初詣
謎崎実
初詣
今年ももうすぐで終わりを迎える。立て掛けてあった事故の看板を通り過ぎ、鳥居をくぐる。時刻が午後11時半を回る頃、長蛇の列ができている初詣のお参りに、寒さと共に並んだ。
大勢の人で賑わう夜中の神社は底知れないワクワク感があり、少々浮かれてしまう。辺りには出店が並んでおり、唐揚げや、たこ焼きなどの定番料理が食欲を掻き回す。俺はこの大晦日の雰囲気が大好きだ。
今年も色んなことがあった。同僚が会社を辞めたり、同窓会で懐かしの仲間と謳歌したり、テレビ業界では人気芸能人が亡くなったり、今流行りのウイルスの感染拡大など、まさに山あれば、谷ありだ。でもまた一年経てば、また新しい山や谷が見えてくる。一年というのはそういうものなのだ。
こうした一年を振り返っていると、順番が近づいてきていた。何の誓いを立てようか、まだ一度もできたことがない彼女を作ろうかな…そんなことを考えていると突然、知らない人が自分に向かって話しかけてきたのだ。
「お兄さん、今一人なの?」
「え…?」
突然のことに驚きを隠せなかった。話しかけてきたのは二十代くらいの女性で、黒髪で、肩まで伸びている。服装は白色のコートにパンプス、手にはモコモコの手袋をしていた。まさかこんな美人に話しかけられるとは…一体自分に何の用があるのか…とりあえず返事をすることにした。
「はい…そうですけど」
「へ〜そうなんだ…お兄さんは何をお願いするの?」
そう聞かれた途端、頭を悩ませた。願いたいことが多く、決められなかったのだ。そう悩んでいると先に女性が口を開いた。
「私はね、来年も平和でありますように。かな〜」
「素敵ですね…」
あまりにも典型的だったため、簡単な感想しか出てこなかった。
「お兄さんは?やっぱり彼女とか?」
うぐ…どうやら見抜かれていたようだ。
「はい…」
彼女はニヒリと笑った。
「私も彼氏欲しいな〜」
「へ〜以外ですね…」
「だってできたことないんだもん!」
彼女のその言葉に、自然と笑みが溢れた。
気がつくと自分も彼女の話に乗っかっていた。赤の他人のはずなのに、なぜか不思議と楽しくなっていた。人とこんなに盛り上がるのは久し振りだった。
この時、ふと大事なこと気がついた。
あぁ…これだから自分は友達も少ないし、彼女もできないんだ。今まで、赤の他人だからという理由で人を避け、気がつけば慕ってくれる後輩も、仲間も自然と離れていき、いつの間にか一人になっていた。
「お兄さんはさ、人生楽しい?」
俺は彼女の目を見れなかった。今見たら泣いてしまうから…水がこぼれぬよう蓋を抑え続けた。
「私はね、楽しいよ。辛いこともあるけどさ、その分泣いたり、怒ったり、笑ったり…」
そう言うと、俺の頭に手を乗せてきた。細くて、か弱くて、すぐ壊れそうなのに、なんだか暖かい…俺は抑えていた蓋が溢れそうになっていることを忘れ、その暖かさに浸っていた。
「でもさ、その感情こそが人間だと思うんだよね…その感情があるからこそ、人生は楽しいと思うんだよね…」
俺は緩くなった蓋を抑えながら、彼女に聞いた。
「あなたは…今、楽しいのか?」
寒さからか震えた声でそう聞くと、
「うん!楽しいよ!だって——」
——お兄さんとこうして話すことができたんだもん
その言葉が聞こえた途端、抑えていた蓋は静かに開いた。
頬に流れる雫、ぼやける視界…俺は今、泣いているのか…?彼女の顔がよく見えない。どうしても見たいのに…見えない、何で…。次々と涙が溢れ出し、腕で拭うが、拭いきれない。そして、溢れ出していた涙を気合いで止め、まぶたを開くと——
「…」
そこには誰もいなかった。あの女性は幻想だったのか…?それとも…
「あけましておめでとう!」
そう女性の声が聞こえた気がした。急いで声がする方へ振り返ると…目に写ったのは、最初に立て掛けてあった看板とは別の場所に立て掛けてある——
——死亡事故の目撃情報を呼びかける看板だった。
× × ×
初詣 謎崎実 @Nazosaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます