第16話 知られたくなかった人

 休日のお昼。目を覚ました途端に昨日のことを思い出す。夢みたいな日だった。時間がくれば帰らなくちゃいけない寂しさを感じつつも、ほぼ1日好きなだけ遊べた日。またあんな日を過ごすことはできるんだろうか。顔を洗って、ご飯を食べて、のほほんと昨日の余韻に浸り、ただただ時間が過ぎていく。


 夕方、5時。


 半日近く昨日の余韻に浸っていた。


 「‥今日、なんもしてなくね?」


 せっかくの休みの日なのに何もしてないのはもったいなさすぎる。申し訳程度に近所の本屋に行くことにした。


 「そういえば、しんぼくの新刊買ってなかったな」


 初めて舞香を見た本屋。見かけたことをきっかけに一目惚れして、なんやかんやあって今は恋人になった。


 「いらっしゃいませー」


 漫画コーナーは2階。階段を上る。あぁそうそう。こうやっての上がってるときに見かけて‥。あのとき舞香を見た位置に、同じ学校指定のジャージを着た人がいる。でも舞香じゃない。


 「部活かな?」


 ジロジロみすぎたせいか、向こうに気づかれてしまった。やばい、変な人だと思われたか。‥あれ?よく見たら田中じゃんか。田中紗枝(たなかさえ)。小学生からの仲でクラスも一緒だ。


 「よっ。神庭じゃん」


 「よって。何でジャージなの?」


 「動きやすいから!」


 「えー、私服でジャージはダサいだろ」


 「いいじゃん別に。で、なにしにきたの?」


 「本屋なんだから漫画買いに来たんだよ。お前‥参考書?勉強すんの?」


 「あのね、うちら受験生になんだよ?」


 「あぁ、そっか。もう3年になるもんなー」


 「のんきだねー。そんなんじゃ間に合わないよ?」


 国語はマシだけど、数学と英語がヤバい。ほとんど赤点だしそろそろちゃんと勉強しないとまずいか‥。


 「あたしが教えてあげよっか?」


 「いいよ、そんなん」


 「だって今、あーやばいなーって顔してたよ」


 どんな顔だよ。でもヤバいのは事実。教えてもらったほうがいいかな。田中は適当そうに見えて案外ちゃんとしてるし。


 「じゃー頼もうかな」


 「おっけー。今から行こっか?」


 「え?うち来んの?」


 「当たり前じゃん。どこでやんなよ」


 「そりゃそうか。図書館も閉まるし。しゃーない」


 そうと決まればと、あれよあれよと背中を押され本屋を出る。もう受験か。舞香はちゃんと考えてるだろうなぁ。僕といえば、別に行きたい高校も考えてないし、勉強もやるきになってないし、ただなんとなく毎日を過ごしてるだけになっている。


 「田中はなんか夢あんの?」


 「急に何?」


 「いや、仕事とかだよ。やりたいこととかあんのかなーって」


 「あーねっ。お嫁さんかな」


 お嫁さん‥結婚か。結婚。結婚ってどんな感じなんだろ。付き合うとは違うのかな。桜野克樹、いや。神庭舞香かな。えへへ。


 「顔、キモいんだけど」


 「あっ!いや!」


 「そういうおまえはあんのかよ」


 -夢。


 いじめられる事なく、ただ普通に過ごしたい。好きな人と一緒にいたい。なにごともなく、ただ普通に。


 「普通に‥生きたい、かな」


 「は?なにそれ。普通って何?」


 答えになってないのはわかってる。でも、そう思うんだから。舞香と一緒にいたい。それだけで。そんなことを思いながら歩いていると


 「あれ、舞香ちゃんじゃない?」


 「‥え?」


 買い物をしてきたのかビニール袋を持って歩いている。舞香っ!と声をかけようとしたとき、なんだか目を逸らされたような気がした。明らかに目があったのに。


 「あ、ちょ、田中。こっち」


 「え!?」


 田中の腕を掴み急に左に曲がる。なんでかわからないけど逃げてしまった。


 「なになに!?」


 「あ、いや。なんか、その勘違いされたらあれだなって」


 「勘違い?どう‥え、ウソ。神庭と?ナイナイナイナイ」


 「ないとかじゃなくて!」


 そっか。田中は僕たちのこと知らないから。田中にならと僕たちのことを話した。


 「なるほどね。てかそれなら別に普通に会えばいいじゃん。声かけないほうがやばくない?」


 「なんで?」


 「いやいやいや、普通にそうでしょ。女子と歩いたら嫌だと思うよ」


 「え?だって田中だよ?別に‥」


 「あたしとどうこうじゃなくて!考えてみ?舞香ちゃんが他の男子と歩いてたら嫌じゃない?」


 「た、たしかに」

 

 「てか、そうなら言ってよ。そしたら神庭ん家なんて行かないのに」


 「あぁ‥」


 「マジで。ちゃんと言っときな?」


 「わかった。あとでLINE‥」


 「LINEとかないから。こういうのは電話か直接でしょ」


 とは言われたものの、すぐに連絡をしたくなって、帰ってからすぐLINEをした。この日、舞香から返事は来なかった。


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知らなかった人 有野優樹 @arino_itikoro

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