第59話
それから五日後。僕はその間にも何度か足を踏み入れた精霊の森にいた。しかし、今回は僕だけじゃなくロッカが一緒だ。明日は招待を受けているパーティーの日だけど、支援の依頼をする前にもう少し詳しい情報が欲しいと思っていたからだ。
多少時間を置いているし、何か変化があったかもしれない。無論、時間を置いたが故に危険が増している可能性を考慮して、物理攻撃においては僕以上のパワーを持つロッカを連れてきたわけだ。今はステラがいてくれるから、フラウを一人にしなくてもいいし。
そういうステラは、この五日間でかなり家に馴染んだと思う。自分から話しかけてくることが増えたし、優し気な微笑みを浮かべている事が多い気がする。
家事をしている時や、フラウに構っている時は特に。彼女も僕と似ていて暇が嫌いなタイプらしく、やることが無いよりは少しくらい仕事があるくらいが充実してるとのことだ。アストライアでの生活の反動なのかもしれないね。目を合わせるだけで嬉しそうに笑みを浮かべるし、全体的に家の雰囲気が明るくなったように思える。
フラウやロッカとの関係も良好で、フラウも自分からステラに話しかけることが増えてきていたし、ロッカとのコミュニケーションも少しずつ理解してきたみたいだ。最初こそ少し不安だったけど、杞憂に終わってよかった。
「………まぁ、仲良くしてるのは良いことだけど」
「?」
ロッカが首を傾げ、僕は気にしないでと返す。このまま馴染み続けて、別れが辛くならなければいいんだけどね。
ちなみに、もう大丈夫だろうと思った僕は昨日、あの村の現状をステラに伝えた。彼女はしばらく考え込んでいたけど、ゆっくりと頷いて現実を呑み込んでいた。
だからなのかもしれないけど、彼女は今日の調査に付いてきたがっていた。そんな危険な場所へ行く僕が心配だから力になりたいと言っていたけど、建前なのは理解できた。
まぁ、そこまでは良いのだけど………
「………それにしても、もう少しこの雰囲気はどうにかならないかな」
空は一面に雲がかかり今にも雨が降り出しそうな天気だ。秋に入り始めたせいか、肌寒い風が森の木々を揺らし、薄暗い森の雰囲気をより一層不穏な物にしていた。いや、実際に不穏だ。
森は再び魔物や動物たちが姿を消しただけでなく、村に張り巡らされていたあの謎の触手が、森の中にも見かけることがあった。周辺を全て包み込むのではなく、局所的に点在しているだけだったけど。
木々に絡みついていたり、地面にくっついていたり。やはりと言うべきか、その内部では生物の記憶が………それも、かなり単調な感情の波などが含まれていた。恐らくだけど、人間以外の生物すら怪物と化しているのだろう。
けど、いまいちプロセスが分からなかった。怪物がこの謎の触手地帯に変貌したのか、それとも変貌した瞬間にその情報がネットワークのように触手を伝って流れていくのか。僕はそれを知るために、この触手のサンプルを採取している。
勿論、危険だと言う自覚はある。でも、このまま危険だからと足を止めていては何の成果も得られないと思ったのだ。ステラとの約束もあるし、出来れば早く真相に辿り着きたい。
「さて………サンプルも結構集まったね」
「!」
ロッカが頷く。僕は真っ黒な粘液の入った試験管に蓋をする。既に十本分ほどのサンプルを採取している。見た目通りというか、触手はどろりとしたゲル状となっていて、即席で作ったナイフで簡単に削り落とせた。しかし、採取した瞬間に再生しているために大して影響はないのだろう。
この十本のサンプルは二本ずつ違う場所で採取したものだ。つまりは五ヵ所回っているという事だね。
「ここまで森に影響が出ていて、あの異形そのものは存在しないのがおかしいと思うんだけど………」
結局、森の異常以外には何も見つかっていない。最終目標は、あの怪物のサンプルが欲しい。村にあった切断された腕を回収していれば良かったのだけど、どうしたかは知っているはずだ。
炎に包まれているし、仮に燃えていなかったとしてもあの村に踏み入るのはまだ早いと思う。さて………ここで、僕の頭にはとある考えが浮かんでいた。
相当危険だし、傍から見れば正気の沙汰ではないのは分かっている。けど………
「ロッカ」
「?」
「ちょっと………賭けに出るよ」
そう言って、僕は右手に赤い光を灯す。それを見たロッカも察したのか、周囲を警戒し始めた。そう、僕が見つけられないのであれば相手に見つけてもらえばいい。
右手に炎が燃え始め、僕は振り上げた。
「顕現せよ。ロアの権能」
