第15話 救済

【再会】

 人間どもはうちらに一礼いちれい(一回だけお辞儀じぎする)すると、そそくさと逃げていく。

 好き勝手荒らしといて、自分達に都合が悪くなったら、いなくなりやがって。

 ちゃんと後始末あとしまつしささってから帰れや、クソどもが。

 まぁ、今のオレは、機嫌きげんが良いから見逃みのがしてやる。

 キースが嬉々きき(喜んで嬉しがる)として、声をはずませる。

「あの天使の歌声は、フェリックスだぜ! 生きてたんだっ!」

「分かってるわ、そんなん。聞き間違えようがねぇべや」

 オレも嬉しくて、自然と笑みを浮かべていた。

「てっきり、死んだと思ってたわ」

「俺も思った。あの状況で、どうやって助かったんだよ?」

 いや、そんなことはどうでも良い。

 フェリックスが、生きている。

 それだけで、充分だ。

「でも、フェリックスはどこにいんのさ?」

「それな。たぶん、歌声を辿たどって行けばくべ」

 うちらは耳をまして、歌声を頼りにフェリックスを探す。

 しばらくすると、焼け落ちた我が家へ戻ってきた。

 雨のおかげで火は完全に消え、残骸ざんがい(破壊された後に残っている物)がみ上がっている。

「えぇっ? マジでっ? まさか、この中にいんのっ?」

「フェリックス~ッ!」

 名前を呼ぶと「お兄しゃ~んっ!」と、フェリックスの声が返ってきた。

「わぉ~ん」と、わんこの遠吠とおぼえも聞こえてくる。

 それを聞いて、確信かくしんた。

 ふたりは、間違いなくこの中にいる。

 なんらかの要因よういんかさなって、生き残れたんだ。

 でも、残骸の中に閉じ込められて、出られないようだ。

 もしかしたら、体がどこかに挟まって、動けないのかもしれない。

 オレは、瓦礫がれきの山に向かって、話し掛ける。

「ちっと待ってろ、今、なんとかしてやる」

「は~い」

 良い子の返事が聞こえきて、そのけなげさに胸が苦しくなる。

 閉じ込められて、怖いはずなのに、聞き分けが良すぎるだろ。

 さて、どうやって助け出せば良いのか。

 炭化した柱や壁が、複雑ふくざつに積み上がっている状態。

 中がどうなっているのか、分からない。

 どれだけ、空間に余裕があるのか。

 ちょっとでもバランスが崩れれば、中にいるふたりは、ただじゃ済まない。

 手に汗握り、嫌でも緊張する。

 すると、キースが瓦礫に向かって、手をかざす。

「よしっ! こんなもん、俺が風で吹っ飛ばしちゃる!」

「バカ! そんなことしたら……っ!」

 止める間もなく、キースが突風とっぷうを巻き起こす。

 竜巻たつまきが発生し、風が柱や石を宙へ舞い上がらせる。

 見る間に、瓦礫が小さくなっていく。

 そこまでは良かった。

 瓦礫と共に、フェリックスとわんこまで空へ飛んでしまった。

 それに気付いたキースが、あせりの声を上げる。

「うわっ、ヤベぇ! やっちまったっ!」

 キースが慌てて風をゆるめるけど、もう遅い。

 ふたりの体は、すでに数メートル上空にある。

「ちっ!」

 オレは舌打ちすると、地面をり、迷わず竜巻へ飛び込む。

 風で巻き上げられた小石が、バシバシ当たってくるが、気にしてられない。

 今は、ふたりを助けることが優先だ。

 風でもみくちゃにされているふたりに、めいっぱい手を伸ばす。

「フェリックスッ!」

「お兄しゃぁんっ!」

 手を伸ばすオレに気付いて、フェリックスもこちらに手を伸ばした。

 その小さな手を、しっかりと掴んだ。

 空中で犬かきしている、わんこの前足を掴む。

 ふたりを引き寄せ、腕の中に強く抱き込む。

「ふたりとも、無事で良かったっ!」

「お兄しゃんっ! 怖かったよぉぉぉおお~……っ!」

 フェリックスはオレの胸にしがみついて、大きな声を上げて泣いた。

 わんこも、「くぅんくぅん」と甘え鳴きしている。

 温かくて柔らかい体に、愛しさがこみ上げる。

 もう二度と、抱くことは叶わないと思っていただけに、喜びもひとしお。

 大事なこの子達を失わなくて、本当に良かった。



※細かい描写はしていませんが、森林火災の犠牲になった死体がいっぱい出てきますので、閲覧注意※

【後始末】

「うわぁ……こりゃヒッデェな……」

 数日後に、森林火災しんりんかさい鎮火ちんかした。

 明るいもとで見る魔の森は、そりゃもうひどいもんだった。

 ガソリンがかれた後、火をはなたれたせいで、火の回りが早かった。

 たくさんの木々が真っ黒に炭化たんかして、今も白い煙を立ち昇らせている。

 ガソリンの臭いと、燃えた臭いが、強く残っている。

 焦土しょうどげた黒い土)に転がる、火災から逃げ遅れたたくさんの焼死体しょうしたい

 何体なんたいあるのか、数えたくない。

 このままにはしておけないから、埋葬まいそう(穴を掘って死体をめる)するしかない。

 でも、数がハンパなくて、穴を掘るだけでも面倒臭い。

 ちなみに、フェリックスとわんこは、俺の家でお留守番している。

