第15話 知らなかった人をもっと知ることのできた人
来たことのある場所でも、一緒にいる人が違うと初めて来た気持ちになる。話のネタにと思ってアトラクションのこととか色々調べてきたけど、どのタイミングで話せばいいのかわからない。学校のこと、調べてきたこと、2人のこれからのこと、聞きたいことは山ほどあるけど、今ここで話さなくても。
そんなことを考えながら並んでいたら、僕たちの乗る番になった。爽快に走り回るのも怖いけど、暗闇の中を走るジェットコースターは「悪いことをしたか?」と思うくらい怖い。お仕置きだ。でもそれを出すわけにはいかない。頭の中でいろんなシミュレーションをして、ありとあらゆる会話を準備しておくけど、実際に使うことは多分できないと思う。ジェットコースターと緊張で。楽しみだなー!という表情を精一杯に作って、舞香を先に乗せてあげる。
「タ、タノシミダネ!」
「うん!」
笑顔で手を振ってくれる係りの人。その笑顔は天使の微笑みか、悪魔の誘いか。カッカッカッカッと乗り物が動き出し、もう引き返せないところまできた。目をつぶって、大丈夫‥大丈夫‥すぐ終わる‥と言い聞かせる。体が斜めになったなぁ‥と、思った次の瞬間、瞬間最大風速が。
記憶はここで消えていた。気づいた時には、右のほっぺをツンツンされていた。
「大丈夫?」
「へふぇ?」
乗り物からおりて、ようやく魂が戻ってきたような気がする。でもなんでだろう、すごく気持ちいい。
「楽しかったねー!次は‥あれ、もしかして降ってきた?」
手の甲にポツポツと水が当たっている気がする。えぇ、傘なんて持ってきてないよ。ポツ、ポツ、ポツポツポツ。急いでどこかに‥と、思っていたら舞香はカバンから折り畳み傘を出した。2人で小さくなりながら、フードコートへ入っていった。
「ありがと。降ってきちゃったね」
「ちょっとここにいよっか」
僕らと同じように避難してきた人たちがたくさんいる。人の多さと雨のじめっとした感じでムワッとする。でも少しお腹も空いたし、ちょうどよかったかもしれない。
作品の世界観をモチーフにしたランチセットや、キャラクターの顔の形をした中華まん、それはちょっとこじつけがすぎないか?というものまで色々なメニューがある。どれもいいなぁ。
2人掛けの空いている席を見つけ荷物を置き、最初に僕が買いに行く。そんなガッツリ食べるのもなぁと思い中華まんにした。
「あ!私も同じのにしようと思ってた!」
ちょっぴり恥ずかしかった。でも嬉しい。少し近づけたような気がした。舞香はホットドッグを買ってきた。一口づつ交換し合ったり、作品について話したり、調べてきた知識をちょっぴり自慢したりした。
「お手洗いに行ってくるね」
ふと、1人の時間になる。
今すごく楽しい。楽しい。楽しいけど、寂しさも感じる。始まれば終わる。まだ午前中だし遊べる時間もある。舞香は楽しんでくれてるのかな。また情けないことばかり考えてしまう。せっかくデートに来たんだ。今までの“情けないいじめられっ子の自分”とは、さよならするんだ。舞香に楽しんでもらう為にいっぱい頑張るんだ。とりあえずこの後あれに乗って、それが終わったら時間的にあれに乗れそうだから‥。
「お待たせ。ねぇ!晴れてきたよ!」
水滴のついたガラスの向こう。灰色の雲の隙間から太陽が出ていた。
「ほんとだ!あ、ねぇ次はさ‥」
これに乗った後、これに行ったら何時くらいにこのでパレードが始まるから‥と、考えていたことを全部話した。うん!いいよ!と笑顔で返してくれる舞香。喜んでもらえたかな。
お店を出て、えーっとどっちからいけば‥と迷っていたら“行こ!”と言って、手を差し出してくれた。雨上がりの匂いと、ひんやりとする風。僕から言い出したことなのに、結局舞香に案内されている気がする。学校でもデートでも舞香は大人だ。
手を差し出されたとき、手を握るかちょっと迷った。雨のせいか手が冷たくなっていたので、嫌な思いをさせちゃうかなと。でも、そんなことを気にせずにギュッとしてくれた。舞香の手も同じくらい冷たかった。
結果から言うと、考えていたことはほとんどできなかった。でも、パレードを見たりキャラクターと写真を撮ったり乗るつもりはなかったアトラクションに乗れたり。すごく楽しかった。あれなんだろうね?って言いながらいろんなものを見て回ったり、好きな漫画の話をしたり、お家でしてることの話をしたり。今日でさらに舞香のことを知ることができた気がする。
空がオレンジ色になっていた。遊びすぎた帰り道、いつもなら心細くなりながら帰る時間帯だけど今日は違う。
「時間平気?」
「うん!今日は遅くまで遊んできていいからねって」
「ほんとに!?じゃあさ!次は」
夜ご飯を食べにいく。何だか少し照れくさい。毎日こうやって夜ご飯を食べられたらいいのになぁ。
楽しいけど、早くに起きてるしさすがにちょっと疲れてきた。星空の時間帯。まだまだ遊びたいけどさすがにそろそろ‥。
「暗くなってきたし、そろそろ帰ろっか」
「うん。そうだね。はぁ〜!楽しかった!」
「僕も!今日は本当にありがとね!」
「ううん。あーあ、もっと一緒にいたかったなー」
何気なく1日の感想を言っていたつもりだったけど、この言葉でグッと恥ずかしくなった。そうだ、そうだった。今日はデートだったんだ。
今日こんなに楽しかったら次はどんなデートをしたらいいんだろうって思ったけど、またそのときに考えればいいかな。帰ってからはお風呂にも入らず、溶けるように眠った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます