第12話 絶望

【破壊衝動】

 大勢の人間達が、雄叫おたけび(いさましい叫び声)を上げている。

 呼応こおう(呼び声に応える)するように、炎も勢いを増し、激しく燃え上がる。

 どうやら、まだ生き残りがいるらしい。

 無駄に数ばっか、ウジャウジャ増やしやがって。

 ガソリンの臭いがただよい、炎で気温が上昇し、空気がひどく乾燥している。

 煙が立ち込めて、周りが白くかすんでよく見えない。

 口元をおおっていないと、煙を吸い込んでむせる。

 オレが長年守り育ててきた、美しい森が燃えていく。

 この森がどれだけ大事なものか、人間どもには理解出来ねぇのか。

 森林火災で大気たいきや水が汚れ、罪もない動物や魔の者まのものが焼け死ぬ。

 人間も、空気を吸うし、水も飲むし、動植物だって食べるクセに。

 森を元に戻すのに、いったい何年かかることか。

 なんで人間は、感情論かんじょうろん破壊活動はかいかつどうおよぶのよ。

 なんで人間は、目先めさき(すぐ目の前)のことしか考えられねぇんだ。

 そんなに、魔の者が憎いのかよ。

 人間の社会で何かある度、八つ当たりみたいに襲撃しゅうげきしてきやがって。

 何なのよ、そのくなき破壊衝動はかいしょうどう

 オレはただ、森の中でひっそりと暮らしていただけなのに。

 確かにオレは今まで、数えるのもバカらしくなるくらい、人間どもを殺してきた。

 でも、別にこのんで、殺した訳じゃない。

 てめぇらが襲って来なければ、殺さずに済んだんだろうが。

 なのに、逆恨さかうらみしやがって。

 クズすぎて、反吐へどが出るわ(非常に不快な気持ちになる)。

 人間は何か不都合ふつごうがあると、「誰かのせい」「何かのせい」にしたがる。

 どうせ今回も、クッソつまんねぇ言いがかりなんだべや。

 フェリックスの件だって、そうだ。

奇跡きせきの力」を、持っていなかった。

 ただそれだけで、幼いわらす(子供)を迫害はくがい(弱い立場の者などを追い詰めて、苦しめる)し、街から追放ついほうしやがったクセに。

「魔女が、無能力の子を喰った」なんて、根も葉もない噂を広めやがって。

 人間に感謝することがあるとすれば、フェリックスを投げて(捨てて)くれたことくらいか。

 フェリックスを拾ったばかりの頃は、初めてのことばかりで、苦労することが多かった。

 なんせ、人間の育て方なんて、全然知らなかったからな。

 でも、苦労よりも、幸せの方が何倍もあった。

 笑顔が天使みたいに可愛くて、一緒にいるだけでたまらなく幸せで。

 オレに抱っこをおねだりして、嬉しそうに甘えてくる。

 毎日毎時毎分毎秒、愛おしさがつのっていく。

 動物の子供は、どうして可愛いのか。

 愛したくなるように、可愛い姿で生まれてくるからだそうだ。

 オレはフェリックスを拾って、初めて愛する喜びを知った。

 フェリックスは、オレに愛することを教える為に、存在しているのかもしれない。

 きっとこの先もずっと、色んなことをたくさん教えてくれるだろう。

 これからもオレは、フェリックスだけを愛し、魔の者にあだなす(敵対したり害を与えたりする)人間どもは殺す。

 オレの幸せをうばおうとするヤツは、誰であろうとも許さない。

 ダブスタ(ダブルスタンダード=矛盾むじゅん)なんざ、クソ喰らえ。


【焼け落ちる家】

 森全体の状況を把握はあく(しっかりと理解する)すべく、俺は空高く舞い上がった。

 眼下がんかに広がる惨状さんじょう(見下ろしたところに見える、思わず目をそむけたくなるようなひどい状態)を目にして、怒りと悲しみを覚え、顔をしかめる。

「ヒデェことしやがる……」

 今回の襲撃は、人間達の方が一枚上手いちまいうわて(優れている)だったようだ。

 部隊ぶたいを分けて、森を焼きち(火をかけて攻め込む)していたんだ。

 森のあちこちで、火の手が上がっている(勢いよく燃えている)。

 今までアーロンが、懸命に管理してきたってのに、なんてことしやがる。

 上空から周りを見渡していた時、一番大きな火のかたまりが目に入った。

 あれは、アーロンの家だ! 

 マズい! あそこには、フェリックスとわんこがいるっ!