 アーロンの家は、無くなっちまったからな。

 幼いフェリックスに、死体は見せられない。

 わんこは、穴掘りぐらいは出来るかもしんねぇけど、埋めた死体を掘り起こされては困る。

「なんで、うちらが、後始末しささんなきゃなんないのよ」

「ホントよ。人間どもが、やらかしたんだから、人間どもが片付けろっての」

 俺とアーロンは、ブツブツ言いながらも、穴掘りしていると。

 ザッザッと近付いてくる、大勢の足音。

 作業の手を止めて音がする方向を見ると、人間の団体様が迫って来ていた。

 その数、ざっと五十。

 しまった。

 そういえば、昨日の襲撃しゅうげきで、対人結界たいじんけっかいが壊れちまったんだった。

 そのせいで、人間どもの侵入しんにゅうに気付けなかった。

「げっ? マジかよっ?」

「昨日の今日で、もう攻めてきやがって! クソどもがっ!」

 アーロンは木陰こかげに隠れて、頭に巻いていたタオルと作業着を脱ぐ。

 大急ぎで、赤いローブをまとい、魔女の仮面を着けた。

 魔女変装セットを、持ってきておいて良かったな。

 作業着のオッサンじゃ、魔女には見えないもんね。

 着替えるアーロンを見て、「大変だね~」なんて、からかう。

 なお、俺は今、「魔の者」の姿をしている。

 長い角が生えた黒ヤギの頭、首から下半身の膝上までは人間、膝から下はヤギで、全身真っ黒な半人半獣。

 背中には真っ黒な四枚の翼が生えていて、翼の出し入れは自由自在。

 人間の街にいる時は、人間の姿に変身している。

 同一人物だと分かる人間は、まずいないだろう。 

 魔女に着替えたアーロンと、半人半獣の俺を見て、人間どもは立ち止まる。

 恐怖に顔を引きつらせ、悲鳴を上げる者すらいる。

 おい、怖いなら来んな。

 アーロンは人間どもに向かって、魔女の声を作って語り掛ける。

「また殺されに来たか、おろかなる人間どもよ」

 しかし、人間どもは「戦う気はない」と、否定ひていした。

「ならば、何用か?」

 事情を聞けば、「勇者様達の死体を引き取りに来た」と言う。

 勇者達の死体を供養くようし、慰霊碑いれいひ建造けんぞうするそうだ。

 言われて見れば、人間どもの服装は全員作業着。

 持っている物も、ブルーシートや担架たんかなどで、武器になるような物は何もない。

 それは、願ったり叶ったり(求めた時に希望が叶い、願った通りになる)。

 正直、人間どもの死体の引き取り手がなくて、困っていたんだよね。

 人数分の穴を掘って埋める作業は、重労働じゅうろうどうだし。

 早めに引き取りに来てくれて、助かったわ。

 あと、もうちょっと遅ければ、埋めてた。

「では、死者を連れ帰るが良い。手厚てあつく供養すれば、死者も喜ぶであろう」

 アーロンは、墓にそなえようと集めておいた、焼け残った花を人間に手渡した。

 そういうことなら、俺も協力しちゃる。

 俺は死者をいたむ「鎮魂歌ちんこんか」を、唄い始める。

 魔の者に「音楽」というものはないから、人間が作った歌だ。


 Amazing Grace,

 アメイジング・グレイス(素晴らしき 神の恵み)、

 how sweet the sound,

 それは なんという 甘美かんびな響きだろうか、

 That saved a wretch like me.

 私のような みじめな者さえも 救って下さった。

 I once was lost but now am found,

 道をみ外して 彷徨さまよっていた私さえも 見つけて下さった、

 Was blind, but now I see.

 今までは見えなかった神の恵みを 今なら見出みいだすことが出来る。


 Yes,when this heart and flesh shall fail,

 そう、この心と体が て、

 And mortal life shall cease,

 そして 限りある命が 止まる時、

 I shall possess within the vail,

 私は ベールに包まれ、

 A life of joy and peace.

 喜びと安らぎの時を 手に入れる。


 人間どもは花を受け取り、感謝の言葉を言いながら死体を運び始める。

 ふいに、ひとりの人間が、俺に合わせて唄い始めた。

 ひとりふたりと、だんだんと唄う者が増えていき、ついには斉唱せいしょう(みんなで唄う)となった。

 人間どもは死体を運び終えると、もう一度お礼を言って、森から去った。

 これから、勇者どもの葬儀そうぎをするのだろう。

 人間の死体が引き取られても、魔の者や野生鳥獣の死体は残る。

 死体は、森に掘った穴へ埋めた。

 土に埋めておけば、虫や微生物びせいぶつ分解ぶんかいされて、やがて土へかえる。

 土壌どじょう(植物が育つ土地)がえれば、いつの日か、森はよみがえるだろう。

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