恋の花咲くこともある

 反社会的で破滅的な人間が俺は格別に好きだ。

 心も身体も俺達“鬼”とは比べ物にならないくらい弱いくせに、自分を大切にしようとしない奴を見ると、その儚さにゾクゾクする。


 痩せこけている割に戦闘能力の高い男は、今や肩で息をしている。

 とっくに俺が普通の人間ではないことに気づいているにも関わらず、退こうとしない。

 攻撃の手を止めた男は、俺をめつけながら口を開いた。前髪をかき上げる仕草がグッとくる。


「お前、何やねん」


 異形の姿を晒しつつある俺に物怖じせず口をきく。胆力がある。好きだ。


「社会に溶け込んで慎ましく暮らしている、ただの“鬼”だよ」


 敵意が無いことを理解してもらおうと、爪も牙もしまった。にっこり笑って優しい口調を心がける。好かれたい。


「は?」


 男が目を見開く。大きな目がより大きく見える。太く凛々しい眉毛が素敵だ。


「この公園、俺の通勤経路なんだよ。今日ココにいるのはホントたまたまなの。君がトイレでナニしてたかとか詮索する気ないから。歩きスマホしててごめんね。マナー悪かったね」


 両手を合わせて拝むように謝罪した。

 俺が顔を上げる寸前にマチェーテが再び狙って来たので、少し横に回避してから男の懐まで間合いを詰めた。

 まだ俺を殺すことを諦めていない。意志が固くて信頼できる。

 このまま口づけしたいイヤそれはダメだちゃんと合意を取らないと。

 息がかかるほどの距離まで来られ、さすがに男は戦意を喪失して項垂うなだれた。





「散らかっててごめん、空いてるとこテキトーに座って」

 こんなことなら普段から片付けをしておけば良かった。俺への印象が悪くなってしまう。

 一度心が折れてしまうと、男はびっくりするほど従順になった。

 何もしないから、ちょっとお話したいだけだからホント何もしないから、ちょっと休むだけだから、と念押しして、我が家に来てもらった。

 アパートの狭い一室で、男は借りてきた猫のように座りこんだ。

 さっきとのギャップがすごい。超可愛い。

 明るいところで見ると男の服は返り血に塗れていた。

 肌はカサカサで、髪もそこかしこがほつれていて何ともみすぼらしい。

 でも、瞳にだけは力強い光が煌めいている。


 俺は温かいコーヒーを淹れて、自己紹介をした。

 古来から存在する鬼だということ、喰らった人間に成り代わり、飽きたり都合が悪くなったらまた別の人間の人生を奪って転々としていること、君を襲う気はないから怖がらないでほしいこと、恋人募集中なこと。


 男はむっつりとした顔でコーヒーカップを見つめながら俺の話を黙って聞いていた。こっちを向いてほしい。コーヒーカップに嫉妬する日が来るなんて。

 俺の話が終わると、ポツリポツリと身の上話を聞かせてくれた。低音の声が耳に心地良い。是非とも愛の言葉を囁いてほしい。


 男の名前は灰田はいだみのる、二十五歳。

 関西の方の出身で今も実家暮らしとのことだった。

 昔から何をしてもつまらなく気分が晴れず、我慢して生きているが、どうにもストレスが溜まってくると人を殺したくなるそうだ。

 女・子供・老人……とにかく自分よりも非力で弱い存在をいたぶることが何よりも好きだと。

 年に数回アシがつきにくいように地方を変えて目についた人間を殺して、遺体は山に埋めたり海に沈めたりしてきたが、一向に怪しまれないことに気が大きくなって今夜は死体は残していくことにしたと。


「そこで俺に出くわしちゃったんだね」


「正直、ちびるかと思った」


「全然そんな風に見えなかった、むしろ堂々たる佇まいで痺れたよ」

 漏らしても俺がちゃんと洗ってあげるからね。


 大分リラックスしてきた様子のみのるにシャワーを浴びるよう勧めると、怯えた目を向けてきた。違うから。さっきも言ったでしょ何もしないって。

 汗と返り血でお世辞にも清潔とは言えない身体を綺麗にして、人心地ついてほしいだけだし。覗いたりしないから大丈夫だから。


 ザッと“片付け”をして家着に着替え、洗濯機を回して寛いでいると、みのるが浴室から出てきた。髪をタオルでガシガシと擦っている。セクシーだ。

「あ、ドライヤーは?」


「そんなんしたことない」


「ダメだよせっかくそんなに長くしてるのに、何なら俺が乾かしてあげようか?」

 何ならトリートメントまでしっかり施して、艶々の黒髪にしてあげたい。

「いらん、それよりオレの服は」


「汚れてるから洗濯中だよ」


 貸したTシャツと短パンは長身の彼には少し丈が短いようだった。俺のサイズより大きめのを渡したのだけど。

 今度お揃いのスウェット買いに行こう。


「何でこんな世話焼いてくれるんや」

 みのるの声は相変わらず暗い。床に胡座をかき、所在なげに俯いている。


「トイレの死体、君がシャワー浴びてる間に俺が喰ってきた。切り方が綺麗で見た目も良くて美味かったよ。さすがに血痕は残ってるから騒ぎにはなるだろうけど、俺はそういうのに対処するノウハウ持ってるから大丈夫。だから」


 俺は彼の両手を握ってじっと見つめた。

「これからも俺のためにを作ってくれないか」


 みのるは驚愕した顔で口をパクパクさせると、しばらくして掠れた声を出した。

「……断ったら、オレを殺すんか」

「そんなことするわけないじゃん人間じゃあるまいし」

 食い気味に答えると、彼は初めて柔らかい表情を見せた。

「はは、鬼に言われるなんて世話ないな」


「せめてさ、連絡先教えてくれない? この先、俺がもっとオトコを磨いたら君の気が変わるかもしんないじゃん。 どこ住み? LINEやってる?」


 俺がそこまで言うと、みのるはとうとう肩を震わせて笑い出した。


「オレの……何がそんなに気に入ったんかわからんけど……」


 彼のまだ湿った髪から、フワリとシャンプーの香りが漂ってくる。

 一頻り笑い、呼吸を整えるとみのるは俺に向き直った。


「お望み通り、素材の味を活かしたを生涯かけてご馳走するわ」


「ありがとう! 新婚旅行どこに行こうか、ベタだけどハワイとかどうかな」


 嬉しさのあまり俺はみのるに抱きつき、勢いでそのまま押し倒してしまった。


「食事の意味で君を喰う気は無いんだけど、で喰って良いなら、その、今からでもお願いしたいんだけどどうだろう」


「……好きにせえや」

 みのるは観念したように目を閉じた。長い睫毛が頬に影を落としている。


「俺の“夜のつの”で天国にイカせてあげるからね」


「ちょいちょいワードセンスがダサいの直してな」


 俺とみのるの、熱く長い初夜が幕を開けた。



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君といつまでも 惟風 @ifuw

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