第58話
次の日。ちなみにステラとフラウは一日交代で料理の当番をすることに決めたらしい。ちなみにローテーションに僕は入れられていない。一応言ってみたんだけど、フラウは食べてもらえるのが嬉しいから、ステラも似たような理由で出来るだけ作りたいと言われてしまった。
僕は料理が得意なわけではないから、やりたいと言うのであれば料理は完全に二人に任せることにした。朝食も食べ終わって僕は席を立つ。
ステラは一晩考えた結果、一度村に顔を出してみることにしたらしい。少しずつでも環境を変えて、過去を吹っ切るだけの踏み切りが付けばいいと思ってるから、今回の彼女の決断は少しだけ嬉しい。後は村の人たちがステラを有翼族だと言う先入観で、彼女を敵視しなければいいのだけど。
「行こうか」
「………うん」
「!」
フラウとロッカも勿論ついてくる。フラウもすっかり村の雰囲気に馴染み、前にも言ったように一人で村に降りる時もあって、ちょっとした買い物を頼んだりしている。
僕らは家を出て、いつものように丘を下っていく。ステラはこの付近で外に出るのは初めてだからか、周りを興味ありげに見渡していた。
「久しぶりに外に出たんじゃないかい?」
「うん………本当は、自由に外を出歩いたり、空を飛んだりしたかったんだけど、あの怪物たちが出るようになってからは外にも出れなくなっちゃって………」
「まだ空は飛べるんだね」
「勿論。ただ、アストライアを見つけることは出来ないんだけど………」
少し複雑そうな表情を浮かべる。何だかんだと、故郷が嫌いだった訳ではないのだろう。
「帰りたいかい?」
「………今は、分からないの。でも、もう一度あの空から、地上の景色を見てみたいな」
「………そっか」
そこまで言うのだから、本当に天空の楽園とも言われるアストライアから見る景色は絶景なのだろう。数百年、数千年にも及ぶ退屈を以てしても、あの景色を見たいと言わしめるほどのその光景を、僕も少しだけ見てみたいと思ってしまった。
そこまで黙っていたフラウがゆっくりと口を開く。
「………故郷、好きなの?」
「嫌いではなかったかな」
「………そう」
フラウは静かに言葉を返す。この子からは、故郷を恋しいと聞いた事がない。多分だけど、勝手に思い入れや帰りたいという気持ちはないのではないかと思っていた。
「あなたは故郷に帰りたいと思ったりしないの?」
「………私は、帰りたくない。シオンと暮らしてる今が、ずっと幸せだから」
「おや、嬉しいね」
「ふふっ、本当に好かれてるのね」
まぁ、何度か聞いてるけど。ただ、分かっていても言葉にされると嬉しいからね。勿論、故郷をもっと大事にするべきだという意見もあるかもしれないけど、環境と言うのは自分に合わせてくれることは滅多にない。自分自身が住みやすい、生きやすい環境に身を置く事が最適だと僕は考えているから、故郷に縛られる必要はないとは思う。
僕らはそんな風に話しながら丘を下る。数十分ほど歩くと村が見えてくる。僕らが歩いてくるのを見た村人達が手を振ってこようとして
「ん?あの別嬪さんは誰だ?」
「一緒に歩いてるってことはシオンさんの連れなんだろうが………」
「………まさか、ついに妻を娶ったのか?」
「ははっ!そりゃめでてぇ!村総出で祭りといくか!」
なんて会話がここまで聞こえてくる。フラウは若干纏う雰囲気に暗いものが感じられるようになるし、ステラも頬を染めて気まずそうな顔をするから色々と困る。
僕らは取り敢えずそのまま村に入ると、当然のように村人達がこぞって声を掛けてくる。
「シオンさん!ついに妻を取ったんすか!」
「いや、違―――」
「随分と別嬪さんだが有翼族か………まぁ、その表情を見るに悪い奴じゃないんだろうな。お似合いじゃねぇか」
「まずは話をね………」
「どこで出会ったんですか!?」
興奮して話を聞いてくれない彼らに少し頭を抱える。最初の頃もだけど、彼らは少し人の話を聞かないところがある。
ちなみに、彼らの所にも僕が『権能』の魔法使いだという事は伝わっている。最初こそ驚かれたけど、最終的にはやっぱりそうなんだ。くらいの反応だったのを覚えている。
「うちらの村を守ってくれる権能が妻を取ったとあれば、将来は安泰だな!」
「落ち着きなよ。だから違うんだって」
「………え?」
やっと話を聞いてくれた時、村人が素っ頓狂な声を上げる。無駄な疲れを感じ、軽くため息を付いた。
「全く………彼女はステラ。ちょっと事情があってね、うちで預かることになっただけだよ」
「あ………そうなんすか」
「なんだ、そうだったのか………」
「君達、ちょっと興奮しすぎじゃないかい?流石に気まずいよ」
「いやぁ………申し訳ない」
頭を掻きながら謝罪する男に、僕は苦笑する。すると、ステラが口を開いた。
「その………ステラです。よろしくお願いします」
そういって頭を下げるステラに、村人達は驚いたような顔をする。
「有翼族は地上に住む奴らを見下してると聞いてたんだが………」
「彼女くらいだよ。他の有翼族はその通りだと思うし」
というか、君たちは人間を見下す種族だと言う前提知識があって、僕がそんな種族と婚姻を結ぶと思っていたのかな。一緒に歩いてきただけでそこまで発想が回るとは、なかなか脳内が春だと思うんだけどね。
「まぁいいや。これが頼まれてたものだよ」
そう言って、僕は作っていたマジックアイテムを村人に渡す。村全体で使うものだから、誰が持ってもいいだろうし。昨日はこれを頼むために来ていたらしい。
フラウが伝言を受けていたから、用意して持って来たわけだ。後、もう一つ用がある。
「それで、ステラがしばらく家にいるから、着替えを作ってほしいんだ」
「え!?い、いえ、私は大丈夫です」
「いや、今後必要だと思うけど。流石に有翼族でも清潔に保つべきだよ。せっかく綺麗な見た目をしてるのに」
「っ………あ、ありがとうございます」
人見知りとは違うのかもしれないけど、他人の前で敬語になるのは緊張しているからかな。もしかしたら、王族としての教育なのかもしれないけど。
可愛らしく整った綺麗な顔立ちと小柄な体からか、敬語を使っているだけで大人しそうな印象を受ける。まぁ、別に騒がしい訳ではないけど。
「………シオン、いいから用事を終わらせよう」
「あぁ、そうだね。それで、彼女の服だけど………」
「問題ありません。では、フラウさんの時と同じように採寸を取りたいのですが………」
丁寧な口調で出て来たのは一人の青年。フラウの服も作ってくれた、この村の洋裁師だ。この村はフォレニア王国の最西端にある村だと言うのに、ここにいる職人は王都でも十分以上に通用する能力を持っている者が多い。
昔から王都との商売が盛んだったみたいだし、技術の流通は行われていたんだと思う。それを独自に発展させていった彼らは、一流と言える技術を持つ職人になっていたらしい。
彼の場合、服を見るだけで構造や材料がある程度分かる程の知識や経験を持っているらしい。若いけどそんなに経験があるのは、代々続く技術の積み重ねだとか。
「ステラ、そういう事だけど………」
「………では、お願いします」
「任せてください。流石にこの場では出来ないので、店まで行きましょうか」
そう言って青年は歩いていく。少しだけステラが迷うような顔をして僕を見た。
「僕らは待ってるから行ってきなよ。彼は一流の職人だし、信用していいと思うよ」
「………うん、じゃあ行ってくる」
そう言ってステラは青年の後を付いていく。彼は自分の仕事に誇りを持っているし、僕の連れであるステラに変な気を起こすことはないだろう。
服の採寸は同性がやるのが前世では一般的だったけど、こっちじゃそういうわけにはいかない。人材が限られているからね。色々とトラブルが起こることもあるらしいけど、僕は彼らを信用しているから大丈夫だと思っている。
