君と、もう一度だけでいいから会いたかった
僕が車にひかれたのは、ただ単に不注意だったからだ。
感情的になると、すぐに自分のこと以外考えられなくなってしまう。僕の悪い癖。
だから、学校の帰り道に、すごく嫌なことがあってその場から逃げ出したくて、車道に飛び出したら、車にひかれた。なにをしているんだか。ちゃんと車が来ていないのを確認してから飛び出せよって、今では思う。
その後目を覚ました僕は、ひかれたけど無事だ!なんて運がいいんだろう!なんて思いながら、幽霊のまま家に帰った。それまでに、なんだか体が軽いなとか、違和感は色々あった。だけど、僕が笑顔で写っている写真と、それが飾られた仏壇を見て、僕はようやくそのことに気がついた。母さんが泣いてた。
僕は、僕がいなくなって、ハタツルがどんな反応をしているのか気になった。どうしてかというと、ハタツルは僕にとって面白くて大好きで、憧れの存在だから。絶交されてたけどね。
とにかく僕はハタツルの家に行った。
「いやあ、僕のために泣かないでーって。なんちって。ハター来たよー元気してるー?」
ハタツルは泣いていなかった。全くいつもと同じ、僕が学校帰りに無理矢理押しかけていた時と全く変わらなかった。一日中見たまんま、想像通りの生活をしていた。会社に行く時も、帰ってきた時も。
「はは、なんだ。やっぱり泣いてなかったかー。予想通り。まあ絶交って言われたんだから、こんな感じか」
そんな時、突然ハタツルがあの山へ行こうと準備を始めた。だいぶ昔だけど僕は、僕のおばあちゃんから、幽霊と会うことができる山があると聞いて、すぐハタツルに話したことがあった。話したときハタツルは、まったく興味なさそうだったのに。
もしかして、僕に会いに行こうとしてるのかな。そう思って見守っていると、ハタツルがリュックに二つコップを、僕のとハタツルのとを取り付けたから、僕の考えは確信に変わった。
僕はここに居るのに。おかしな話だ。
ハタツルは一人で出発し、それに僕はついていった。
ハタツルは山を登り、目的の場所らしきところにたどり着いた。その場所には木が生えていなくて、誰かがわざわざ作ったような、小さな広場のようになっていた。広場の一方には岩壁があって、不自然に穴が空いていた。
誰かが作ったような洞窟だった。ハタツルは、その洞窟の前に歩いて行った。中を見てみると、道が続いて、一番奥で行き止まりになっているのがうっすらと分かるくらいで、中は暗くてよく見えなかった。けど、ハタツルは意を決したように、一度深呼吸をして進んで行った。
行き止まりに着くと、そこには台のような、ずっしりとした四角い石が真ん中に置かれてあるだけ。他には何もなかった。
ハタツルはリュックから小さな青い花を取り出すと、その台の上に置いた。そして僕のコップに並々と水を入れ、花の横に並べ、ハタツルはそのまま手を合わせて目を瞑った。
しばらく待つ。ぽつん、ぽつんと水の音が聞こえる。
かなりの時間が経った。だけどハタツルはその姿勢のまま全く動かない。
「ねえ、まだなの?全然どこも変わってないよ」
ぽつん、ぽつん、ぽつん。単調な水の音に、僕は飽きてきてしまった。
いつまで待ったか、ある時、台の奥の、今まで岩壁だった所が不意に光り始めた。壁の中心から、音もなく静かに、ゆっくりと渦巻いていた。
「え、なんか動いたよ!ハタ!見て見て!」
動きが収まると、壁は青く光り、微かに揺れ動くように見え、そのあとは何も起こらなかった。
「なんだろう」
まだハタツルは気づかず、目を瞑っている。僕はそこに近づいてみた。好奇心に負けて、という理由もあったけど、それ以上に見えない何かに引っ張られるように、光る壁に惹きつけられた。近くで見ると、壁は水のように小さく波打っている。僕は水面にそっと触れてみた。水の波紋が広がり、指先がひやりとした。その途端、僕は触れたところから、強い力でぐいっと引っ張られた。
「うわっ」
と言うと同時に水膜の中へ吸い込まれる。
ぽこんっ。ぽここ。ぽこここ。水の中ではそんな音がした。
僕は自然とハタツルと向き合った。
ハタツルがふと顔を上げると、僕を見て、目を見開いた。