右手から放たれた炎は一筋の閃光となり、空中へと打ちあがる。そして空に掛かる雲の下で、炎は巨大な花を咲かせる。爆音を周囲に轟かせ、空気を揺らすそれは一瞬で消える。
しかし、それで十分だった。森中から響く奇妙な叫び声。その声は一体や二体というものではない。
「………さぁ、頑張り時だね」
私は外に出て、あの人が飛び立った方を見ていた。二日前くらいから、彼が森に行くたびにこうして森を見ている。
普通の人間なら、遥か彼方を見つめているだけに見えるかもしれない。でも、そうじゃない。有翼族は、種族柄視力が発達しているから。
雲よりも高い空から地上を見下ろす私たちにとって、数十キロ先を見通すなんて当たり前で。本当は、私もあの人と一緒にあの森に行きたかった。
私が暮らしていた村がどうなっているのか、私の目で確かめたかったと言うのもあるけど、あの人に伝えたように、心配なのも本当だった。
「………」
フラウには、心配いらないと言われたけど。あの怪物たちの恐ろしさをこの目で見たからこそ、そう簡単に不安は消えなかった。
その時、私の目に強い光が飛び込んでくる。それは空中へ躍り出て、まるで花のように大きく爆発する。それと同時に、森の中で沢山の影が蠢き、彼のもとへ走っていくのが見えた。
「っ!」
あの人が何を考えているのか分かってしまった。私はあの怪物たちがいなくなってくれればいいと願っているけど、そのために彼が死ぬのは嫌。たった数日かもしれないけど、私の中であの人の存在が大きくなっていくのも事実だった。
「………!」
私は翼を大きく広げ、魔力を集中する。それと同時に翼に光が少しずつ灯っていく。あぁ、どうか間に合いますように。
目を閉じて胸の前で手を組む。アストライアにいる時は、朝と夜の祈祷が義務だった。私たちの祖先と言われてる天空の神に祈りを捧げ、見守ってくれるように願うために。
奇跡もない私には、こんなことは意味が無いのかもしれない。でも、ただ待つだけなんて出来なかった。
もう、後悔はしたくなかった。
「君に名を与えよう!イグニス!」
その言葉と共に振るわれた炎の大剣は、周囲から迫る四足の異形たちを焼き払う。その炎の奥で閃光が輝き、僕は横へ跳んだ。
「■■■■■!」
放たれる熱線。遥か彼方へと飛んでいった先で着弾し、巨大な爆発を起こす。木々だけでなく地盤すらも宙を舞っている光景に、僕は冷や汗を流した。
しかし、怪物たちの進撃は止まらない。一心不乱と言う言葉が相応しく、わき目も降らずに走って来る。
僕らが相手にしているのは、まるで獣のような異形だった。身体が干からびた黒い根で構成され、顔は額に大きな穴が開いているのは同じだ。しかし、四足で素早く走り、鋭い牙の生えた大きな口は間違いなくこの森で犠牲になった動物、または魔物なのだろう。その体躯もまちまちで、おおよその元の生物が予想できる程度には特徴を残している。
狼、熊、鹿など。もしかしたら全く違う生物で、魔物だって混じっているはずだ。しかし、僕らが戦っている個体は大きさなど関係なく、能力は全て同じように思えた。
地面から伸びる、あの厄介な触手は使ってこなかった。多分だけど、人型のみが使えるとかそういう事なんだと思う。
そして獣型だろうと関係なく、やはり全ての個体はあの謎の言語を発していた。しかし、ここまでで気付いたことは………
「■■■■■!」
「■■■■■!」
「■■■■■!」
全ての個体は、まるで同じような言葉を発していたのだ。意味は理解できない以上、本当は違うことを話しているのかもしれない。けど、聞いている限りは全く同じ音だ。
「ロッカ、君の制限を解除する!」
「!!!!」
ロッカが纏う雰囲気が変わる。迫る異形を迎え撃っていた激しい殴打の雨は速度と重みを増し、直接地面に触れていないというのに余波で大地に罅が入る。
しかし、相手も襲ってくる数が増す。正直劣勢だと言われれば間違いないけど、後に退けるはずが無い。一度やると決めた以上は。
瞳に光を宿し、右手に緑の光を纏う。
「出でよ!生命の化身!」
木々から飛び出して来る僕の眷属達は、巨大な口に光を灯す。
「放て!」
僕の号令と共に、全ての眷属がそれぞれ違うターゲットへと緑の光線を放つ。巨大な爆発を起こし、粉々に砕け散る怪物たち。再び命を宿した炎の大剣を横薙ぎに振るう。
ロッカは殴打の途中で右手に黄金の紋様が浮かび上がり、殴りつけるとともに地面に突き刺す。引き抜いた時には巨大で無骨な大剣を持っており、殴打の雨から斬撃の嵐に変化する。
