最終章

【奇跡の力】

 大地に青々あおあおとした草がしげり、草原がよみがっている。

 さっき、切り倒したばかりの切りかぶに、もう葉が出ている。

 花々が咲きそろい、温かな風になびいている。

 柔らかい緑色の若葉は、陽の光を浴びて、きらめいている。

 思わず深呼吸したくなる、かぐわしい(上品な良い香りが匂う)空気。

 花の蜜を求めて、どこかから飛んできたちょうがひらひらと飛んでいる。

 木の上では、鳥達がさえずっている。

 フェリックスが唄っていた歌、そのままだ。

 たった半日で、森が蘇るなんてことは、あり得ない。

 そうか……やっと気付いた。

 フェリックスは、「無能力むのうりょくの子」なんかじゃない。

 フェリックスの「歌」こそが、「奇跡の力」なんだ。

魔女狩まじょがり」の抗争こうそう(お互いを倒そうとしてあらそう)中、フェリックスの歌が聞こえてきた。

 フェリックスの歌を聞いていると、自然と涙があふれてくる。

 天使の歌声のように美しくき通った歌声は、耳から心へ流れていく。

 清らかな歌声に憎悪ぞうおの感情は浄化され、魔の者も人間も戦うことを止めた。

 歌の力は人間や魔の者だけじゃなく、草木や大地にも作用さようして森が蘇った。

 これほどに素晴らしい「奇跡の力」を持っているのに、何故、フェリックスは「無能力の子」と呼ばれたのだろうか。

 ここで、考えられることはふたつ。

・フェリックスの奇跡の力が特異とくい(他と異なって、特に優れている)で、判定出来ない属性ぞくせいだった。

・フェリックスは、力の発現はつげん(表面に現れ出る)が普通の人間よりも遅かった。

 以前、興味本位きょうみほんいで、「能力鑑定所のうりょくかんていじょ」の見学へ行ったことがある。

 人間は三歳になると、奇跡の力が発現はつげんするという。

 鑑定の水晶に触ると、水晶が属性の色に光り輝いて判定される。

 火なら赤、水なら青、風なら黄、土なら緑、光なら白……といった具合に。

 たぶん、フェリックスが触った時は、水晶が光らなかったんだ。

 フェリックスの力が特異すぎて、判定出来なかったのだとしたら、その水晶は無能。

 今すぐ、粉々に叩き割ってやりたい。

 一番考えられそうなのは、ふたつ目の「力の発現が遅かった説」

 フェリックスは三歳の時、力が発現していなかったから、鑑定出来なかった。

 そのせいで、人間達が勝手に「無能力の子」だと思い込んだ。

 今、再鑑定したら、正しく判定されるかもしれない。

 かといって、今更いまさら、鑑定所へは行けない。

 フェリックスは、人間でありながら、人間から排除はいじょされた人間。

 人間なのに、人間の街を歩くことは許されない。

 それどころか、「元から存在しなかった」ことになっているそうだ。

 実の両親からも「なかったこと」にされた、可哀想な子。

 フェリックスが、それを知ったら悲しむ。

 フェリックスが悲しむ顔は、見たくない。

 今はまだ、知らなくて良い。

 時がてば、いつか知る時が来るだろう。 


【辞職】

 フェリックスと出会ってから、心情しんじょうが激しく変動へんどうした。

 人間であるはずのフェリックスを、何故かとても愛おしいと感じたんだ。

 でも、「人間を滅ぼしたい」って、気持ちは変わらなかった。

 なんでか、フェリックスだけが、俺の中で特別なんだよね。

 そのせいで、決意がゆらいだ。

「人間を滅ぼす」ってことは、フェリックスの両親も殺すってことだから。

 俺は、フェリックスの両親を知らない。

 両親は、フェリックスを愛していたのだろうか。

 母親はなんで、自分が産んだ子を虐待ぎゃくたいして捨てたんだろう。

 人間の考えることだから、きっとスンゲェつまんない理由に違いない。

 おおかた、「無能力むのうりょくの子」だから。

 街中の人間が「無能力の子」とみ嫌い、排除はいじょしたように。

 人間の祖先である「ヒト」を、人間が「なかったことにした」のと同じように。

 フェリックスの存在も、「なかったことにした」

 フェリックスを捨てた毒親どくおやなんて、死ねば良い。

 でも、親が死んだら、フェリックスが悲しむ。

 幼い子供ほど、親への依存心いぞんしんが強い。

 子供が親への未練みれんち切ることは、難しい。

 どんな毒親であろうとも、子供は親を裏切れない。

