1章・第16話 戦後処理


「はい、お疲れさまでした。

 しばらくは安静にしてくださいね」



 俺とダリアの絶叫が診療小屋と俺の脳内に響き始めてから二十ミットほどが経ち、ようやく戦いは終わった――。

 今だに眠り続けているアイリスが目を覚ますんじゃないかと思えるほどの激しい戦いだったが、何とか俺たちは耐えきった。



「……あ……ありがとふ、ごじゃいまひた……」


「お大事になさってくださいね」


「ふぁい」



 すっかり魂をすり減らした俺はフラフラとした足取りで診療小屋を出る。

 その小さな建物はミリアが診療に集中できるように、という配慮のためにわざわざ別に建てたものかと思っていたが――もしかしたら危険物を隔離する意味もあったのかもしれない。

 顔も分からないアイリスの父が必死の形相で小屋を建てている姿が目に浮かぶ。



(まだ臭いが残っておるようじゃ……)


「治るまで続くんだぞ、これ……」


(お主……ここから逃げるのじゃ! 今すぐ!)


「いやいや、エルデ村ここを放って行くわけにもいかないだろ。

 まだ全然片付いてないし」



 そう言って俺は村の内外に転がるおびただしいほどの蟲の死骸に視線を巡らせる。

 緑色の体液もあちこちに飛び散り、これらを片付けない限りは元の生活も何もあったものではないだろう。



(あんなもの、お主のアレでパパ―ッとやれれば良いのにのう)


「仕方ないって。精霊術を使ったことがバレたらトラックスたちもやばいみたいだし」



 冒険者に扮していた二人が精霊行使を認めてくれたのは脅威の殲滅まで。

 それ以降の片づけや掃除については『これ以上は目を瞑れない』と、使用を控えるよう警告されてしまったのだ。

 だから、この先は人力でやるしかない。あの二人にも手伝わせて三人掛かりでやれば二日もあれば終わるだろうし。



(まったく、融通の利かん奴らじゃな)


「世の中みんなそうやってやりたいことを我慢して生きてるからなあ。俺だけ特別って訳にもいかないだろ」



 蟲から今度は人々へと視線を移す。

 村内では老若男女問わず怪我人以外は全員総出で村の復旧作業に当たっていた。

 天変地異のような襲撃の翌朝なだけにさぞかし徒労感に満ちた雰囲気なのかと思っていたが、人々の表情は存外明るい。中にはこちらに向かって笑顔で手を振るような人さえいる。



「やあやあ、ジール君」


「――トラックス。プリムも」



 軽く手を振り返しつつ、ぼんやりと村人たちの作業を眺めている俺に、横から声が掛かった。

 声の方向に目を向けると、無精髭が更に伸び、より薄汚れて盗賊らしくなった偽冒険者の男と、一休みしたはずなのにやっぱり眠そうな目をした女魔術師が揃って立っていた。



「お疲れのところ悪いんだけどさ、ちょっといいかなあ?」


「もちろん。こっちも色々と聞きたいことがあるし」


「村長さんの家、借りた。後はそっちで」


「分かった」



 普通の人には聞かれてはまずい話もあるということなのだろう。

 密談をするため、俺たちは村長宅へと足を向ける。



「アイリスさんはまだ起きない?」


「さっき見たときはまだ起きそうな感じでは無かったと思う。

 『抵抗』も無しでガスを結構吸ったみたいだし、もう少し掛かるかもな」


「話が終わったら私がもう一度見てみる」


「そうしてもらえると助かるよ。

 俺は人を治すとかそっち方面はさっぱりだからさ」


「うん。任せて」



 そんなことを話しながら屋内に入ると、すぐに食堂のテーブルへと向かう。

 ドアから見て奥側に俺、そして手前側に『監視』の二人が座った。

 何だかこれから尋問でもされるみたいだな、などと不穏な事を考えていると、それを察したのかプリムが口を開く。



「大丈夫。そういう意図は無いから」


「どっちみち俺たちじゃあジール君は止められないからねえ。

 ま、平和的にいきましょうや」


「それは願っても無い話だけど」


(お主、油断するなよ? こやつらは儂らを騙しておったのだぞ)



 いやいや、文字通りダリアの事は眼中に無いんだから自分で勝手に騙されただけだと思うんだが……。

 まあ、油断は出来ないというのは同意だけども。



「まずは――監視をしていたことを謝罪します。

 申し訳ありませんでした」



 と言ってプリムが頭を下げる。

 表情は硬く、口調も先程までとは異なり堅苦しいものへと変わっていた。

 どうやら、ここからはプリム個人ではなく組織の一員としての立ち位置で、という意思表示なのかもしれない。



「……俺をほっとくわけにはいかないしな。

 まあ正直、良い気はしないけど」


「下野した貴方が万が一にでも陛下に敵対するような動きを見せるようなことがあれば、貴方を庇った方々の顔に泥を塗ることになります。

 それだけは、絶対に防がなければなりません」


「これは、信用するとかしないとか――そういう問題じゃないんでねえ。

 一応、ジー……ジルバさんの為でもあるわけだから」


「俺のため、ねえ……」



 一年ほど前――

 精霊騎士として王都の近衛騎士団に属していた俺は、身に覚えのない王女暗殺計画の首謀者として告発され、身柄を拘束されてしまった。


 最初は『何かの間違いだろう』と高を括っていたのだが、俺の身柄は三日経っても一週間経っても解放されることは無く、十日ほど経ってようやく『嵌められた』と気づいたときには――もう全てが手遅れだった。


