第60話

 僕は急いで家に戻る。僕の肉体は元から膨大な魔力を行使することを前提として作られているから問題はないけど、人間や亜人は魔力を一気に消耗した場合は、急激な魔力の消耗を補うため急速に生成される魔力が過負荷を起こすことがある。

 命に関わることは多くないけど、極端な高熱を出す事が多い。僕の思慮が浅かったせいで、彼女に辛い思いをしないといけないのは僕自身が許せなくなる。

 すぐに丘に降りてニルヴァーナを回収して家に入る。周囲に漂う魔力の残滓が、あの魔法が如何に強力な物だったかを表していた。


「ステラ?」

「あ………おかえりなさい」


 家に入ると、ステラがしんどそうにソファーへ横になっていた。そして、その傍で心配そうに彼女を見ていたフラウの姿があった。

 僕が帰って来たのを見て、フラウは咎めるように僕を睨んだ。


「………シオン」

「………申し訳ない」


 それに対して僕は謝ることしか出来ない。心のどこかで、僕なら大丈夫だと言う確信があったのは否定しない。いや、それが誤りであった以上は慢心と言うべきか。ロッカは気まずそうに家に入り、いつもの隅っこで事の成り行きを見ていた。

 すると、ステラが傍にいるフラウの頭をそっと撫でる。


「私は大丈夫。だから、そんなに怒らないであげて?」

「………そう。でも、勝手に無茶したことは許せない」

「ふふっ、それは後で怒って良いから。今は彼と話がしたいの」

「………分かった」


 ステラが優しく微笑むと、フラウは会談に向かいそのまま二階に上がっていく。あの子が階段を登り切ったのを確認すると、ステラはソファーに横になったまま僕を見て手招きをする。

 本来なら、フラウのように怒るのが当たり前なんだろう。勝手に無茶をして、勝手に危機に陥って、その上で彼女に無理をさせて助けてもらったのだ。

 なのに、ステラは変わらず笑みを浮かべたまま、僕が目線を合わせるためにしゃがんだのを見て口を開いた。


「あなたが無事でよかった。怪我はない?」

「………僕は大丈夫だよ。けど」

「私も大丈夫。久しぶりに魔法を使ったら、ちょっと失敗しちゃったみたい」

「いや、あれだけの魔力を使ったらそんなことは関係な―――」


 ステラは僕の唇に人差し指を当てて、それ以上の言葉を止める。


「あなたが自分のやるべき事をしたように、私も自分に出来る事をしただけ。そんなに自分を責めないで?」

「………ありがとう。君のおかげで助かった」

「うん、どういたしまして」


 そう言って明るい笑みを見せるステラ。しかし、未だに彼女が放つ体温は高い。しんどいはずなのに、こうして笑みを浮かべさせていることに申し訳なく思ってしまう。

 それを察したのか、ステラは僕の手を握る。


「魔力の過負荷は、他人から適切に魔力を送ってもらうことで対処できるって学んだの。お願いできる?」

「あぁ、勿論だ」


 僕は彼女の手を握り返して目を閉じる。そのまま彼女の中を滅茶苦茶に駆け巡る魔力と、僕の魔力をゆっくりと接続していく。

 他人と自分の魔力を接続すると言うのは難しい話じゃない。ただ、同時にとても危険な行為でもある。魔力を送り続ければ相手の身体が膨大な魔力に耐え切れなくなって崩壊を起こしたり、逆に魔力ウを全て奪われて昏睡状態に陥ることもある。

 そして、他人の過負荷症状を直すためには相応に魔力操作に長けている者でなければ不可能だ。相手の魔力の流れを掴み、安定化させるために適切な量を、正しい流れを作りながら送り続けなければならない。失敗すれば、その症状は更に深刻な物になる危険性だってある。

 だから失敗するわけにはいかない。僕はそのまま彼女の魔力の流れを見ながら、正しい流れになるように僕の魔力を流し始める。


「………」


 少しずつ、慎重に。僕が魔力を流していくと共に、彼女の中で荒ぶっていた魔力が徐々に秩序を持ち始める。少しずつステラの顔色が良くなっていたが、少しだけ苦しげな表情を浮かべた。


「っ………ちょっと、きついかな」

「ごめん、すぐに調整するよ」


 僕は彼女に送りすぎた魔力をこちらに戻していく。魔力を送りすぎても駄目だけど、少なすぎると失敗の危険がある。魔力の回転を上手い具合に調整しなければこうなってしまうのだ。魔力の循環を調整した後、僕はそれを続けていた。

 しばらくすると落ち着いたようで、大きく息を吐いてこちらを見た。


「ふぅ………ありがとう。もう大丈夫」

「………そっか」


 彼女が放っていた温度は徐々に平熱まで下がっていく。かなりの高熱だったのに、こうして一気に下がっていくのは普通じゃ考えられないかもしれないけど、そもそも病原菌やウイルスなどが原因ではないのだから不思議な事じゃない。

 僕はすっかり顔色の良くなったステラを見て手を離しす。しかし、僕は彼女になんと言えばいいのだろうか。

 すると、ステラは僕の顔を見てほんの少しだけ困ったような表情を浮かべた。


「シオン。私は、あなたを助けたかっただけ。故郷も追われて、何もかもを失った私が出来る、ほんの少しの恩返しだったの。だから、あなたにそんな顔されたら………私が助けたのが間違いになっちゃう」

「………あぁ、そうだね」


 ぎこちなく笑顔を浮かべる。それを見ると、ステラがおかしそうに笑いだす。


「ふふ、変な顔………後は、あなたが出来る事をして欲しいの。また………あの悲劇を繰り返さないために」

「………うん、分かってるよ」


 僕はしっかりと頷いた。僕にはまだやるべきことがある。あの日約束したように、あの怪物たちの事を解明し、これ以上被害が出ないようにしなければならない。

 彼女の期待に、僕は答えなければならない。やっと手に入れた手がかりを、僕は無駄にしてはいけなかった。

 そんな覚悟を持って立ち上がったのだけど、ふと彼女が意地悪そうな笑みを浮かべていることに気が付いて、疑問を浮かべる。


「ふふ、でも。その前に………あなたには、まだやることがあるでしょう?」

「………?」

「………しっかりと、怒られてきて」


 その言葉に、僕は一瞬だけ思考が停止する。そして苦笑を浮かべた。正直、あんなに怒っていたフラウは見たことないんだけど。


「あはは………そうだね。行ってくるよ」

「えぇ、いってらっしゃい」


 僕はそう言って、階段を上がって二階に行く。そのまま廊下を渡って、フラウの部屋をノックする。


「フラウ?」

「………」


 すると、無言で扉が開く。暗に中に入るように言っていたフラウに頷いて、僕は部屋に入った。扉を閉めたフラウは、そのまま僕の前に立った。


「………ステラは?」

「一応、治療は終わって容態は安定したよ」

「………そう。ならよかった。でも………あなたが勝手に無茶をして、勝手に命を落としかけたのは、許さない」

「………あぁ」


 僕は頷く。勿論、いずれやらなければいけなかった事であるのには間違いないのかもしれない。でも、僕はフラウともずっと一緒にいるという約束をしていた。

 自惚れとかでもなく、彼女から大切に思われている自覚もあるし、僕だってフラウを大切に思っている。だからこそ、あんな危険な真似をフラウが知らないところでやっていた時にどう思うのかは理解できる。

 すると、フラウが僕に抱き着いてくる。服を強く握りしめるその体は、ほんの少しだけ震えていた。身長差から腰に手を回し、お腹に顔をうずめているフラウはゆっくりと口を開いた。


「………もう、二度としないで。あなたが危なかったってステラから聞いた時、すごく怖かった。もう、一人になりたくない」

「………うん、約束するよ」


 僕の慢心が、二人を苦しめてしまった。『権能』だ何だと言っても、結局は無敵ではない。彼らが道半ばで時間という存在に勝てなかったように。

 ほんの少しだけ、僕の認識が甘かったと反省している。それと同時に、あの怪物たちの脅威を改めなければならない。もしあんな怪物が蔓延るようになれば、忽ちこの世界の生物たちは駆逐されていくだろう。

 しばらく、フラウはそのままだった。たまに聞こえてくる嗚咽を、僕は彼女の頭を撫でて宥める事しか出来なかった。


「………約束、だから」

「あぁ、勿論」

「………なら、いい」


 そう言って、フラウはゆっくりと身体を離す。ほんの少しだけ赤くなった目元を拭い、小さく笑う。


「………もう一度、約束して。ずっと一緒にいるって」

「うん………約束する」

「………絶対だよ」


 僕は頷く。その後、僕は彼女の部屋を出てリビングに戻る。ソファーに横になっていたステラはやはり疲れていたのか、僕が戻った時には眠っていた。

 彼女を起こさないように出来るだけ静かに廊下に進み、自分の工房に入る。リビングで目が合ったロッカは小さく手を振って来たけど、何となく安心したような雰囲気を纏っていた。

