第3話 運命の出逢い

 大通りから路地に入り、その終点に待ち構えたエーリッヒ劇場は、中世の建物を意識した石造りの壁にアーチの入口となかなか重厚な構えだった。アーチの下には、観音開きの木の扉。重そうな木で作られたそれもかつては雰囲気を出していたのだろうが、今は色せた上に、落書きがされている。

 その入口前まで来た俺、パーキス先輩、シェパードさん。いざ建物内を捜索ってところで、俺はあることに気がついた。


「……入口の鎖がなくなってる」


 観音開きの扉の長い持ち手をぐるぐると絡め、南京錠で留められていた鎖がすっかり取り払われていた。


「あんなもの、工具を使えば簡単に壊せるだろう」

「まあ、そうなんですけど……」


 でも、潰れてから五年近く、ずっとあのまんまだったんだよな。あったものが急になくなっているから、変な気分だ。


「どうします? 正面から行きますか?」


 お伺いを立てるとO監の捜査官様は口元に手を当てて考え込んだあと、小さく首を横に振った。


「……止めておきましょう。開くようになったとはいえ、頻繁に開けられているわけではないようです。他のところから入れるのであれば、そちらからのほうがいいでしょう」

「んじゃあ、あっちから行きますか」


 建物の側面に回る。建物の陰に入ったところに、錆びた金属の扉と、同じく錆びた金属の階段があった。扉は一階の非常口。階段は二階の非常口に繋がっている。

 一階の非常口から少し奥に行ったところには、スライド式の窓があった。大きさは一メートル程度。枠ははまったままだが、ガラスはなくなっている。


「一階はあの窓から入れます。そこの非常口からも入れますが、軋みが酷いんでデカイ音がなります。窓の先は従業員通路ですね。スタッフオンリーって書いてある扉の先にあるやつです」

「……詳しいですね」

「地元民ですからね。家が近いんすよ」


 実家がレッヘンの隣の地区にあるのだ。なにかとこの近辺を通りがかるから、レッヘンについては多少なりと詳しくなってくる。

 シェパードさんは、なるほど、と頷いた。


「階段の先は、中階と二階、三階。二階は客用の通路とシアターの二階席、トイレくらいしかなかったかなー。中からでも二階に行けますけど、エントランスまで行く必要があります。

 中階はスタッフオンリーですが、たぶん映写機室とか演出用の機材とかが あったりする部屋と、ちっさな倉庫ですね。確か、映画のフィルムがそこに保管されてたかな。

 三階は完全従業員用ですね。照明ぶら下げたりとか、設備点検系がその辺だと思いますが、あんまり詳しくない。

 因みに、どの階も従業員通路の奥にある階段から行けますけど、片付けてなければ、一階の階段付近は荷物がたくさん積まれてたんで通れません。それ以外は、通れるか分からんです」

「……本当に詳しいですね」


 シェパードさんが胡乱な目でこっちを見た。家が近いだけでこんなに詳しいか、っていう目で見ているが、その答えは、まだ営業したときに通っていただけ。さらにガキんときには、映画とか見るだけじゃなくて、中を探検したこともあるってだけだって。


「手分けしていきましょう。まず、一階に二人、中階に一人。中階、二階のほうが床面積が小さい。そうですね?」


 劇場内にはシアターホールが一つ、二階席有り、ってことは一階から二階にかけては吹き抜け構造。つまり床面積小さい、と判断したんだろう。だから、探すところの少ない中階は一人。


「なので、各人が各階を捜索しつつ二階へ行き、そこで合流しましょう。残る三階は、その後全員で。良いですか?」

「承知した」

「了解です」


 話し合いの結果、パーキス先輩とシェパードさんが一階、俺が中階をあたることになった。分担は先輩の提案。たぶんやすやすとシェパードさんに出し抜かれないように牽制ってことだろう。若くて軽薄な(って自分で言っちゃうけど)俺と、経験豊富で堅物な先輩。どっちが牽制になるかっていったら、そりゃ先輩だ。


 音を立てないようにそっと階段を登る。非常階段は二階に行き着くまでの間に一度折り返されていて、その踊り場に中階に入る扉が設置されている。ただ、ここは劇場、一つの階の高さが通常の建物よりもずっと高い。中階なんていうけれど、実質一階分に近い高さを登っているようだった。

 扉の傍に身を寄せて、ドアノブに手を掛ける。慎重に扉を開くと、その先は暗かった。遠くから微かに物音が聴こえる。誰かいるらしい。そっと入り込み、音が鳴らないように扉を閉めて、吸音用の穴だらけの壁に身を寄せて奥へと進む。

 真ん中ほどまで来ただろうか。大きな重い扉が一つあった。耳をそばだててみると、中からなにやら不穏な音が聴こえる。何かを殴りつけているような、鈍い暴力の音だ。呻き声のようなものは聴こえないが……防音扉だからな、確かとは言えない。

 ……どうしようか。


「先輩」


 こそこそっとパーキス先輩に無線を入れてみると、すぐに応答があった。


「映写機室に人がいるみたいです」

『姿は判るか』

「いえ、音が聴こえるだけなので……」

『今こちらは応援に回れそうにない。判断は任せる』


 そうして無線が切れた。判断は任せる、か。あの鈍い音を聞く限りじゃ、放っておいて良いとは思えないんだが……。

 自分の安全と天秤にかけたが、やっぱり放っておいてはいけない気がして、中を確認することにした。

 ホルスターから銃を抜き、ゆっくりと扉を開ける。


 銃を構えて飛び込んだ先で見たのは、二人の少女が何かを破壊している姿だった。振り上げられている椅子と三脚。叩かれているのは、映写機のような箱。潰されて真ん中のほうが凹み、内蔵された線やらが飛び出している。

 それでも彼女たちは破壊活動をやめない。何かに取り憑かれているかのように、ひたすら箱を壊し続けていた。


「――誰」


 ふと音が止み、手前にいた少女から鋭い声が上がる。畳んだ三脚をこちらに向け奥の少女を庇うと、きつい眼差しで俺を睨みつけた。

 だけど、俺は奥の少女から目が離せずにいた。何故だろう、二人とも同じ顔なのに、彼女の涙に濡れた水色の眼差しに惹きつけられて仕方がない。


「俺は……」


 答えようとして、自分の喉が干上がっていることに気付いた。なんとか唾を作り出して飲み込むと、もう一度口を開く。


「警察だ」


 名乗って、我に返る。銃を上げ、慌てて部屋の中を見回した。機材と配線ばかりのこの部屋に他の人間はいなかった。

 とりあえず話を聴いてみよう。銃をしまい、少女たちと同じくらいの目線になるようにしゃがみ込む

 相変わらず手前の少女の視線は厳しい。胡乱な目で俺を見ている。まあ、これは当然だな。だが、奥の少女が俺をまるで救い主のように見ているのは何故だろう。ひりひりと焼け付くようで気にはなるのだが、あえて見ないふりして目の前の少女に尋ねた。


「さっきも言ったけど、俺は警察。バルト署の刑事だ。ここに不審者がいるっていう話を聞いて調査をしていたら、君たちを見つけた」


 身分証を掲げて見せると、四つの視線がその表面を走った。どうやら刑事というのは信じてくれたらしい。手前の少女からも緊張が解けていくのが判った。

 この二人の反応を見るに、警察は彼女たちの〝敵〟ではないらしい。けど――


「君たちは、ジョナサン・イーネスの娘さん、だよね?」


 は、と少女たちの顔が同時に上がる。ややあって、頷いた。やっぱりか。課長に見せられた写真と同じだ。あれから四年も経っているから、年齢は十七、八。さすがに大人びているが……。同時に、憔悴しょうすいしてやつれているようにも見える。ここで目撃されていたのはジョナサンだ。逃亡生活をしていたとはいえ、実の父と一緒にいて、なんであんなに張り詰めた様子を見せているんだ?


「ここで目撃されたのは君たちのお父さんだって聞いたんだけど、お父さんは? ここにいるの?」

「居るんじゃない?」


 手前の少女から素っ気なく返ってきた。愛想悪いな。いや、初対面だしこんなもんか? しかし、返事が不確か過ぎてようわからん。困ったな、と思っていると奥の少女が補足してきた。


「館内の何処かにはいると思います。でも、具体的に何処にいるのかまでは分かりません」

「そっか」


 とりあえずジョナサンがここにいるっぽいってのは分かった。これは知らせておくべきか。少女たちに断りを入れて、無線を繋ぐ。


「あ、先輩? グラハムです。映写機室で、女の子二人を見つけました。ジョナサン・イーネスの娘さんです」


 無線の向こう、パーキス先輩も、一緒に聴いているだろうシェパードさんからも反応はなかった。続けろってことだろう。


「彼女たちの話だと、イーネスはここにいるらしいです。ただ、具体的に何処に居るかまでは分からないそうで」

『そうか。了解した。こちらは、シアターで周辺の住民と思われる人物を見つけたんで、話を聴いているところだ』

「周辺住民?」


 眉を顰める。イーネス一家以外にも誰かいたとは意外だ。


「不良どもですか?」

『いや、親子連れだ。何かを見に来た、と言っているが、詳細は分からん』


 見に来たって……見世物でもあったっていうのか? この廃屋で?

 入口の鎖がなくなっていたのには合点がいくが、催し物をやっている雰囲気はなかったんだけど。

 捜索対象であるジョナサン・イーネスが居るかもしれないっていう場所だけに、そこに関連性があるような気がして、不気味で仕方がない。


「とりあえず彼女たちはどうしましょうか」

『一緒に話を聴くのがいいだろう。危害がないようなら、連れてこい』


 危害がないようなら、か。まあ、ここで何をしていたのか分からない以上、警戒はもって然るべき、かもしれないけどさ。


「了解です」


 無線を切ろうとしたそのとき。


『待ってください。オーパーツらしきものは、そこにありますか?』

「オーパーツ?」


 シェパードさんの質問に辺りをきょろきょろと見回してみるが、俺にはそれらしいものは判別できない。ここにあるものは全部普通の機材に見える。

 なさそうです、と返そうとしたら、少女たちが壊していた機械を指し示した。


「これがオーパーツ?」


 ただのレトロなカメラにしか見えないけれど。

 俺にはよく分からなかったが、二人がそうだと言うので、シェパードさんに、あるみたいです、と返した。


「ただ、ぶっ壊されてますけど」

『……その場で彼女たちと待機を。こちらが終わりましたら向かいます』


 押し殺した声で、シェパードさんは告げる。

 そうして無線が切れた。

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