 親は無条件で自分を愛してくれると、信じている。

 冷たくされても、捨てられても、親の愛を求め続ける。

 毒親に育てられた子は愛情不足あいじょうぶそくで、愛されたいと強く願う。

 だから、フェリックスは甘えたさんなんだ。

 甘えたさんが、フェリックスの可愛いところでもあるんだけどね。

 だから俺はずっと、迷い続けていた。

 おろかな人間を滅ぼすべきか、いなか。

 悩んだ末に、行き着いた答えは「何もしない」

 俺は人間の行く末を、ただ傍観ぼうかん(何もせずに、見ているだけ)することにした。

 どうせ、愚かな人間は、何度も何度も同じあやまちをり返す。

 みずからの過ちに気付き、やみ、反省はんせいしたとしても、何も学ばない。

 まれに、英知えいち(すぐれた知恵)を持つ者が現れて、警告を鳴らしたとしても、大多数だいたすうの人間が愚かで、警告を何ひとつ生かせやない。

 人間の歴史を見れば、明らかだ。

 引き返せない滅びの道を、自ら選んで進んでいく。

 俺ひとりじゃ止められないし、止める気もない。

 これまでもこれからも、お前らの好きにしたら良いじゃん。

 それで人間が滅んだとしても、自業自得じごうじとくでしょ。

 お前らのバカさ加減を、笑いながら見届けてやるよ。


 これ以上、人間の政治に関わらない為、「国王特別顧問こくおうとくべつこもん」を辞職じしょくした。

「国王特別顧問」てのは、国王の相談役で、実質じっしつ、国のブレーン

 今までは政界せいかいを中からじわじわ腐らせて、人間をおとしいれてやろうと考えていた。

 でももう、傍観するって決めたから。

 充分やることやったし、ほったらかしといても、勝手に自滅じめつするはずだから、俺知~らないっ。

 辞職願じしょくねがいを出したら、国王をはじめ、多くの議員や職員から惜しまれた。

 今まで汚職おしょくもせず、誠実せいじつ(真心を持って真面目に、人や物事に対すること)に勤めてきたからな。

 辞める日には「お疲れ様でした」って、みんなで盛大せいだいに拍手してくれた。

 花束贈呈はなたばぞうていまでされた時には、不覚ふかくにもうるっときちゃったぜ。

「人間も悪くないな」なんて、らしくないことを思っちゃったよ。


【「なかったこと」にされた男の子】

「魔女狩り」から、約一年後。

 森と人間の街の境界きょうかいに、「英霊達えいれいたち慰霊碑いれいひ」が建立けんりつされました。

 慰霊碑の台座だいざには、抗争こうそう犠牲ぎせいとなった人間達の名簿めいぼきざまれています。

 碑文ひぶん石碑せきひに彫られた文章)には、「勇敢ゆうかんに魔女へいどみ、戦没せんぼつした英霊達をしのび、追悼ついとうの思いをこめて、このを建立する」と書かれています。

 この慰霊碑には「二度と同じ過ちを、繰り返してはならない」という、いましめの意味も込められています。

慰霊碑完成式典いれいひかんせいしきてんけん追悼慰霊祭ついとういれいさい」がおこなわれ、遺族や街の人々が、慰霊碑に花を手向たむけ、平和への祈りをささげました。

 これ以降、人間が「魔女狩り」をすることはなくなりました。


「無能力の子」と呼ばれた男の子は、想像しながら唄うだけで、なんでも願いを叶えることが出来る「奇跡の力」を持っていました。

 世界を新しく作り替えることすら出来る、創造主そうぞうしゅたる力の持ち主でした。

 ですが、男の子は自分が「奇跡の力」を持っていることを、知りませんでした。

「奇跡の力」がなくても、自分を愛してくれる者達がいれば、男の子は幸せだったのです。

 人間の歴史において「なかったこと」にされた男の子は、誰にも知られることなく、魔女と魔の者と魔獣と仲良く楽しく暮らしました。

 めでたしめでたし。


                <おしまい>



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 「魔女と無能力の子」の蛇足小話集→https://kakuyomu.jp/works/16817330653206087752

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魔女と無能力の子 橋元 宏平 @Kouhei-K

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