占い師は悪食の夢を見るか

長月瓦礫

占い師は悪食の夢を見るか


「あのコは豚。あのリーマンは野菜。んで、君は人」


「はい」


「食生活、見直したほうがいいよ?」


道を行きかう人々をそれぞれ指さしてから、俺に人差し指を向けた。

何を思ってそう言っているのかは分からない。


「まずは少しずつでいいからお酒をやめること。

一汁三菜とは言わないからご飯もちゃんと食べること。いいね?」


俺の足元にあるコンビニの袋を見て、そういったに違いない。

中身はストロングゼロとげそとサラミ、夕食のメニューとは程遠い。


「まだ若いんだから、お酒に溺れちゃだめだよ」


黒い髪をかき上げ、薄く笑う。

アクセサリーをじゃらじゃら身に着け、髪を馬鹿みたいに長く伸ばしている。


これで占い師として名を馳せているのだから、恐ろしい話だ。


キョーさんの占いは怖いほどよく当たることで有名だ。

名前は誰も知らない。彼ですら忘れているという噂だ。


俺はただの学生で、占いなんて微塵も興味がない。

しかし、気が付いたらここに来ていた。

ここまで来た記憶がないのである。


彼曰く、「館の前でぶっ倒れた」らしい。

そのあと、落ち着くまで館の外で街道を眺めていた。


「……なんかすみません」


「謝る前に衣食住を整えなね」


「手厳しいっスね」


「身の上話とかそれ以前の問題だからねェ、君の場合は」


ぐうの音も出なかった。


「よくある話だから、気にしなくていいよ」


そういって、彼はピアスをいじる。

これだけアクセサリーをつけられるんだから、さぞかし儲かっているのだろう。


「今度は倒れたりしないようにね」


キョーさんに背中を押され、俺は家路についた。

コンビニの袋から酒類がなくなり、米やら野菜やらが詰め込まれていた。


***


「隣の先生は豚、ついさっき来た人は牛、君は人」


キョーさんは俺の手のひらを見ながら、つぶやいた。

最初に会った時もそうだったが、何を言っているのだろう。


「んー……顔色があまりよろしくないねェ。なんかあった?」


またどこかで倒れて迷惑を掛けたらと思うと、酒を飲む気も失せるというものだ。


それが禁酒するきっかけに繋がった。

病院にも通い始めた。すべてはこの人がきっかけだ。


「てか、酒なかったんですけど。盗ったんですか?」


「人聞きの悪いことを言っちゃァいけないな。俺は入れ替えただけだ」


何もない彼の手の中にストロングゼロが現れる。


「これ、あんまり好みじゃねえんだよなァ」


「じゃあ、返してくださいよ」


「やだよ。また倒れたりしたら、たまったもんじゃない」


彼の手から缶が消え、水晶玉が現れた。

浴びるように酒を飲んでいたから、幻覚には慣れていた。

キョーさんが目の前から消えたとしても、驚かない自信がある。


「飲んだくれを相手にしてもしょうがないからねェ。

ちょっとした授業料だと思ってくれよ。こっちは倒れた君を介抱したんだぜ?」


まさにその通りだ。仕事の邪魔をしてしまったのだ。


「ま、長生きするみたいだから頑張りな」


彼は笑いながら、ピアスをいじった。

家に帰ってからカバンを開けると、講義で使う参考書が料理本になっていた。


***


「これ、何なんですか?」


次の日、参考書に交じっていた料理本を突き出した。

キョーさんはいつものように軽く笑う。


「一人暮らしを始めたときに役に立った本。

料理初心者にいいかなって思ったんだけど」


「そういうことじゃないんですけど」


「個人的には45ページのキュウリのやつとかオススメだよ」


「本を返せっつってんですよ」


「はいはい、そう怒らないでよ」


タロットカードが参考書に変わった。

異次元空間にでも繋がっているのだろうか。


「それ、どうにかならないんですか?」


とにもかくにも手癖が悪い。

この人と関わると、絶対に何か物がなくなっている。

酒類だったり参考書だったり意味が分からない。


「こうでもしないと、ここに来ないじゃない?」


「何言ってるんですか?」


「ま、気にしなくていいよ。

目的はあらかた達成したから」


髪をかき上げただけで、ピアスはいじらなかった。


***


「これ、よかったら食べてください」


「どうしたの、急に」


キョーさんは目を丸くした。


この人のせいで自炊をはじめ、料理にこだわり始めてから数週間が経った。

とうとうお菓子作りまで始めてしまった。

甘いものは元々好きじゃない。作ったところで渡す相手もいない。


「好きな子とかいないの? 俺みたいなオッサンに渡してもしょうがないと思うんだけど」


「いないから困ってるんじゃないですか」


キョーさんはやれやれと笑いながら、受け取ってくれた。

禁酒もどうにか続いており、生活は整い始めている。

一応は感謝しなければならないと思ったわけだ。


「あの店員さんは野菜、さっき来た人は鶏、君は魚」


いつものようにつぶやいた。


「それ、結局何なんですか?」


「昨日の晩飯」


なるほど、彼の占いはおそろしく当たるらしい。




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