 そして、僕は今回採取したあの怪物たちの事について研究を始めた。勿論、完全に未知の生命体たちだ。そして、危険な特性を多数持っている。

 慎重にあのゲル状の触手や、怪物の死体を調べていく。靄に包まれていたあの怪物の姿は、他の怪物とあまり変わらない姿をしていた。


「………これは」


 調べた体組織は、まるで干からびた植物の繊維が密集したようなものだった。そして、その組織は魔力で干渉することが出来ない………まるで実態が無いような物だった。

 でもそれだけじゃない。怪物の遺伝子を調べようと思ったが、一切それらしきものが存在しなかった。いや、より詳しく言えば、遺伝子情報が滅茶苦茶だったと言うべきかな。無数の生命の遺伝子をひたすらに継ぎ足したような。融合生物として有名な物はキメラが存在するが、彼らは遺伝子すら接合されるわけじゃない。魔法によって本来相容れぬ肉体を繋ぎ、無理やり生物として成り立たせているだけだから。

 この生物は違う。本来生物として成り立たない、成り立ってはいけない遺伝子情報で存在しているのだ。これは、様々な怪物たちの死体が集合した怪物だからなのだろうか?


「………」


 この生物たちの正体が何であるのか。勿論、いずれ解き明かさなければならない謎なのだろう。けど、今はもっと大切なことがある。彼らの弱点を知ることだ。

 様々な方法を試したけど、やはり魔法は効果が無い。やはり生命力を宿した魔法は効果があったけど、その他で言うなら物理攻撃くらいだった。

 魔法的な要素を持たない炎なども、多少表面を焦がすことは出来たものの大きなダメージを与えれれる様子はない。

 しかし、儀式を用いた魔法に限っては生命力を宿さずに干渉することが出来たが、いくつか疑問も浮かぶ。

 グランの時は、僕の魔法だって通用した。それも、生命力は宿さずに、儀式なども用いていない。彼らとグランの違いと言えば、死体から変化したか、意志を以て人の身から変貌したか。

 それだけじゃなく、魔法が効かないのはこの様々な生物が変貌した怪物が集合した生命体であるこの個体も例外じゃない。なのに、ステラの魔法でこの生物は倒れた。


「………」


 この生物たちの目的は何なのか。言語を使っているという事は多少の知能を持つのは間違いない。何の目的も持たずに、生物たちを殺しては怪物に変えているとは思えないけど、ただ繁殖するために殺した生命体の遺伝子や記憶を保存して運ぶ必要はないはずだ。

 あの触手は地面を通ってどこかに繋がっているはずだ。それがどこかは分からないけど………その時、扉がノックされる。時間を見ると、既に八時を過ぎた頃。


「あぁ、今行くよ」


 いつものように部屋から離れていく足音。僕は奥にある大きな台座の上に乗せている怪物の死体を儀式魔法で時間を停止させる。

 この生物が万が一にも蘇生するようなことがあったら責任が取れないからね。有り得ないとは思うけど、念には念を押すべきだ。ほんの少しの油断が、またあのような結果を招いてしまうだろうから。

 部屋を出てリビングに行くと、既に夕食が用意されていた。今日はフラウが作っていたみたいで、ステラも既に起きていて、食卓の前に座っている。数時間前のしんどうそうな様子は一切なく、僕を見て笑みを浮かべた。そして、フラウが声を掛けて来る。


「………お疲れ様」

「うん、ありがとう」


 そう言って僕は席に座る。そのまま料理を食べていたけど、あの研究の途中で気になったことをステラに聞かないといけない。


「ステラ、僕を助けた時に使った魔法の事だけど………」

「えぇ、どうしたの?」

「あの魔法を使う時、何か特別な事はしたかい?あの怪物には魔法が効かなかっただろう?」

「魔法以外………祈っていたこと、かな」

「祈り?」


 想像の斜め上の回答にちょっと驚いてしまった。僕が聞き返すと、ステラは頷く。


「私たちの祖先は天空の神と言われているの。それが事実かは分からないけど、古くから信仰されていて、必ず起きた時と寝る前に祈りを捧げないといけなかった。王族の血を引くものは一定の周期で祭事を行って、天人を代表して神殿で一日の間祈り続けたりもするんだけど………」

「………ふむ」

「私は、本当に有翼族が神の血を継いでいるとは思ってない。けど、信仰そのものは間違いじゃないから、きっと意味があると思ってるの。もう私はアストライアを追放されたし、奇跡だって持ってない。だから、意味なんてないのかもしれないけど………」

「どうだろうね………もしかしたら、それも意味があることだったのかもしれないよ」


 僕の中に、一つの仮説が生まれた。世迷言だと一蹴されるかもしれないけど、それしか考えられない。頭の中を駆けるのは、とある古い記憶。

 それを確かめなければならない。


「そうかな………」

「どちらにせよ、本当に助かったよ。ありがとう」

「うん、どういたしまして」

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天才科学者の卵は転生しても研究を続けるそうです。 白亜皐月 @Hakua_Stuki

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