第17話 結界の張り直し

【森の管理】

 お兄さんは毎日、真っ黒な木を何本も切り倒している。

 真っ黒な木は、病気になっちゃった木なんだって。

 そのまま放って置くと、周りの木にも、病気がうつっちゃうんだって。

「お手伝いしたい」って言ったら、お兄さんが困った顔で笑った。

「それはちょっと、ムリじゃない? 試しに、それ持ってみ? 絶対、持ち上がんねぇから」

 さっき、お兄さんが切ったばっかりの木が、地面に置いてある。

 言われた通り持ってみたんだけど、とっても重くて、どんなに頑張っても全然持ち上がらなかった。

 お兄さんは、太い木をヒョイヒョイ持ち上げてるのに。

 お兄さんは、力持ちさんだなぁ。

「やれやれ……だいぶ片付いてきたし、そろそろ、結界を張り直すとするか」

「けっかいって、なぁに?」

「『対人結界』っつってな。分かりやすく言うと……」

 お兄さんは拾った棒で、土に絵を描き始める。

 モジャモジャしたものを描いて、大きな〇で囲む。

「このモジャモジャが、今、うちらがいる森な。そんで、〇が結界。結界に人間が入って来ると、結界が『人間が入って来たよ』って、教えてくれるのさ」

「そうなんだ?」

「フェリックスが初めて森に入って来た時もな、結界が『フェリックスが来たよ』って、教えてくれたのよ」

「じゃあ、結界が教えてくれたから、お兄しゃんは、ボクに会いに来てくれたの?」

「そうよ。でも、今は、その結界が壊れちゃってるんだわ。直さないと、何にも教えてくれないのよね」

 もし、結界がなかったら、ボクはお兄さんと会えなかった。

 お兄さんが来てくれなかったら、ボクはきっと死んでいた。

 そんな大事な物が、壊れているなんてっ!

