第13話 覚悟

 【憎悪】

 すさまじい(モノスゴい)音を立てて、柱と屋根が崩れ落ちた。

 なおも、炎は勢い良く燃えさかっている。

 おおかみ遠吠とおぼえは、確かに家の中から聞こえていた。

 あの中には、フェリックスとわんこがいた。

 オレはただ、愛しいふたりを守りたかっただけだったのに。

 だから、寝室にかくまった(見つからない場所で保護した)。

 人間に侵入されないように、扉にも窓にも厳重げんじゅうにカギを掛けた。

 フェリックスには、「何があっても、絶対ここから出るな」と、言い聞かせた。

 まさか、その全てがあだになる(好意でやったことが、悪い結果になる)なんて。 

 フェリックスは、オレのせいで逃げ遅れて死んだ。

 オレが……殺したんだ。

 急に全身から力が抜け、その場に座り込んだ。

 今更、どうしようもない、どうすることも出来ない。

 罪悪感ざいあくかんに、さいなまれる(自分が悪いことをしてしまったという気持ちに、悩み苦しむ)。

 オレの罪を代弁だいべん(本人に代わって弁償べんしょうする)するかのように、激しい雨がり始めた。

 いや、不甲斐ふがいない(情けない、だらしない)オレをめているのか。

 大粒おおつぶの雨が、オレの体を叩いている。

 たきのような豪雨ごううに打たれて、炎がだんだんと小さくなっていく。

 炎が消えて、き出しになっていく、家の残骸ざんがい(元の形が分からないくらい、破壊された物)。

 積み重なった、真っ黒に炭化たんかした木材の山。

 ふたりはきっと、あの下にいる。

 可哀想かわいそうに……後悔こうかいしてもしきれない。

 守りたかった……救えなかった、ふたつの幼い命。

 生きたまま焼け死ぬのは、さぞかし熱かっただろう、苦しかっただろう。

 苦しみ抜いて死んでいくふたりを想像したら、胸がけそうだ。

 深淵しんえん(とてつもなく深い場所)のような、深い悲しみにとらわれる。

 堤防ていぼう決壊けっかい(水の圧力に耐えられず壊れる)したようになくあふれ出る涙は、雨と同化どうかして地面へ流れ落ちていく。

 悲嘆ひたん(悲しみなげく)にれてふるえるオレの肩に、キースが手を置いた。

「人間どもを、滅ぼすぞ」

 怨恨えんこん(深いうらみの感情)がこもった、かなり低い声。

 見上げると、キースが全身に憤怒ふんぬ(激しい怒り)をびていた。

 コイツの「人間をほろぼしたい」って言葉は、何度も聞いたけど。

 ここまで怒りをあらわにした形相ぎょうそう(恐ろしい顔)は、初めて見た。

 フェリックスとわんこの命をうばわれて、怒り狂っている。

 それを見て、オレも人間どもへの怒りが、腹の底からき上がってきた。

 人間どもが、森にガソリンをいて火を放った。

 人間どもが来なければ、フェリックスとわんこは死ななかった。

 人間どもは今もなお、森を破壊し続けている。

 愛する我が子を、殺した人間どもは許さない。

 怒りにより、体に熱い力が宿やどる。

 メソメソするのは、もうやめだ。

 ふたりのかたきつ(恨む相手に、復讐ふくしゅうをする)。

 うちの子達を殺したってことは、殺されたって文句言えねぇよな。

っていいのは、撃たれる覚悟かくごのあるヤツだけだ」という、有名な言葉がある。

 レイモンド・チャンドラーが書いた、ハードボイルド小説に出てくる探偵、フィリップ・マーロウの名台詞めいぜりふ

 テレビアニメ「コードギアス 反逆のルルーシュ」の主人公が口にしたことで、再び脚光きゃっこうを浴びた(大勢の人々の注目や、関心を集めた)名言。

 この言葉の真意しんい(本当の意味)は「撃たれたくなければ、撃つな」

 人間どもは「撃たれる覚悟もねぇのに、撃ちたがるヤツ」が多すぎる。

 実際に撃たれてみるまで、撃たれる苦痛が分からない。

 撃たれて初めて、撃たれる苦痛と恐怖を思い知る。

「他人は撃ちたいけど、自分は撃たれたくない」なんて、ふざけんなよ。

