地球の君主

秋原 零

地球の君主

 真っ白な肌を晒し、横たわる裸体に、数多の配線が繋がっている。そんな少女を、私は椅子に座り、眺めていた。

「信じられるか?これは、人間じゃないんだぜ」

 私は、学友の山村にそう問いかけた。

 「まったく精巧に作ったもんだな。倉田、あんたは天才だよ」

 私と山村は、とある大学の研究室で、ロボット工学について研究している学生だ。私は、幼いころから、アンドロイドを作るのが夢だった。その夢を叶える為、必死になって勉強してきた。そのおかげで、一流の高校、大学と進学できた。そして大学に進学後も絶えず研究し続け、遂にアンドロイドを完成させた。そして、それの試運転が今日なのである。

 当然、アンドロイドの研究には高額な費用が必要だ。そして、その費用を捻出できたのは、国の助けがあったからだ。諜報活動や暗殺、ゲリラ戦など数多の軍事作戦をこなすアンドロイドを国は求めていたのだ。このご時世だ。日本もやはり国防について、危機感を持っているのだろう。

 私は、徐に立ち上がり、アンドロイドの起動コマンドをコンピュータに打ち込んだ。すると、横たわる裸体は、ゆっくりと目を開け、起き上がった。それは沈黙し、こちらを無表情に見つめていた。

 私は、モニター越しに、アンドロイドの行動を見ていた。試験用に、設置された有刺鉄線や土嚢、人を模した物体を次々と破壊していく。遠くにある標的も寸分の狂いなく狙撃していく。人間にはとてもできない芸当だ。そして、一日目の試験は終わった。

 「大したもんだったな、倉田。あれなら、戦場でも十分に働けるよ」

 山村は、満足そうだった。

 私は、目をこすりながら、起き上がった。どうやら眠っていたらしい。時計を見ると、針は三時きっかりを指していた。

 「夜中の三時か、変な時間に起きちまったな」

 私は、独り言をつぶやくと、ふらふらと外の空気を吸いに、屋上に出た。

 屋上に着くと、私は胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけた。ぼんやりと夜景を眺めていると、聞き取れないほどにか細い声がした。

 「お兄ちゃんが、私を作ったの」

 横を見ると、あのアンドロイドが猫を抱いて立っていた。私は戸惑った。確かにシャットダウンして、研究室においてあったはずなのに。私が何も言えずにいると、それはこう続けた。

 「この猫ちゃん、明日の実験で殺しちゃうんでしょ」

 とても冷静な心理状態ではなかったが、私は返答した。

 「ああ、そうだよ」

 それは続けた。

 「お兄ちゃんは、私をなんで作ったの」

 「国から要請があったんだ。有事の際、敵を圧倒できるアンドロイドを作れってね」

私は答えた。

 「ユウジって戦争のことでしょ」それは物悲し気に言った。さらに続けて、

 「戦争はたくさんの人が死ぬんだよ。そんなことしたくない」と言い放った。

 私は、驚いた、「したくない」という言葉に。これは自分の意志を持っている。ロボットのはずなのに。私は原因を探るた為に、しばらく考え込んだ。そしてある結論に至った。

 このアンドロイドを作るときに、私は人の感情を読み取る機能を付けた。諜報活動の際、役立つと思ったからだ。その機能が何らかの原因で過剰に働き、アンドロイドに意思と感情を持たせたのだ。

 「お兄ちゃんのこと、大好きだよ。作ってくれたし。でも戦争の道具にされるなんて嫌。誰も傷つけたくない」それ、いや、彼女は抱きかかえた猫の頭を撫でながら、うつむき加減に、呟いた。そして私の手を引っ張り、猫の頭に触れさせた。

 「この子だって命を持っているんだよ。その命を、実験のために奪うなんてひどいよ」

 手から猫の温もりが伝わる。彼女の頬に、涙が伝う。

 全く持ってその通りだ。人間は、科学の発展のために、多くの命を奪ってきた。動物実験はその最も分かりやすい例であろう。それは、人間のエゴに過ぎない。人間は、地球の君主として、これまで傍若無人にふるまってきた。人間の天敵などいないからだ。

 しかしながら、人間は自身が作り出したものに滅ぼされようとしている。人間をはるかに上回る能力を持つAIやロボットの発達に伴い、我々の中には職を失う者もいる。そんなロボットたちが感情を持ち、人間に反逆し、新たなる地球の君主になるという話はSFでよく扱われる題材だ。すでに人間が作り出したロボットは、局所的に人間の能力を上回っているのだ。すると彼女も我々に反逆するのだろうか。

 「人間のことは大好きだよ。だからお友達になりたい」私の予測とは裏腹に、彼女はにこやかに笑った。人を疑うことを知らない彼女の純粋な心に、私は感銘を受けた。

 ロボットは急激に進化を遂げ、我々の能力を上回る時もある。しかし人間が絶対的に機械に負けない要素があるとすれば、それは感情と倫理観だと私は考えていた。彼女と話すまでは。

 私が咥えていた煙草は燃え尽きていた。

 私は彼女の手を引っ張り、歩き出した。

 「どこにいくの」

 「分からない。ただ、君はここにいちゃいけないんだ。」

 我々は、共感や倫理観という人間の最大の能力でさえ、ロボットに負けたというのか。

 私は、彼女と大学の門を出た、行くあてもなく。


 

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地球の君主 秋原 零 @AkiharaRei

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