「……ソラ?」
僕は口を開けた。口から空気が漏れ、その代わりに水が入ってくる。だけど苦しいとは思わなかった。僕はニンマリと笑って、ハタツルに手を振った。
「やっほー、なんかすごく変な感じがする!」
「……そりゃ、そうだよ。水の中で喋ってるんだから」
「確かに。ってか、絶交してたんじゃなかったの?いいの?喋っちゃって」
「いい。絶交は取り消す。そのために来たんだから」
「まあ、絶交する前と後とであまり変わらないけどね。ハタは僕のことよく無視してたし」
「それは、ソラがどうでもいいことしか言わないから……!……でもまあ、うん、そうだね。無視してた。ごめん」
「え、ハタツルが謝った!!あの頑固なハタツルが!」
「誰だって、間違えることはあるよ」
「へえ……なんか、変わったね。ハタ」
「ソラは、全然変わってない」
「良いんだか悪いんだか」
「良いよ」
「てかさ、僕この花が好きなんて一言も言ってないよ!なんて花かも知らないし」
「ああ、これはソラっぽいなと思って摘んできたんだ。名前は分からないけど」
「にしても小さい」
「仕方ないだろ。よその家の花壇から勝手に引っこ抜いていくわけにはいかないんだから。これでも色々探したんだ。ソラに似合う花」
「へえ。まあ僕にはどんな花も似合うけどね!きっと!」
「…………それを本気で言えるソラってすごいよ」
「本当のことだもん。でも、そっか。ハタが選んでくれた花だもんね。ふへへ、ありがとう!」
「どういたしまして」
「あーあ!ハタが案外普通に生活しててちょっとだけ寂しかったなあ!」
「人間ていうのはそういうものだよ」
「ハタは、だよ。ハタはそういうもんだけど、でも僕見ちゃったもんね!ハタが泣いてたところ!」
「あれは、怒りの涙だよ」
「どういうこと?」
「なんで勝手に死んでんだソラのバカヤロー!っていう涙」
「なんだよ!そりゃ、車が来たの急だったんだから仕方ないじゃん!」
「それはそうだ。車もソラもどっちもどっちだ。それについてとやかく言うつもりはないけど」
「じゃあ良いじゃん」
「ただ……」
「ただ、何?」
「……ソラが居ないと、静かすぎてつらい」
「……」
「こんな、心にすごく大きな穴が空いたようになるんだって、後になってから気づいた」
「……なんだよ。なんだよそれ。ぼ、僕もハタに絶交されて寂しかったよ!!でも、でもハタの家いっつも鍵開いてたから、絶交されてても入れたし、僕のコップちゃんと洗ってくれてたし、なんでか知らないけど、ただいまーって言ったらおかえりーって返してくれたし、後は無視されてたけど、でも、でも、でも、今の方がもっと寂しいよ!!」
僕は泣いた。水の中にいるはずなのに、拭うと涙の感触があった。
「ごめん」
ハタツルが謝った。今日は沢山謝られたな。
「ハタのせいじゃないよ……」
そろそろだ、と何かが僕に伝えた感覚がした。ハタツルも何か感じたのか、顔が僅かに緊張していた。
「もうそろそろ終わりみたいだね」
僕がそう言うと、今まで透明だった水面がゆらゆらと揺れ始めて、また光り始めた。
「もうちょっと話してたかったなあ。でも、ハタありがとう、会いにきてくれて!本当に本当に!!」
「ソラ、元気で!」
「うん!ハタもね!」
ハタツルが僕のもとへ駆け寄ろうとしたのが見えた。その瞬間、壁から強い光が放たれ、僕は思わず目を瞑った。
ハタツルが、おそるおそる目を開いた時には、壁は来た時と全く同じように、何事もなかったかのように佇んでいた。ハタツルは一度だけ壁に手を置いてみたが、何も起きることはなく、ただ岩の無機質な冷たさが伝わってきただけだった。その場でしばらく時間が経った。どこからか水が落ちる音が聞こえて来る。ハタツルは放心した様子で座り込んでいたが、ふとした時に立ち上がり、ゆっくりと外へ向かった。
外に出て空を見ると、雲が一つもなかった。そして数えきれないほど沢山の星がハタツルの目にはっきりと映った。
空を映した涙が次から次へとこぼれ落ちた。
瑠璃色の たんぽぱ @ojamatakushi
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