僕らはそのまま村人と会話をしながら彼女を待っていた。ちなみに、あんな勘違いをした理由は、そもそもちょっとした期待が含まれていたのだとか。それをつい口にこぼしてしまったら、話が大きくなったと言う。
「期待ね………」
「いやぁ………本当にすまなかった」
「いや、誤解が解けたならいいんだけどね」
僕がセレスティアに求婚を受けたという話は聞いていないみたいだ。まぁ、そっちはそっちで広まってほしくないというか、それに関しては事実で否定できないから知られたくない。
それに、僕は子供なんて居なくても数百年か数千年は生きれるだろうし、彼らが生きてる間に年老いることはないから彼らが心配することは何もないんだけどね。
すると、フラウが僕の手を握る。既視感があるなと思ってフラウを見ると、そっぽを向いて拗ねていた。さっきからこんな感じだ。
「フラウ、そろそろ機嫌を直してくれないかい?」
「………私の方が、ずっと一緒にいるのに」
本当に小さく呟かれた言葉に、どう返すべきか悩んだ。この子が僕に懐いてくれているのは分かっているけど、だんだんと独占欲が強い子なのも少しずつ分かり始めた。
それにフラウがそういう風には見られないと言うのが、見た目の幼さを表していたから不機嫌が加速したのだと思う。
一応フラウが魔族であることと、十七歳であることは彼らにも伝えている。やはりと言うべきか、それでも実年齢より下の扱いを受けてしまっているけど。
どう慰めたものか………そんな事を考えていた時、ステラが戻って来た。
「おかえり、早かったね」
「うん、私も驚いた」
「………私の時も、早かった」
ちなみに採寸で思い出したけど、ステラの体付きはスレンダーな部類に入る。線が細く華奢な身体に、身体のラインがはっきりわかる服装から分かる胸囲は決して大きいとは言えない。言葉を選ばなければ小さいと言える。
か弱そうだといえばそうなのだろうね。ちなみにフラウに関しては言わなくても良いだろう。幼く見られるという事はそういう事だ。
「さて、僕らは帰るとしようかな。ステラの事は他の村人達にも伝えておいて欲しい。しばらく家にいると思うからね」
「おう。使節の人たちにはどうする?」
「あー………出来れば伝えておいてくれるかな。こっちで一から説明しようとすると、色々と面倒が起こりそうだし」
「もちろん、任せてくれ」
僕らはそのまま村人達に挨拶してから村を出て、家に戻っていく。僕じゃ出来ないことも多いから、あの村には本当に世話になっている。
「どうだった?案外どうってことなかったんじゃないかい?」
「えぇ、すごく驚いた。とても慕われてるのね」
「まぁ………そこそこ長い付き合いだからね」
僕がそう返すと、きょとんとした顔をする。
「あの洋裁師の人に聞いたよ。あなたは恩人だって」
「僕は出来る事をしただけだよ。目の前で助けられる命があるなら、救うのは当然じゃないかい?」
「ふふっ、そう思えるのはとても素敵な事よ」
彼女がそういった言葉に、何度か他の人にも言われた言葉だったと思い出した。
「………どうだろうね。君も随分とお人好しだと思うけど」
そう言った時、ステラは小さく笑みを浮かべただけだった。今日は調査に行くかは決めていない。正直、一日二日で状況が変わるとは思えないし、出来れば人材が欲しい。次にアズレインが来たときか、呼ばれているパーティーの日に頼んでみるのもありかもしれない。
そう言えば、パーティーにステラは連れて行っても良いのだろうか。混乱を招くからやめた方がいいとも思うけど、一人だけ置いてけぼりにするのも抵抗がある。
出来ればその辺りの連絡も取っておきたいね。出発前に聞いてみようかな。そんな事を考えながら、家に着いた。
さて、今日は研究の続きでもしようかな。
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