「お兄しゃんは、その結界を直せるの?」

「うん、オレなら直せるよ。したっけ(じゃあ)、フェリックスもお手伝いしささってくれる?」

「ボクも結界直すの、お手伝いしゅるっ!」

「よし、良い子だ」

 元気に手を上げると、お兄さんは頭を撫でて、褒めてくれた。

 大好きなお兄さんに褒められると、とっても嬉しい。

 もっといっぱい褒めてもらえるように、もっともっと良い子になりたい。


【魔石】

 結界を張るには、規模に見合った魔石が必要となる。

 魔力が強く、結界に最適な力が宿やどっている魔石を使う。

 原石げんせき(加工されていない石)で、透明度の高いものが望ましい。

 さらに、石の大きさや、配置はいちする間隔かんかくも重要。

 目安としては、八畳(三六四センチ×三六四センチ)で約百グラム×四。

 百グラム程度の魔石を、四つ角にひとつずつ設置して、四角く囲む感じ。

 もちろん、大きな魔石を使えば、広い範囲を囲むことが出来る。

 邪気じゃき(悪い気)がまった魔石は、約一ヶ月ぐらいで交換しなければならない。

 魔石に日付けを書いておくと、交換する日が分かりやすい。

 邪気が溜まった魔石は、神聖な力が宿る水で清め、新月の光を浴びさせることで浄化出来る。

 自称勇者様(笑)の襲撃により、石は半分以上砕け、位置もズレてしまった。

 全部、一からやり直しか……クッソ面倒臭ぇ。

 まずは、新しく魔石を掘り出すところから始めなければならない。

 オレが結界に使っている魔石は、岩塩がんえん

 装飾品そうしょくひんや美術品としても綺麗で、食べられる鉱物こうぶつ

 幸いなことに、森には岩塩坑がんえんこう(塩で出来た洞窟どうくつ)がある。

 岩塩は、鉱物としてはかなり柔らかく、簡単に掘れる。

 黒板用のチョークの『モース硬度こうど(硬さの単位)』が一だとすると、岩塩のモース硬度は二しかない。

 岩塩は、ちょっと高いところから落としただけで割れるぐらいモロい。

 蛇足だそく(関係ない話)だけど、冷凍庫から出した直後の『井村屋 あずきバー』のモース硬度は九。

 世界一硬い、ダイアモンドのモース硬度は十。

『井村屋 あずきバー』が、どれだけ硬いかが分かるだろう。

 それはさておき。

 ツルハシで鉱物を掘れば、当然、破片はへん(小さなカケラ)が出る。

 鉱物の破片は『クズ石』と呼ばれて、ほとんど価値がないんだけど。

 岩塩の場合は、塩として利用価値りようかちがある。

 フェリックスには、お砂場すなばセットのスコップとバケツを持たせる。

「フェリックスはこれを使って、こまい(小さい)石を集めるのよ」

「は~い」

「バケツがいっぱいになったら、この袋に入れるんだ。やってみ?」

「はい」

 フェリックスはその場にしゃがみ込み、破片を集め始める。

 子供用のこまいスコップで、一生懸命集める姿がめんこい(可愛い)。

「そうそう、上手上手」

「えへへ」

 褒めてやると、こっちを見上げて、嬉しそうにニコニコ笑う。

 フェリックスは、スコップですくって、バケツに入れる作業を繰り返す。

 こまいバケツは、すぐいっぱいになった。

 やりげた満足そうな笑顔で、バケツをこちらに見せてくる。

「いっぱいになったよ!」

「よしよし、良く出来ました。したっけ、こっちの袋に入れてな」

「はーいっ!」

 用意しておいた袋を大きく広げてやると、バケツをひっくり返して、岩塩の破片を移し入れた。

 ちゃんと出来たので、オレは笑いながら、頭をわしゃわしゃ撫でてやる。

「えらいえらい。あとは、おんなし(同じ)ことの繰り返しだからね」

「うん、分かったっ」

「破片は、いっぱいあるから、頑張ろうな」

「は~い! 頑張りましゅっ!」

 こうして、オレが岩塩を掘り、フェリックスが破片を集めることになった。

 わんこは、フェリックスの側でお座りして、うちらの作業を見守っていた。


【歌の力】

 え~っと……赤い目の名前は、アーロンとかいったっけ?

 アーロンが尖った道具で洞窟の岩を砕き、フェリックスが落ちてくる砂を集めている。

 ふたりが働いているのに、おれはすることがない。

 見ているだけは、つまらない。

 ヒマで眠くなり、ひとつあくびをして、その場に伏せると。

 アーロンの掘った石がひとつ、コロコロと転がってきた。

「わぅん?」

 野球ボールぐらいの大きさだったので、咥えて運ぶ。

 テシテシと、前足でアーロンの足を叩くと、咥えた石に気付く。

「お? 何よ、お前も手伝いてぇの? なら、そっちの袋に入れてくれや」

 アーロンが、石がゴロゴロ入った袋を指差したので、石を入れた。

 このぐらいなら、おれにも出来そうだ。

「よしよし。したっけ、わんこは、石を袋へ入れるのよ。分かった?」

「わんっ!」

 こうして、アーロンの掘った石を運ぶことが、おれの仕事になった。

 フェリックスが砂を集めながら、楽しげに歌を唄っている。

 良く通る優しく温かな歌声は、洞窟内に響き渡る。

「緑色の葉っぱが、お日様の光を浴びてキラキラと輝き、色とりどりの綺麗なお花がいっぱい咲いて、そよ風に揺れている」という歌だった。

 唄っている時のフェリックスは、いつも楽しそうで、キラキラしている。

「歌」って、よく分からないけど、フェリックスが楽しいならそれでいい。

 しばらくすると、アーロンが掘るのを止めて、振り返った。

「今日は、こんくらいにして、そろそろ帰んべ。ふたりとも、お疲れさん」

「は~い」

「わんっ」

 アーロンは、石が入った袋と砂が入った袋を背負った。

 洞窟を出ると、風に乗ってなんだかとってもいい匂いがした。

 木々や地面から緑色の葉が生えて、太陽の光を弾いてキラキラしている。

 色とりどりの花があちこちで咲いて、風にそよいでいる。

 まるで、フェリックスが唄っていた歌みたいな風景だ。

 あれ? こんなだったっけ?

 さっき、森に来た時は、花なんて咲いてなかった気がする。

 アーロンも、森を見渡して驚いている。

 まぁ、今日は、空も真っ青で、日差しもあったかいしな。

 おれらが洞窟の中にいる間に、咲いたんだろう。

 フェリックスが「綺麗だね」と、嬉しそうに笑う。

 フェリックスが嬉しいと、おれも嬉しい。

 フェリックスは、いつも笑顔でいて欲しいな。

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