命を宿した炎の波と、音速で振るわれる巨大な斬撃の嵐。木々の間から絶え間なく放たれる緑の閃光は徐々に怪物たちを殲滅していく。砕け散り、焼き焦げ、身体を切り刻まれていく怪物たちの死体が辺りに散らばっていく。
劣勢を徐々に巻き返し、相手の数が減っていく。
「いい加減にしてほしいね………!」
右手に黄金の光を纏わせ、地面に叩きつける。その瞬間、周囲の地面から無数に飛び出してきた黄金の鎖が迫っていた怪物たちを貫き、空中に縫い付けていく。
それでもなお動き続ける怪物たちを、空中に生成された黄金の槍が頭を穿つ。頭部を失い、やっと動きを止めていく異形。周囲に静寂が走る。
「………ふぅ」
周囲に生体反応はない。僕がため息を付いて炎の剣を消すと、ロッカも大剣を肩に担ぐ。流石に疲れたね。
「お疲れ様、後は―――」
その時、大きな地響きが走る。それと共に地面に罅が入っていく。
「!!」
「っ」
ロッカが僕を担ぎ、その場から跳ぶ。離れた所へ着地した瞬間だった。先ほどの地面の亀裂から、あの黒い根のような触手が大量に伸びてくる。それは周囲にある怪物の死体を絡めとっていき、徐々に大きな塊へと変わっていく。
まるで繭のように巨大な球体へと絡みついていくそれは徐々に大きさを増して脈動する。
「………これは」
僕の目に映る、大量の生体反応。沢山の命が混ざり合い、一つの混沌へと変わっていく。木のように地面から伸びる黒い触手の上の繭。そして、巨大な亀裂が走る。
亀裂からは不気味な黒い液体が流れ落ちていく。亀裂を開くように、内部から鉤爪のある巨大な手が伸びてくる。
「■■■。■■■■■■」
一定の言葉が繰り返し発される。繭を破り落ちてくる巨体。しかし、その体は黒い靄に包まれて、視認することが出来なかった。
巨体は地面に落ちた身体をゆっくりと起こす。僕の目に映るのは、沢山の生物の情報、命、そして魔力。代わりに、それは肉体を持たなかった。
右手に赤い光を纏わせる。それを振るおうとして気付いた。
「………っ!?」
身体が動かない。まるで何かに絡めとられたかのように、指一本動かなかった。ゆっくりと近付いてくる怪物。となりのロッカすらも動きが止まっている。つまり、これは知性を持つ者ならば無条件に発動する何か。
してやられた。油断をしていたわけじゃない。でも、この怪物たちは僕の予想すらも上回る危険な者達だったみたいだ。
もし僕が帰らなかったら、フラウはどんな顔をするかな。約束を破った僕を許してくれるかも分からない。
怪物が距離を詰めてくるとともに、視界に暗闇が掛かって来る。意識も徐々に奪われていく。様々な後悔が頭を過ぎったその時、僕の視界の端で何かが輝いた。
私の収束させた魔力は極光となり、私の翼は強く輝く。あの怪物があの人に手を出すまで、既に時間はない。でも、何とか間に合った。
「光よ………!」
瞳に四芒星のような模様が浮かび上がるとともに光の柱が私の周囲から空へと昇り、天空で巨大な魔法陣を作り出す。そして、魔法陣の放つ光がより一層強まった瞬間、雲を裂きながら巨大な閃光が放たれる。
遥か彼方から放たれた巨大な閃光。それは雲を裂き、大地を焼きながら一瞬で怪物を呑み込む。その瞬間に起こった巨大な爆発による爆風で、僕は吹き飛ぶ。
「ぐっ………!?」
「!!」
ロッカも動き出し、僕に駆け寄って飛んでくる石や粉々になった木々の破片から守るように、僕の前に立つ。
爆風が収まる。僕はゆっくりと先ほど怪物がいた場所を見て絶句する。赤く熱された巨大なクレーターが出来ている。クレーターの周囲はあまりの熱によって焼き焦げ、ガラス化しているところまで存在した。
そして、クレーターの中心にはあの怪物が倒れている。先ほどまで感じた全ての生命反応は消失しており、物も言わぬ骸となっていた。
「さっきの光は………」
僕の家のある方から放たれたはずだ。そして、光の魔法を使えるのは彼女しかいない。別に、特別弱く見ていたわけじゃない。でも、下手をすれば山すら穿ちかねない程の魔力を持った極光を放つことが出来るとは思わなかった。
それも、僕の目ですら確認できない程の超遠距離から。けど、僕のように強化が施された身体でもない生身であれだけの魔法を使って一切反動が無いとは思えない。
僕は怪物の死体を空の魔法で回収し、すぐにニルヴァーナに乗る。今回の件は、完全に僕の落ち度だ。
彼女には謝らないといけないだろう。彼女が助けてくれなければ、今頃どうなっていたか分からなかった。結局、多少の後悔を残して僕は家へ戻るのだった。
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