第16話 戻って来た平穏

 悪夢の襲撃事件しゅうげきじけんから、一ヶ月後。

 今日は、綺麗きれいな青空が広がって、お散歩日和おさんぽびより

 ようやく、フェリックスとわんこを、思いっきり森で遊ばせてやれる。

 森の片付けが済むまで、今までずっと、ふたりをキースの家から一歩も出してやれなかった。

 というのも、キースの家は「人間の街」にある。

 魔女に喰われて死んだことにされている「無能力むのうりょくの子」と「魔獣まじゅう」を、人間にさらすワケにはいかないからな。

 人間の街にいる時は、無駄なあらそいごとを避ける為、オレも人間の姿に擬態ぎたい(姿や形を真似する)している。

 フェリックスとわんこは、人目ひとめに付かないように、大きめのコロコロ(底にタイヤが付いている旅行用カバン)の中に隠して、森へ運ぶ。

 段差に引っ掛かって、コロコロがガタゴトと大きく揺れた。

 すると、コロコロの中から、キャッキャと楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 オレは物陰ものかげに隠れ、外からコンコンとコロコロを叩く。

 コロコロはすぐに静かになり、ひそひそ声がれ聞こえてくる。

「しーだって」

「……わん」

 フェリックスが言うには、コロコロが揺れると、わんこと、もみくちゃになるそうだ。

 なんか知らんが、それがやたら面白いらしい。

 そんで、きゃっきゃ騒いだところを、オレに注意されたいんだってさ。

『わんこと、もみくちゃになって騒いで、注意される』の一連いちれん(ひとつながり)の流れが、楽しくて仕方がないんだとか。

 何それ、なまらめんこい(とても可愛い)。

 森に入り、安全そうな場所へ辿り着いたところで、ケースを開けると、フェリックスとわんこのめんこい顔がのぞいた。

「はい、到着~。出ていいよ~」

「は~い」 

 ふたりとも、ニコニコと笑顔でこっちを見上げてくる。

 はい、もうめんこい。

 お前ら、なんでそんなにめんこいのよ。

 めんこさが大渋滞だいじゅうたいして、ニヤニヤが止まんねぇわ。

 お前らを見てると、「めんこい」以外の言葉が出なくなるんですけど?