 だったら、「撃たれる苦痛」ってヤツを、教えてやるよ。

 その身をもって(自分の体で)、思い知るが良い。

 フェリックスとは、もう二度と会えない。

 わんことも、会えない。

 ふたりがじゃれ合う、微笑ましい光景も見られない。

 ふたりを抱っこして、愛おしそうに笑うキースも見られない。

 四人で、楽しく笑い合うことも出来ない。

 温かく幸せだった日々は、もう戻らない。

「せめて、ふたりが、少しでも苦しまずに死ねていたらいいな」と、願う。

 全てが終わったら、ふたりは手厚てあつ供養くようしよう。

 ゆらり(ゆっくりと、ひと揺れする)と、体を起こし、立ち上がった。

 オレとキースは、焼け落ちた(建物が火事で崩れ落ちた)家を後にした。


【家が焼け落ちる数十分前】

 ここにいたら、おれもフェリックスも燃えちゃう。

 もうこうなったら、仕方がない。

 先に、床にクッションを落として、その上にフェリックスを落とす。

 すまん! 許せ、フェリックスッ!

 痛いかもしんないけど、我慢がまんしてくれ。

 服を引っ張って、ベッドの上からフェリックスを床へ落とした。

 ドスンッと、思ったより大きな音がした。

 うわっ、痛そう。

 大丈夫だったかな、これ。

 ちゃんと、クッションの上には落ちたけど。

 起きなかったってことは、痛くなかったのかな。

 フェリックスの顔に鼻先はなさきを近付けてみると、ちゃんと息をしている。

 良かった、生きている。

 あとは、フェリックスを引きずって、外へ出るだけだ。

 そう思って、周りを見回してみたら、いつの間にか、完全に火に囲まれていた。

 パチパチと音を立てて燃える火が、熱くて怖くて近付けない。

 出られそうなところは、どこにもない。

「きゅ~んきゅ~ん……っ!」

 なんだかやたら熱くて、ハッハッと荒い息を吐きながら、舌を出す。

 自分を落ち着かせようと、乾いた鼻をめた。

 いくら舐めても、不安や恐怖は収まらず、ちっとも落ち着かない。

 やっと、フェリックスをベッドから下ろせたのに。

 ごめん、黄色い目。

 おれ、約束、守れなかった。

 おれひとりじゃ、フェリックスを守れない! 助けてくれっ!

「わぉおおおおおおおおおぉ~んっ!」

 おれは上を向き、助けを呼ぶ為、懸命けんめいに遠吠えをする。

 大好きなフェリックスを、死なせたくないんだ!

 頼む、誰か、フェリックスを助けてくれっ!

 祈りながら、吠え続ける。

 どうか、おれの声がアイツらに届きますように。

 その時、不思議なことが起こった。

 突然、おれを中心に、不思議な緑の光に包まれた。

 まるで、ボールの中にいるみたい。

 なんだこれ?

 ワケが分からず、首を傾げる。

「わぅん?」

 吠えるのを止めたら、「緑の」が消えた。

 なんだか分からないけど、おれから出ていたみたい。

 もう一度、えてみる。

「わんっ!」

 あれ? 今度は出ない。

 なんだったんだ? 今の。

 いやいや、そんなこと考えている場合じゃない。

 早く、助けを呼ばなければ。

「助けて」と、おもいを込めて遠吠えをしたら、またさっきの「緑の」が出た。

 どうやら「助けて」って、お願いしながら遠吠えすると、「緑の」が出るっぽい。

 でも、なんで?

 よく分からないけど、悪いものではない気がした。

 この「緑の」がなんであろうと、助けを呼ぶのが先だ。

 しばらく吠え続けているうちに、気が付いた。

「緑の」の中には、火と煙が入って来ないし、熱くもない。

 もしかして、「緑の」がおれを守ってくれているのか?

 ってことは、これさえあれば、フェリックスを守れる。

 おれもフェリックスも、助かる。

 もう、怖くない。

 おれは嬉しくなって、フェリックスの側で遠吠えし続けた。

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