容疑者・明智ホムのお気持ち

結騎 了

#365日ショートショート 365

 差し入れに来た助手の和都くんと入れ替わり、別の男が面会室にやってきた。

「ご機嫌はいかがかな、名探偵の明智ホムさん」

 知らない男だ。端整な顔つきの、初老の男。口元に小さく生えた髭がどこか憎らしい。

「なんだお前は。当然、初対面だな」

「もちろんですとも。一世を風靡し、誌面を賑わし、果てには人を殺め投獄された伝説の名探偵にお会いできるなんて、光栄です。私の名は金田一きんだいちホアロ。何を隠そう、あなたを逮捕に導いた張本人です。言うまでもなく、探偵をやっております」

「なんだって」

 どうりで気に食わない面だ。そう、私は有名な名探偵、明智ホム。私立探偵として警察に協力し、長いこと第一線で活躍してきた。そして、その立場ゆえ疑われることがないだろうと、意を決して殺人を犯したのだ。雪山のペンションにて、スノボサークルの仲間を殺めた。常識と配慮に欠けた下世話な男。私が手を下さずとも、誰かがきっと奴に傷をつけていたことだろう。その程度の男だった。

 無事に警察の捜査を撹乱し、雪山から下山し、事務所にて葉巻を吸っていた矢先。煙と安堵に包まれて意識が朦朧としていたが、けたたましいノックに叩き起こされた。昨日まで盟友だった警官らに任意同行を求められる辛さが、君に分かるか、ホアロよ。

 そのホアロ本人は口髭を小指で撫でていた。引き続き、もったいぶった喋り方だ。

「探偵の立場でありながら罪を犯し、あろうことか捜査にかこつけて証拠を隠滅した。清々しいまでの極悪人だ。ホムさん、あなたの今後がどうなるか、お分かりかね」

 分かりゃあしないさ。司法にのっとって粛々と裁かれるのみだ。私がこれまで刑務所送りにしてきた無数の犯人らと同じようにね。

「ホアロといったか。私はね、後悔はしていないんだ。そりゃあ、バレないに越したことはなかったがね。もう体にガタはきているし、世間の羨望の眼差しにも疲れを感じていた。悠々自適にやりたかったんだよ。余生が刑務所だとしても、探偵として経験してみるのは悪くないさ」

 と、強がってみせても。ホアロの目は笑っていなかった。口元は緩いが、目が異様に冷たい。なにを宿しているというのだろう。

「分かっていないですね、ホムさん。あなたの罪によって、この世界が終わるのですよ。私はね、他の世界では明智ホムだったんだ。それが私の『役割』だ。この世界ではあなたがホムなので、私は暫定的にホアロという『役割』を与えられた。引導を渡し、畳む役割が必要だと」

 ……なにを言っているんだ。分からない。こいつ、頭が「おかしくはありませんよ」。ホアロめ、私の考えを「もちろん読んでいます。私は元の世界では明智ホム。あなた自身ですから。あなたの考えなどお見通しです」

 …………。

「おとなしく黙るしかないようですね。では、説明しましょう。あなたは気づかなかったかもしれませんが、ここは創作の世界なのです。タイトルは、『SSの殺人事件』。主人公はあなた、明智ホムです。私立探偵が語り部と共に数々の事件に挑む短編集。それが『SSの殺人事件』の概要です」

 …………。

「それをあろうことかあなたは、探偵役にも関わらず罪を犯した。これでは趣旨が異なります。そういう叙述を魅力とした作品ではないのですよ、『SSの殺人事件』は。あなたは物語の文法を犯した。趣旨を壊したのです。これでは、この世界そのものが終わる他ありません。つまり、打ち切りですね」

 …………。ホアロ、君は

「そう、私は『屋根裏の推理者』という作品における、明智ホムです。私はしっかり私の仕事をやり通しています。決して文法を犯すことなく」

 ……まさかこの世界が創作だったなんて。本当のことだろうか。私が物語の登場人物だなんて、にわかには信じられない。ということは、もしかして世界は

「そう、世界は創作の連続です。無数のフィクションが隣り合い、しかし関わることなく存在しています。例えば。第六感を世界会議で決めている物語もあるでしょう。ヒーローが動画配信で本心を述べる回もあるかもしれません。あるいは、怪獣保険が浸透している世界や、政府ぐるみで怪獣の存在を自作自演していたりも。一行で済む物語から、数千字に連なるものまで。掌で編まれただけ、アイデアの数だけ世界がある。だからこそ、あなたはもっとアイデアに従順に生きるべきだった。役割を全うするべきだったのです」

 じゃあ、なんだと言うのだ。この世界は私が役割を損なったから、これから壊れていく。私が殺人犯となった『SSの殺人事件』は誰も求めていない。そうだというのか。

「そうですよ、ホムさん」

「ふん、だからお前はこの世界で明智ホムに取って代われないのだ。この二流探偵め」

 私はすくっと立ち上がった。おもむろにぱちんと指を鳴らすと、一本の葉巻が掌におさまった。そうだろう、こうでなくっちゃあ。まさか刑務所で

 私の考えが読めたか、ホアロよ。お前が本当は明智ホムなら、私も明智ホムなのだ。その考えなどお見通しだ。

「ホアロ、お前が物語に従順なのは構わない。それは否定しない。大人しく誰かが決めた枠の中で生きるがいいさ。しかし私はね、そんな小さな枠に収まって生きるのはもっぱら御免なのだよ。ここが創作の世界なら、ことわりを超えられる。刑務所の面会室で無から葉巻が現れるように、ね」

 口髭とその身は、存在が薄くなっているように見える。『屋根裏の推理者』にでも帰るのだろう。そうだ、帰れ。この世界から出ていけ。ここの明智ホムは、ただひとりだ。

「文法が変わってしまったのなら、新しい文法の魅力を伝えればいい。投獄された名探偵が、その後どうやって生きるか。みんな、読みたくはないか。卓越した推理力で脱獄するのか、あるいは囚人間で地位を確立するのか。安楽椅子探偵みたく、檻の中から動かずに推理するのも悪くない。さあ、読みたくはないかね。そんな『SSの殺人事件』は」

「そんな、ことが…… 許される、はずが」

 許されるのさ、ホアロよ。さあ消えたまえ。私を操れるのは私だけだ。誰かが作った、与えられた役割なんて糞食らえだよ。新しい文法を死ぬ気で面白くするのが私の人生だ。結局、自分の人生を物語れるのは自分だけだからな。

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