第5話 志を共にする
去って行ったツユハさんを見送り、近場にあったベンチに腰掛ける。そろそろ夕ご飯の時間なのだろう。食堂に向かう多くの人がジロジロと此方を伺っては通り過ぎていく。【血みどろ人形】は随分と大所帯らしい。とは言っても、そのほとんどがツユハさんのように武器を持っては居らず、持っている人も精々木剣だ。訓練生だと思われる彼等以外の人は、非戦闘員なのだろうか。
妹を一刻も早く見つけ出したい己としては、少々ーーいや、かなり歯痒いというか。俺だって楽しいことは好きだけれど、そんなことをしてる場合じゃない。彼らは違うのだろうか。
「……なんか、温度差エグそう」
「その通り」
「!」
背後から急にかけられた声にバッと振り返る。俺の背後にいつの間にか立っていた少年は、俺の反応に驚いたのか目を見張っていた。いやいや、驚かされたのは俺の方だから。
恐らく俺とそう歳は変わらないだろう少年は、「別に驚かせるつもりじゃなかったんだけど」と首を掻き、何処か気まずそうにヘラリと笑った。
「俺はイツキ。首領からアンタの世話を仰せつかった一介の訓練生。……って言っても、俺もここに来てまだ1年位だから、あんま教えられることは多くないんだけどな」
「……あー、俺はアサギ。よろしくお願いします」
「敬語じゃなくて良いよ。どうせ俺達同室だし、仲良くしよーぜ」
「お、おう……」
「はは、緊張するよなそりゃ。遊びに来たわけじゃないんだろ?」
そう言って、団欒する周囲を冷たく見定めるイツキ。先程のツユハさんと同じような雰囲気を感じて、なんとなく頷いておいた。なんか、人と喋る度に疲労感がすごい。
寮塔に入ってすぐ、受付らしき人にイツキが挨拶をしている。俺も会釈をすれば、男性の受付の人が愛想の良い笑みを返してくれた。ロビーの中央にある昇降機に乗り、イツキが機械を操作する。すると、ゴウンーーと鈍い音を立てて昇降機が持ち上がった。
平民街にいた時には見たこともないような機械や人がたくさんいて、処理が追いつかない。
「……なんか、遠いところに来た感じだ」
「そりゃなぁ。物理的にも遠いし。此処、【貧民街】だし」
「え」
「聞いてなかったのか?貧民街は吸血族も管理を放棄する位無法地帯だから、いろんな種族が好き放題してんだ。だからこんなでかい要塞建ててもバレやしない」
「……もしバレたら?」
「バレても吸血族は貧民街には来れないからな」
なんで、と聞こうとしたところで、昇降機が目的の階に到着したらしい。軽い衝撃と共に停止すると、イツキは俺の言葉を待つことなく先へ進んでしまう。慌ててついて行くと、ずらりと扉が続く長い廊下とつながるロビーに立った。
【503】と刻印された扉にイツキが鍵を差し込み、回す。入った先には、想像の何十倍も綺麗な風景が広がっていた。
俺の家とは比べものにならないほど綺麗で豪華な家具の数々。なんと、個室も別にあるらしい。「此処は居間」「此処は浴室」と部屋を紹介してくれるイツキについて行き、俺は一々感嘆のため息を吐いてしまった。
居間に置かれたソファだけでも、俺の家の全財産くらいありそうだ。こんな部屋が、全ての人間に宛がわれているのだろうか。疑問を素直に口にすれば、イツキはクスクスと楽しげに笑う。
「懲罰房行きとかになるような規則違反さえ起こさなければ、此処ではこんくらいの待遇は受けられるよ。なんだかんだ、勿論裏金だけど儲かってるみたいだな」
「裏金……」
「そりゃな。俺ら言ったら国家反逆罪だし」
「まぁそうか」
「そうそう」
ケラケラ笑うイツキに、俺もつられて笑ってしまう。2人でひとしきり笑うと、そのままソファに対面するように腰掛けた。
首領やそれに程近い上司の命令に逆らったり、組織から逃げだそうとすれば、懲罰房行きらしい。早々ないことだ、と笑うイツキに、俺もホッと息を吐いた。
懲罰房に行くことになれば正常な精神状態では帰還できないらしい、と最後に恐ろしい一言を呟いていたような気がするが、気にしないことにする。
「そう言えば、俺、ツユハさんともう1人、男の人に助けてもらったみたいなんだよ」
「うん」
「けど、名前も教えてもらえなかったんだよなぁ……嫌われてんのかな」
「あー……あの人か」
「この情報だけで分かんだ……」
「あの人と一緒に居て名前教えてくれない男の人とか1人しかいねーよ。まあ、お前も討伐部隊の訓練生になったんなら会う機会も多いと思うし、嫌われない程度に距離置けば良いと思うぞ」
「や、すでに嫌われてそうなんだよ」
不思議そうなイツキに先程の青年とのやりとりを振り返れば、彼は呆れた様子で「あぁ、それ通常運転」と頷いた。えぇ……。
2人で喋っているだけというのもアレなので、イツキの許可を得て台所にある保冷庫から食材を取り出して夕ご飯の準備を始める。興味深そうに背後からのぞき込んで来るイツキに新鮮な野菜を洗ってもらい、俺はリゾットの準備をする。
こんな豪華なご飯、祭日の時にしか食べたことがない。確かに、こんな生活が毎日続くならば、外に居た人達のように目的を忘れてしまうのも無理はないのかもしれない、と少し思った。
普段から母さんに料理を教わっていて良かったとつくづく思う。次から次に完成していく料理に歓声を上げるイツキは可愛らしくて、俺も自然と笑顔が浮かんだ。なんだか、妹を相手にしているみたいだ。
完成した料理を次々と机に並べ、2人で食前の挨拶をし、食べ始める。「うま!」と叫んで食べ進めていくイツキに、冷えていた心の芯の部分があたたかくなっていくのを感じる。スープもサラダもリゾットも、簡単な味付けしか出来ていないけれど、どうせならば母さんに教わった祭日でしか出来なかった色んなレシピを試してみたいな。
「あの人」
「ん?あぁ、さっきの続きか」
「そうそう」
イツキが話し始めるのに合わせて、俺も匙を置く。
「アサギ、何歳?」
「17。イツキは?」
「俺は18。でも、あの人らもそんな変わんなかったはず。でもかなり昔から居るんじゃないかな。少なくとも俺が此処に来た時にもバリバリ戦闘員として街に出向いてたし」
「へぇ……確かにプライドは高かった」
「ブハッ!!」
ぼそりと呟いた言葉を聞いて、イツキが茶を噴き出す。そのままむせ始めるので慌てて布を渡せば、口を押さえて何度も咳き込んでいる。
「まぁ、戦闘員の人達と関わる機会なんて、今後は試験の時とか模擬演習の時くらいだ。それ以外は元々戦闘員だった【教官】って人としか関わることもないし、深入りしなくて良いぜ」
「……そんなもんか」
「もんもん。特にあの人らなんて幹部でこそないけど、それに近い人達だし。俺達には手も届かない高嶺の存在だよ」
そんなもんか。なんだか、最初に出会った人があの人達だったから一番近くに感じてしまっていたけれど、そこまで偉い人達だったとは。……確かに、だとすればただ保護されただけの弱っちぃ平民に同じような立場で喋られたら不快だったかもしれない。
「謝った方が良いかな」と呟けば、イツキは当たり前とばかりに首を振った。
曰く、謝罪したらした分嫌味で返ってくるだけだし、その上で許されることもないので関わりを持たないのが安全とのこと。さすが、ツユハさんをして『ほとんどの人間は彼を苦手だ』と言わしめた男。気の良いイツキでさえそんな評価を下すらしい。
「なんにせよ、これからよろしくな。同室者としても」
「おう、此方こそよろしくな」
彼の褐色の瞳を真っ直ぐに見つめ、俺は笑みを浮かべた。
狩人の少年は吸血の姫に恋をする なるかなる @narukanaru
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