 ふたりは、待ってましたとばかりに外へ飛び出して、森の中をけ回る。

「あんまし、遠く行くなよ~。オレの目が、届くとこまでにすんのよ~」

「は~い! おいで、わんわんっ!」

「わんっ!」

 自由に走り回れるのが、よっぽど嬉しいのか。

 追いかけっこしたり、ボール遊びしたり、森を散策さんさくしたり、元気いっぱいで、ふたりともとても楽しそうだ。

 特にお散歩が大好きなわんこは、かなりストレスがたまってたみたいだからな。

 ふたりが楽しそうに遊んでいる姿を見ると、微笑ましい。

 ふたりを眺めながら、オレは改めて森を見回す。

 森は、変貌へんぼうげた(大きく変わり果てた)。

 青々あおあおとしていた草原は、焼け野原のはらと化した。

 しげっていた木々は、真っ黒に焼けげ、無残むざん焦土しょうど(焼け焦げて黒くなった土)をさらしている。

 真っ黒に炭化たんかしてしまった木は、早急そうきゅう伐採ばっさい(森林の木をり倒す)しなければならない。

 放置すると、病害びょうがい虫害ちゅうがい、他の植物の成長をさまたげるなどの被害が起こる。

 炭化した木も伐採すれば、炭としての利用価値りようかちがある。

 外側は焼け焦げても、内部が無事なら、木は生きている。

 根が生きていれば、切りかぶは再生する。

 内部が無事な木は、炭化した外部をそぎ落とせば、木材として使える。

 草木が焼失しょうしつしてもった灰は、植物達が養分ようぶんとして吸収し、成長する。

 木々には虫達が集まり、その虫をエサにする鳥達が戻って来る。

 鳥のフンや死骸しがいは植物の養分となり、木の実が生り(なり)、獣のエサになる。

 これが「自然のサイクル」ってヤツよ。

 根気こんきよく世話してやれば、森は再び息を吹き返す。

 命あふれる森へ再生するまでの道のりは、はるか遠い。

 森が甦(よみがえ)るのは、何十年後か、何百年後か。

 フェリックスが生きている間に、元の美しい森を見せてやれるだろうか。

 魔の森全体に張っていた、対人結界も壊れちまった。

 広い森全体に結界を設置するって、結構大変なのよ。

 焼け落ちちまった家も、再建しなければならない。

 問題が山積みで、考えただけでウンザリする。

 でも、やらなきゃ。

 面倒臭くても、ひとつひとつ、こなさなきゃならない。

 ここが、オレの居場所だから。


 太陽がてっぺんに昇ったところで、腹が鳴った。

 フェリックスとわんこも、いっぱい遊んで、腹を空かせているに違いない。

「そろそろ、飯にすんぞ~っ!」

「わ~い! ごは~んっ!」

「わんっ!」

 呼べば、ふたりとも嬉しそうに駆け寄って来る。

 ふたり揃って、オレの足にまとわりつく。

 犬が二匹。

 可愛いがすぎるだろ、ホント。

「お兄しゃ~ん、おにゃかすいた~」

「はいはい、今、用意するから、ちっと待ってな」

 レジャーシートを敷いて、持って来た弁当を広げてピクニック気分。

 飯の前に、両手を合わせることも忘れない。

「はい、ちゃんと『いただきます』して」

「いただきま~す」

「ほれ、召し上がれ~」

「ありがとうございま~しゅ」

 フェリックスの首に前掛けを着けて、パンを手渡してやると、大喜びで食べ始める。

 リスみたいに、ほっぺた膨らませて食べるのが可愛い。

 なんでも美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐がいがある。

「美味しいか?」

「お兄しゃんのご飯は、なんでもおいひぃよ。ね? わんわん?」

 わんこは、しっぽをブンブン振って「うぉんっ」と、嬉しそうにえた。

 コイツ、すっかり飼いらされた犬の顔してやがる。

 お前、完全に野生忘れてんべ。

 わんこは肉を食べ終わると、骨を埋めようと、前足で土を掘り始めた。

 そこは、マズいっ!

「おい、やめろっ。この辺は、掘んじゃねぇっ!」

 案の定、死体を掘り当てて、きゃんきゃんと、情けない声で鳴き出す。

「ほぉ~ら、言わんこっちゃない! めっ!」

「くぅ~ん……」

 しかると、わんこはションボリと、耳としっぽを下げた。

 魔獣はかしこいから、一度叱っておけばちゃんと反省して、二度と同じことはしない。

 しかたないので、フェリックスを遠ざけて、元通り埋め戻しておいた。

 食後は、日向ぼっこしながら、仲良くお昼寝。

 三人寄り添って、レジャーシートの上に寝転がる。

 森の中を走り回って、ふたりとも疲れたんだろう。

 オレも午前中、焼け焦げた木を切り倒す力仕事で疲れた。

 腹いっぱいになれば、眠くなる。

 青い空、白い雲、草木を揺らすそよ風、温かな日差し。

 オレの体にくっついてる、フェリックスとわんこが愛おしい。

 頭や背中を撫でてやると、眠っているのに幸せそうに笑う。

 一か月前の出来事が、ウソみたいな穏やかさ。

 こうしていられることが、夢のようだ。

 人間どもの襲撃は、過去何度も数えきれないほどあった。

 人間どもを皆殺しにすることなんて、慣れたもんだった。

 だが今回は、守るべきものがいた。

 生まれて初めて、自分自身の弱さと不甲斐ふがいなさを思い知った。

 愛する者達を失う絶望は、もう二度と味わいたくない。

 次、また襲撃があったとしても、必ずや、ふたりを守り抜いてみせる。

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