第16話 未来を一緒に③(代替わり)

 エマの推測は的中していた。


 サミュエルは、《聖女の微笑み》を得るにあたり、解呪後におおやけの場に復帰するための準備をしていた。


 ──年の離れた弟の息子──。


 紙の上だけで弟と甥を作り、第八代トレモイユ伯爵の出自を用意して、王室に爵位継承を認めさせていた。

 以前ゾフが、サミュエルに王家承認と根回し完了と報告していたのは、この件だった。


 トレモイユ家に毎年借金をしている王室は、トレモイユの後継要求をあっさりとんだ。

 

 彼らからしたら、甥でも養子でも婚外子でも。何でも構わず、そんなことでトレモイユの機嫌を損ねる気はなかった。新当主もトレモイユの血統を示す瞳、"トレモイユの紫"持ちだという。至って問題はない。


 第七代トレモイユ伯は、健康上の理由で座を退き、屋敷の奥でこれまで通りにふわふわ・・・・と過ごすらしい。

 代が変わって若い当主になれば、扱いやすく、つきあいも楽になるのではという、王室側の目論見もあった。


 かくして。


 サミュエルはまったくの同名のまま、世間的にだけ別人として、


 結婚誓約書にあるエマの署名は、どちらの伯爵にも適用出来る。

 届け出も息のかかった領内の教会だ。

 都合の良いほうに合わせれば良いと見立ててあったが、今回サミュエルが表で名乗り、離縁の予定が消えたことで、エマはこの先、新当主の妻と知らせることになるだろう。


 


 その後、サミュエル立ち合いのもと、地下室の嫌疑を晴らした伯爵家では、王都から迎えが来るまで聖教騎士たちを地下室の牢・・・・・に放り込んだ。

 自動鎧を常に動かした状態で、地下内を闊歩させることにしたので、地下室は当面、絶対立ち入り禁止となった。


「牢から出てきた時のヤツらの顔が見ものだな」


 サミュエルが面白そうに言う。


「"呪われた伯爵の動く鎧"、実にいい」


「またそのようなことを……」


「本当に。新しい噂がたってしまうわ。いまはもう呪われてないのに」


 ゾフのあきれ声とエマの心配する声に、サミュエルが苦笑した。


「それなんだがな」


 サミュエルが腕を見せる。

 先日、ナイフで作った切り傷。

 包帯まで巻いて見せびらかしていたサミュエルの傷は、まだしっかり治ってなかったはずだったが──。何の形跡もない健常な肌となっていた。


「えっ、もう治ったんですか?」

「赤い筋が濃かったのに」


ゆえあって指輪を外した時があって、その途端、傷が消えた」


「「え??」」


「指輪をつけ直して、新しく作った傷はちゃんとあるから、考察するに"指輪をはめている間だけ《魔王妃の涙》を抑えられている"といった感じなのかもしれん」


「「えええ──??」」


「なにせあっちは体内に取り込んでいるからな……」


 呟くようにサミュエルが言う。


「つまり、指輪が外せないということだな!」


 結論だった。


「そんな……」

「効力が完全に消えたわけではなかったということですか?」


「まあ、それも仕方ないだろう。普通に時間を重ねられるなら、それでいい」


 もはや多くは望まない、そう言ったサミュエルが、早速望みを上乗せした。


「そんなわけで俺はずっとこれをつけることになると思うから、エマ、おそろいの意匠で指輪を作ろう」

「えっ?」


「結婚指輪として、社交界で見せつけるんだ」

「ええっ?」


「今回の件、王都まで抗議に行くぞ。ウチに手を出した連中に目にものを見せてやる。当主就任として王室への挨拶もあるし、あと義父ちち上と鎧話をしたい」

「えええっ?」


「楽しみだな、エマ」


 にっこりと少年のように微笑む年齢不詳の夫に、エマはあっけにとられた。

 けれど。彼と一緒に広げていく未来は、確かにとても楽しそうだったので。


「そうね!!」


 満面の笑みで、エマも頷いたのだった。


 明るく抜ける晴れやかな空。

 朝食のベリーは瑞々しく、テーブルには爽やかな風が、ふたりの食卓を祝福していた。




 ◆ ◆ ◆




 トレモイユ家に伝わる文献は示す。

 

 第八代サミュエル・アーレ・トレモイユは最愛なる妻と生涯仲が良く、共に過ごし、共に老い、孫子に囲まれた幸多い人生を過ごした、と。


 トレモイユの宝物リストには、白い魔石の指輪が伝えられている──。




   《完》

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呪われ伯爵の優雅な生活。〜契約結婚のはずなのに嫁が可愛すぎる件! みこと。 @miraca

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