 そこからは異常なほどスムーズに物事が進んでいく様を牢屋の中でただ眺めていることしかできず、抗弁の機会も与えられないまま、気が付けば裁判の被告人席に立たされていた。


 完璧に揃った証拠品。初めて見たものばかりだった。

 そして会ったことも無い協力者が言う。俺に指示されたと。

 そのとき王都にいなかったはずの人間が言う。俺を現場で目撃したと。

 見覚えの無い『動かぬ証拠』とやらに追い詰められた俺は、有罪の判決を受けることになったのだ。


 続いて量刑が言い渡される。通常であれば即処刑という重罪、のはず。

 だが、意外にも言い渡されたのは『騎士身分の剥奪、霊器オベリスクの没収、そして王都並びに内環都市部からの永久追放』というもの。

 二人の言う通り、処分に納得できない一部の人たちが色々と働きかけてくれたらしく、俺は死ぬことだけは何とか免れた。

 量刑言い渡しの際に告発側が見せた、苦虫を噛み潰したような顔-―それは今でもはっきりと思い出せる。


 ……とまあ、俺はそんな特級の前科持ちであり、にもかかわらず世間一般には十分すぎるほどの戦闘力を持っているという、どこからどう見ても立派な危険人物である。

 当然、そんな人間を野放しにするような組織など有るはずも無く、監視の一つや二つは着かなければ逆におかしい、という話なのだ。



「でも、今回思いっきりバレちゃったわけだけど。大丈夫なの?」


「……実は、今回を最後に、やり方を変えることになったのです。

 具体的には――」


「――プリムちゃん。その話は最後にしよう。

 まずは戦後処理を済ませないと」



 ここでトラックスが割り込んでくる。

 どうやら役割としてはプリムが進行役でトラックスがオブザーバー、と言った分担らしい。

 この辺りは組織のパワーバランスみたいなものも絡むから必ずしも適材適所では無かったりするのだが。



「戦後処理?」


「……そうですね。ジルバさん、『黒姫の首飾り』を出していただけますか?」


「黒姫の首飾り……って、なにそれ?」


「ほら、あのデカブツとやった時に使ったでしょ。あの杭みたいな」


「ああ。あれ、そういう名前だったんだ」


「知らずに使ったのですか?」


「村長たちは『アレ』としか言わなかったから。――はい、これだけど」



 俺はバックパックから『黒姫の首飾り』を取り出し、テーブルの上に乗せる。

 力を使いすぎたのか、水色の光はかなり弱まっていた。



「申し訳ありませんが、それはこちらで預からせて頂きます」


「……俺は良いけど。でもこの村の大事な物なんじゃないのか?」


「それは分かってるけどねえ。

 こんな危険な物をむき出しのまま置いといたら危ないでしょ。

 ま、あくまでも預かるだけだから」



 『触媒』など、所詮『精霊使い』か『精霊騎士』にしか使えないという特殊すぎる道具で、一般の人が触れたからと言って何かが起きるわけではない。

 だから、トラックスの言い方は少々大袈裟すぎるとも思う……が、この村に突然そういった素質を持った人間が生まれてこないとも限らない。

 衛星都市の一つくらいなら一日掛けずして滅ぼすであろう精霊の力を悪用されてしまったら甚大な被害になるのは明白。

 そう考えると、国の元で管理するのが最も安心だという理屈には一応筋が通っているように聞こえる。



「村の人が納得してるなら俺は別に構わないけど。

 ちなみにこれって何なんだ? もしかして『霊器』?」


「これが何かは、これから調べます」


「『鑑定眼』を使って?」


「あ、それもバレてるのね」


「……はい。ただ、ここでは資料も設備もありませんので、正確な鑑定は出来ません。王都へと送ってそちらで進めることになります」



 無限に近いと言われる触媒の力を有する『霊器』は現存しているものでたったの二つしか無い、と聞いている。

 もし『霊器』だったら三つ目となり、それは数十年ぶりの大発見となる。



「そうか……まあ、元々俺のモノでもないからな。

 もう一度言うけど、村の人が納得してるならそれでいいんじゃない?」


「そう言ってもらえると助かるよ、ジルバさん」


(……何じゃ。要するに、今回は見逃してやるがこれ以上余計なことはするな、首飾りとやらも没収だ、とそう言いたいのか? こやつらは。随分と回りくどいやり方じゃのう)



 まあそこはほら、俺の事をよく知らない人からしたらいつ爆発するか分からない危険人物みたいなものだろうし。

 この人たちも仕事なんだからそこは大目に見てやってくれ。……と、心の中で思う。


 と、言った感じで話がひと段落したそのとき――



「ふああ……。

 お爺ちゃん、わたし、どうしてベッドで寝てたのお?」



 寝癖をたっぷり付けたアイリスが、寝ぼけ眼をぐしぐしと擦りながら食堂に入って来たのだった。


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突き抜けろ!ムッツリ大王!~『元』最強騎士はムチムチ女王と理想の新天地を求めて突き進む @D6K1

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