第15話 未来を一緒に②(迎撃)

「!?」


 エマと尊大な騎士とが同時にそちらを見やり、目をみはった。


 騎士たちを追うようにして出てきたのは何体かの鎧。

 しかも、そのうち数体は頭部や小手の部分が外れ……、本来あるべき肉体がなく、空洞の身で動いている。そんな鎧たちが剣を振り上げ、騎士たちに迫っていた。


「なっ?!」

 

(えええええ、何──?)


 エマも目を疑う光景に、鋭い声が響いた。


「"まれ"」


 手を叩く一音いちおんと同時に、鎧たちがピタリと制止する。


 声のぬしはアーレ、つまりサミュエルだった。

 ゾフ他、屈強な私兵たちを従え、その身分にふさわしい装いで堂々と歩いてくる彼を見て、エマはホッと大きく安堵した。


(来てくれた──)


 エマの前に、庇うように出たサミュエルが、騎士たちと対峙する。


「よくも貴重な鎧たちを傷つけてくれたな。加えてこの蛮行の数々。相応の責はとってもらうぞ」

「な、なにが"責"だ! 動く鎧など、まさに悪魔の所業! それこそ黒魔の術の証拠ではないか!」


 明らかに上位者とわかる青年・・の登場に、気圧されたように身を引きつつ、虚勢を張って叫んだ指揮官を、サミュエルは鼻で笑った。


「は! 自動鎧を知らんのか。魔石と術式を組み込んで、駆動させる人形カラクリだ。

 地下を通り抜ける・・・・・くらいなら作動はしない・・・・・・が、悪意を持って手を出せば、侵入者を追い払うようにしてある。

 高価な魔石をいくつも使用しているが、それをこんなに壊したのだ。お前たちの年俸では到底まかないきれないような額だが、弁償はしてもらうぞ」


 金が必要なわけではない。大金だと言うをかけただけだが、俗物らしい騎士にはよく効いた。

 焦ったように、顔を引きつらせる。


 その様子から、サミュエルは相手を測った。

 三十代半ばらしい、ただの端下。


 サミュエルが、日頃エマや子ども達に地下室へ行くなと口を酸っぱくして言っていた、一番の理由はこの仕掛けが原因だった。

 セーフティーガードがあっても、おそらくトラウマ間違いなしの恐怖だ。


 ちなみにサミュエルが子どもの頃夢中になった絵本、『古城のおばけサミィ』に出てくる"動く鎧リビングメイル"の真似であることは、ゾフにも秘密である。



「自動…鎧?」

 小さく呟くエマの耳元に、ゾフが補足した。


「ここにある自動鎧はサミュエル様がお作りになられたのです。地下室で鎧を分解して」


「えっ、アーレすごい!」


「……あまり正面からお褒めになりませぬよう。おかげで"手足を解体バラす"などの、わけがわからない噂が付与されたことは確かですから」


 火のないところに煙は立たないというが、主人が紛らわしいことをしていたのは事実。


 ゾフにとって、地下室にこもって趣味に興じるサミュエルは、限度知らずなので手を焼く対象でもあった。死なないのを幸いに、何食でも抜く。没入すると時間を忘れるタチ。問題だ。


 こそこそと話すふたりを背に、サミュエルたちの応酬は続いていた。


「それで、儀式の証拠とやらは見つかったのか?」

「くっ」


 指揮官の顔に脂汗が浮いた。


 証拠をでっちあげるため抜き打ちで地下にりたのに、自動鎧とやらに追われた部下たちには、とてもそんな間がなかったようだ。

 これでは裏の任務が不履行となってしまう。


 上部から、言い含められていた。


 伯爵家を潰すから、必ず相手を異端として捕らえるようにと。


 異端者は、人として扱わない。

 工作で異端とすることが確定していたから、好き放題に振舞っていたのに。出来なかった場合、伯爵家への冒涜行為は倍以上になって返ってくる。


 今回の背景には、ある商家の逆恨みがあった。


 カデュアール男爵をめ、安く男爵領と爵位を奪い取る寸前に、トレモイユから横槍を入れられた。

 商家は身の程知らずにもトレモイユを狙うと、聖教会に多額の寄付を積み、伯爵家の莫大な資産は聖教会で吸い上げるようそそのかした。

 トレモイユを削ぐことが出来れば、かの家が貢献している王室の力も落とせる。聖教会の国内での影響力を強めることが出来る。


 その気になった聖教会が、トレモイユを調べたものの、噂のような後ろ暗い点はなく、わかったのはただ地下室の場所のみ。


 欲にかられたままの聖教会は、騎士団に調査と不正を命じた。腐敗も良いところだった。



 不意を突いたはずが、何もかも見透かしているような相手の様子に、騎士団は不気味さを覚える。



 それもそのはずで、サミュエルのもとにはこれらの動きが逐一報告されていた。

 国内のあらゆる機関には、トレモイユの恩恵を受けた人材たちが就いており、ことトレモイユに関する案件は最速で届くようになっている。

 今回の一連、首謀者の名から、関わった人物すべてがサミュエルには伝わっていた。

 

 待っていたのは、ただ、事を大きくして、絡んだ人間とその商家を徹底的に叩き潰してやろうと思っていたからに他ならない。巨大な聖教会でも、今回の冤罪騒ぎと暴挙を収めるために、数人の首は差し出してくるだろう。


 さすがに早朝、エマが庭に出ている時に押し掛けてくるのは想定外で、彼女を脅かさないために私兵をげていた点は裏目に出たが。



「騎士団が、"国境視察の名目"で領内に入ったというしらせは受けていた。目的地を我が屋敷に変えたことも。それでも然るべき手順を踏むだろうと思っていたら、まさかこんな粗末な真似をするとは……」


「き、貴様らが! 証拠を隠す時間を与えるわけにはいかんと思ったのだ」


「ほう? 言い掛かりもはなはだしいが、せっかくここまで来たのだ。特別に地下は見せてやる。ただし俺の目の前でな。何もなかった場合は、わかっているだろうな」


「な……っ、大体貴様はなんだ! いきなり出てきて、名乗りもせずに!」


 指揮官の立場違いな発言に、サミュエルの声が凄みを増した。


「屋敷の主人へ挨拶を通さぬから、そんな愚問が出る!! サミュエル・アーレ・トレモイユ。俺がトレモイユ伯爵だ!」


「は……っ?」


 場にいた騎士団全員が、目をまたたいた。あまりの名乗りに、指揮官が口を開く。


「馬鹿を言え! 伯爵は60歳の男だ。貴様のような若造が伯爵のわけが──」


「第八代サミュエル・アーレ・トレモイユ。お前が言っているのは、先代・第七代・・・・・・めトレモイユ伯のことだろう。公式発表こそまだだが、王室の承認も得て、すでに代がわりしている。正真正銘、俺が伯爵家の現当主だ」



 この言葉に、今度はエマが混乱した。


(ままま、待って、アーレ。話が見えないわ。トレモイユ伯がふたり? でもアーレが60歳の伯爵本人だと……)


 困惑するエマに、目が合ったゾフが意味ありげに軽く目配せした。


(なにかしたの──???)

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