第14話 奇跡

【落ちてくる水】

 上から水が、いっぱい落ちてくる。

 おかげで、だんだんと周りの火が小さくなってきた。

 良かった、これでやっと遠吠とおぼえをやめられる。

 口を閉じると、おれとフェリックスを包んでいた「緑の」が音もなく消えた。

 やれやれ、疲れたな。

 遠吠えって、結構体力使うんだよね。

 ずっと休まずにえ続けてたから、もうクタクタ。

 のどれて痛いし、喉もかわいた。

 水が飲みたい。

 ちょうど、近くに水たまりがあったから、その水を飲む。

 うげ……なんだこりゃ?

 なんか臭いし、苦くて変な味がするし、クッソマズいんだけど。 

 とても飲めたもんじゃなくて、ペッペッと吐き出した。

 上から水が、ざぁざぁと音を立てて落ちてくる。

 あ、これで良いじゃん。

 上を向いて、大きく口を開けると、水が入ってきた。

 なかなか飲むのが難しかったけど、どうにか飲めた。

 もういいよ、水を止めてくれ。

 こんなにたくさん、いらない。

 体がぐっしょりれて、毛が張り付いて気持ち悪い。

 ブルブルしても、どんどん水が落ちてくるから、キリがない。

 これじゃ、フェリックスが濡れちまう。

 そうだ! フェリックスは無事かっ?

 すぐ側で寝ている、フェリックスの顔をペロペロ舐めてみる。

 フェリックスは、まだ起きない。

 困ったな、いつ起きるんだろ。

 フェリックスが寝てると、つまらない。

 なんだかおれも、眠くなってきた。

 ずっと吠え続けて、めっちゃ疲れたんだ。

 とりあえず、フェリックスを守れたから良いや。

 フェリックスが少しでも寒くないように、ぴったりとくっついて寝る。

 くっつくと、あったかい。

 おやすみ、フェリックス。


【慈しみ深き】

 なんだか、スゴく体が痛い。

 とっても体が重くて、ビショビショに濡れている。

 雨の臭いがする。

 目を開けると、真っ黒だった。

 何度、目をこすっても、いっぱい瞬きしても、全部真っ黒。

 えっ? どうしてっ?

 また、色が見えなくなっちゃったのっ?

 なんで、また見えなくなっちゃったんだろう……。

 ここは、どこ?

 床は硬くて、水浸みずびたしで濡れている。

 あちこち触ってみると、ボクのすぐ横に、何かが落ちていた。

 触ってみるとあったかくて、ぐっしょり濡れている。

 なんだ、これ?

 不思議に思いながら、両手で触りまくると、ゴワゴワしてる。

 どこ触ってもゴワゴワしてて、ふにふに柔らかくて……しっぽ?

 あ、分かった。

 これ、わんわんだ。

「わんわん! わんわんっ!」

 何度呼び掛けても、体をゆさぶっても、全然起きてくれない。

「わんわん? どうしたの? おねんねしてるの?」

 ぎゅって抱っこすると、トクントクンって音が聞こえた。

 あと、すやすや寝てる音が聞こえる。

 そっか、わんわん、おねむなんだね。

 でも、お兄さんとキースさんがいない。

 ふたりとも、なんでいないの?

 ボクを置いて、どこ行っちゃったの?

 わんわんも、起きてくれないし。

 体があちこち痛いし、お腹も空いたし、喉も痛い。

 喉が渇いていたから、近くにあった水たまりを飲む。

 生ぬるくて、砂が混ざってて、苦くて、嫌な臭いがした。

 やっぱり、水たまりは美味しくないなぁ。

 耳を澄ますと、たくさんの人の声とか、雨の音とか、いろんな音が聞こえる。

 ざわざわしてて、何を言っているか分からない。

 なんにも見えなくて、なんにも分かんないよ。

 ねぇ、どうなっているの?

 ボクは、どうすればいいの?

 何か、ボクに出来ることはないかな。

 ひとりぼっちで、寂しくてつまんないよ。

 寂しいから、歌を唄おう。

 唄ってれば、寂しくないもんね。

 何を唄おうかな。

 ふと、キースさんが教えてくれた歌を思い出した。

 お兄さんも、一緒に歌ってくれた。

 わんわんも、わぉ~んって、一緒に歌ってた。

 難しくて、今まで上手に唄えなかったけど。

 今なら、唄えそうな気がする。

 息を吸い込んで、大きく口を開いて唄い出す。

What a Friend we have in Jesus,

いつくしみ深き 友なるイエスは、

all our sins and griefs to bear.

つみ」「とが」「うれい」を 取り去りたもう(取りのぞいて下さる)。

What a privilege to carry,

心のなげきを 包まずべて、

(心の嘆きを、包み隠さずに、順を追って言いあらわして)

everything to God in prayer.

などかはろさぬ 負える重荷おもにを。

(背負っている重荷を、何故降ろさないのか)


O what peace we often forfeit,

慈しみ深き 友なるイエスは、

O what needless pain we bear.

我らの弱きを 知りてあわれむ。

All because we do not carry,

「悩み」「悲しみ」に 沈める時も、

everything to God in prayer.

祈りにこたえて なぐさたまわん(慰めて下さる)。


【奇跡】

 その時、不思議なことが起こりました。

無能力むのうりょくの子」と呼ばれていた男の子が、「」を発動しました。

 男の子から放たれたまばゆい光が、世界中を照らし出します。

 天使のようにんだ美しい歌声は、みんなの耳に届きました。

 人間も、魔の者まのものあらそいを止め、黙って立ちくし、清らかな歌に耳をかたむけました。

 憎悪ぞうおで荒れ狂っていたみんなの心が、おだやかになっていきます。

 てた大地に、めぐみの雨がみ込むように、心がいやされていきます。

 けがれ(汚れ)が洗い流されるような素晴らしい歌に、誰もが涙しました。

 歌が終わる頃には、心が綺麗きれい浄化じょうかされていました。

 そこでようやく、人間は自分達のあやまちに気付きました。

 人間の世界を崩壊ほうかいさせたのは、人間自身だった。

 自分達にとって都合つごうの悪いことは、全部魔女に責任転嫁せきにんてんかしていた。

 そして、魔女を倒したところで、事態じたいは何も解決しないのだと。

 自分達の過ちをさとった人間達は、黙って魔女に頭を下げると、魔の森から立ち去りました。

 たったひとつの歌で、争いは収束しゅうそく(分裂・混乱していたものが、まとまって収まる)しました。

 それはまさに「奇跡きせき」としか、言いようがありませんでした。


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