 もし逃げ遅れたら、ふたりとも死ぬ。

 ふたりとも怪我なく、ちゃんと外へ避難出来ひなんできただろうか。

 でも、ふたりとも、まだ幼いし……ひょっとしたら。

 途端に、胸がざわつき出す(悪い予感がして、落ち着かない状態になる)。

 俺はアーロンの側へ急降下きゅうこうかし、状況を報告ほうこくする。

「おいっ、ヤベェぞ! お前ん家、燃えてるっ!」

「マジかよっ? どんぐらいっ?」

 アーロンは驚愕きょうがく(衝撃的な事実や突然の出来事などを知って、とても驚く)し、俺に詰め寄ってきた。

 その剣幕けんまく(めっちゃ荒々しい顔つき)に、ちょっと引きつつ答える。

「めっちゃ燃えまくってた! もし、逃げ遅れたら……っ!」

「戻んぞっ!」

 アーロンは、話を最後まで聞かず、大急ぎで家へ向かって走り出した。

 人間どもが暴れていても、目もくれない(少しも関心を示さない)。

「今は、ふたりの安否あんぴだけが気がかりだ」と、態度たいど物語ものがたっている。

 俺は風を操り、充満じゅうまん(ある空間に、いっぱいに満ちる)した煙を吹き飛ばし、アーロンの前に道を開いてやった。

 さらに追い風で、背中を押してやる。

 追い風に背中を押されて、アーロンの走る速度は、ぐんと上がった。

 人間どもの前には、風の壁を作り上げて、近付けないようにする。

 風の壁に近付いた人間どもは、風に負けて吹っ飛ばされた。

 これでしばらく、時間稼ぎが出来る。

 風の力はめっちゃ便利で、工夫次第で色んなことが出来るんだぜ。

 雲を風で押し流して、天気を操ることも可能。

 もちろん、空に雲があることが条件だけど。

 今は、大規模森林火災だいきぼしんりんかさいが発生したから、火災積雲かさいせきうんが出来ている。

 炎で地上の水分が蒸発じょうはつし、熱せられて軽くなった空気と共に、空へ昇る。

 空気中にただよっている細かなちり水蒸気すいじょうき結合けつごう(くっついて、ひとつになる)すると、雲になる。

 水蒸気が多すぎると、塵が水分を支えきれなくなって、雨となって地上へ落ちてくる。

 大火災だいかさいの後、必ずと言って良いほど雨が降るのは、この為だ。

 数時間後には雨が降って、いずれ鎮火ちんか(火事が消える)するだろう。

 

「オレの……家が……」

 アーロンの家は、巨大な炎に包まれていた。

 オレンジ色の炎が燃えさかり、あまりに勢いが強すぎて近付けない。

 炎の中に、黒く炭化たんかした柱や屋根が見えている。

 ゴウゴウと激しく燃える音と、バキバキと崩れ落ちる派手な音が聞こえる。

 炎の勢いに合わせて、大量の黒煙が天をつらぬく太い柱のように伸びている。

 アーロンは呆然ぼうぜんと、燃える家を見つめている。

「オレ……フェリックスに『』って、言っちまった……」

 恐怖に震え出し、弱々しい声でブツブツとつぶやき出す。

「あいつは……オレの言いつけは必ず守るから、もしかしたら、逃げ遅れて……」

「大丈夫だって! フェリックスなら、わんこがなんとかしてくれてるってっ!」

 今にも、炎へ飛び込んで行きそうなアーロンを、慌てて引きめた。

 そんな時、どこからかおおかみ遠吠とおぼえが聞こえてきた。

 アーロンは動きを止めて、ハッとする。

「あれは、わんこの声か?」

「ほら、アイツが生きてるってことは、フェリックスも無事だよっ!」

 俺はなだめるように、アーロンの肩を叩いた。

 わんこはいつだって、フェリックスの側にいた。

 アイツがフェリックスを置いて、ひとりで逃げるはずがない。

 狼が遠吠えをする理由は、三つある。

 一つめは、自分の縄張なわばりを知らせる為。

 二つめは、群れからはぐれた仲間を探す為。

 三つめは、仲間とのきずなを深める為。

 愛する仲間を想い、一緒にいたいと願って、狼は遠吠えするんだ。

 きっと、うちらを呼ぶ為に、わんこが遠吠えをしている。

「でも、どこに……?」

 周りを見回しても、ふたりの姿はない。

 家の裏手うらてに回って見ても、いなかった。

 遠吠えは、すぐ近くから聞こえているのに。

「おい! どこにもいねぇぞっ!」

「まだ、中にいるんじゃ……?」

「まさかっ!」

 その、まさかだった。

 耳をすませてみると、炎の中から遠吠えが聞こえた。

「……マジ、かよ……」

 猛火もうか(すさまじい火炎)の中から、ふたりを助け出すなんて不可能だ。

 この状況を打開だかい(ピンチを打ち破る)する力を、うちらは持っていない。

 豪雨ごうう(激しい大量の雨)が降ったところで、間に合わない。

 すぐ目の前にいるのに、何も出来ない無力感むりょくかん

 やがて、うちらを地獄の底へ叩き落とすかのように、轟音ごうおん(大きく響き渡る音)を立てて、家が焼け落ちた(建物などが、焼けて崩れ落ちる)。

 アーロンは炎へ向かって、慟哭どうこく(悲しみのあまり、激しく泣き叫ぶ)した。

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