俯くことはせず、こちらをずっと見据えていた。


「私たちは、それが怖くて、今になって、あれを壊しました」


 ごめんなさい、とアーシュラは頭を下げる。それをキアーラが困惑したような、それでいてなにかを堪えるような目で隣の姉妹を見ていた。


「……なんで謝る」

「だって、こんなの人殺しと同じでしょう? そうじゃなくったって、オーパーツを持つことは一般人には禁止されている。シャルトルトの人間なら、オーパーツを見たことなくても、それくらいは知っています。私たちはそれをずっと持って、使っていた。それはもう、犯罪でしょう?」


 アーシュラは泣き出しそうな表情を浮かべた。キアーラも唇を噛んで顔を背けている。

 あまりにこの少女たちが痛々しく見えた。


「私たちはもう、嫌なんです。だから、逮捕してください」


 確固たる意志をもって言い切ったアーシュラ。まだ親の庇護を受けていてもおかしくない年頃の少女が秘めた決意の硬さに圧倒された。

 強いな。けど。

 はあぁ、と重いため息が俺の口から漏れた。


「……その口振りだとさ、お前さんたちが進んでやろうとしてたようには思えんのだけど」

「それは……そうです」

「お父さんの命令?」


 アーシュラは少し困惑していたが、横からキアーラが口を挟んだ。


「……そうよ」

「キアーラ」


 たしなめるアーシュラに、キアーラは鼻を鳴らした。


かばう理由はないわ。あの人の所為で、私たちもうめちゃめちゃよ。私たち四年間ずっと、母さんを取り戻すなんていう父親の戯言ざれごとに付き合わされていたのよ」

「取り戻す? でもお母さんは――」

「死んだわよ、間違いなく。でもあいつはそれが認められない。自分の所為と思いたくないんでしょ」


 唾でも吐き出しそうな様子で言い切ると、キアーラは唇を曲げた。


「でも、私たちは止められなかった。同罪かもね」

「……それは、俺には判断できねーよ」


 ……正直、歯痒くて仕方がない。

 こういうのははじめてじゃない。バルト区はスラム街が二箇所もある所為なのか、目上の人間に逆らえなくて、そうしないと生きていけなくて、仕方なく犯罪に手を出してしまった奴が多いから。

 だけど、それを知ったところで、俺たちにはなにもできない。罪を犯した人間を捕まえるだけ。どんなに同情しても、そこに個人的な感情は挟むことはできない。


「お前さんたちの処遇は、これから来るおにーさんが決めることになる。俺は……」


 なにもできないな。自分の情けなさが堪える。

 しみったれた空気が充満する。

 緊張をほぐそうと話したはずなのに、何やってるんだ、俺。


「大丈夫です。これからどうなっても、私たちは構いません」


 ね、とキアーラに確認すると、彼女はアーシュラに頷いた。


「もう、あれに関わらなくていいのなら」


 二人とも諦念の中に何処か憑き物が落ちたような表情をしている。

 不幸中の幸い、というか、とにかく現在俺たちが来たのは、二人にとって良かったのかもしれない。だって、もし俺が見つけなかったら、二人はこの後どうしていた? あのまま逃げていても行く場所はないだろうし、父親に見つかったら揉めていたことだろうし。最悪の事態は免れた……のかもしれない。

 けどなぁ……。

 どうしたら良いのか判らんと頭を抱えている間に、ドアが開いた。ようやく来たか、と腰を上げかけると。


「……なんだこれは」


 そこに居たのは、先輩でもシェパードさんでもなく、なにやら暗くて重いオーラを背負った中年男性。赤茶の髪から二人の父親だとすぐに判断した。

 血走った眼が、俺のほうを――いや、双子たちのほうを向く。

 これはヤバい。

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