最後の声

風と空

第1話 最後の声

「さて、お蕎麦も食べたし、毎年恒例の一万円をかけて姉妹大会を行います」


 長女須賀原すがはら志帆しほ(26)会社員が司会のもと、我が家のリビングのこたつに次女佳奈かな(19)大学生と三女美恵みえ(17)が集まる。


 こたつの上には封筒に入った一万円札だけが置かれている。


「ねぇ、今回のお題は?」


 普段は大人しい三女美恵。この日ばかりは気合いが入る。

 なぜなら自分のお年玉になるかもしれないのだ。


「そうよ、お姉ちゃん。勿体ぶってないで早く」


 大学生ともなり友人との付き合いで使うお金が欲しい次女佳奈かなもまた真剣である。


「まあまあ、焦らないの。この日のために節約してきたの私だからね」


 長女志帆がいう様に家計をやりくりしているのはマメな志帆の役割。須賀原三姉妹は父親名義の4LDKのマンションに姉妹達だけで暮らしている。


 両親はといえば、海外に出張している父に母もついて行っているので日本にはいない。今年も忙しくて帰って来れない様だ。


 母親の教育方針は「自分の事は自分で出来る様にしなさい」というもの。基本的な学費やマンションの費用は出すものの、生活費は三人で賄っている。


 長女志帆は会社員。故に当然一番出しているのは志帆だ。次に週5バイトで稼いでる佳奈。来年高3になる美恵はバイトより勉学優先のため志帆からのお小遣い制。


 三人にとって一万円はとても大きいのだ。


「さ、今年のお題は…… 「今年一番笑った事」よ。私が出したからには最初に言っても良いけどどうする?」


「駄目!志帆姉ちゃん最強だから、ちょっと待って!」


 頭を抱えながら真剣に止める美恵。


「じゃ、私行こっかな。みーちゃんいい?」


 机に肘を乗せて何か思いついた佳奈が美恵に聞く。


「佳奈姉ならいいかな」


 渋々譲る美恵に笑いかけながら話し出す佳奈。


「バイトの店長の話しなんだけどね。店長商品整理の時腰痛めちゃって、整骨院行ったんだって。でウォーターベッドみたいなものに寝かされたの。


 そのベッドって「強」「中」「弱」の強さがあってね。店長「弱」から始めたんだけど、全く振動こなかったんだって。で、スタッフさん呼んでその事話したら、「じゃあ、「中」にしますね」って言ってやってもらったんだけど……


 店長全く感じないの。で、もう一回スタッフさん呼んでお願いして、スタッフさん「強にしてみますね」って「強」にしたんだけどね。


 店長全く感じないものだから「俺余程鈍感なのか?」って思ってふと横向いたら、隣りのヨボヨボ爺さんがガタガタ猛烈に振動してた」


「「ブッ」」


 思わず吹き出す志帆と美恵。美恵に至っては負けてなるのもかと我慢しているが、肩がかなり揺れている。


「か、佳奈。ま、まずクリア、かな」


 志帆もなんとか耐えている。


「お!結構大丈夫だった。これ先読まれると思ってたから駄目かなぁって思ってたんだよね」


 思わずブイサインをする佳奈。その横でようやく落ち着いた美恵が「じゃ、じゃあ今度私」と話し始める。


「最近面接した先輩の話しでね。面接で『最近あった面白い話しをしてください』って質問があったんだって。


 で、いきなりそんな事言われても先輩思いつかないワケさ。で、つい最近面接した子の事思い出したらしいけど……


 その先輩の友達さんすっごく真面目で、緊張しやすい子なんだって。で、いざ面接の時に「失礼します」か「失礼致します」かで悩んじゃってね。ノックして「どうぞ」っていわれて、緊張して入った時言った言葉が


『失礼いたす』」


「「ブハ」」つい吹き出す二人。そのまま話しを続ける美恵。


 「って言っちゃったもんだから、面接官も『・・・・(沈黙)』。余りの恥ずかしさに、その子そおっとドアを閉じて戻っちゃったらしいの。閉めたとたん面接官の爆笑の声が聞こえてたって話ししたらしいよ」


 美恵が話し終わった後、佳奈も志帆も口を押さえて悶絶中。


 そうこのお題のルールで、笑ったらそれだけマイナスされるのだ。


「み、美恵、ク、クリア」


 なんとか絞り出していう志帆。佳奈も涙を拭きながら美恵に話しかける。


「で、その『失礼いたす』の子と先輩どうなったの?」


「なんか、またちゃんとやり直した事から失礼いたすの子は合格。先輩も合格って言ってたかな」


「うわ。良かったねぇ、二人共。よし、じゃ最後私ね」


 と志帆がおもむろに話し出す。


「まぁ、私も先輩の話しなんだけどね。お葬式に行く機会があって、その家は仏教だからお坊さんがお経あげてたんだって。


 まあ、意味わからないし、暇じゃないその間。で周り見てたらスピーカーがあって、どうやらお坊さんが持ってきてたらしいんだ。メーカーがBo◯eでね。坊主がBos◯のスピーカーって思ったら、ツボに入っちゃったんだって。


 笑っちゃいけない場所でしょう。必死に我慢してお焼香の番が回ってきたの。先輩も前に出て行って線香に火をつけて、手で仰いて火を消そうとしたら、お坊さんが見えちゃって。


 ツボに入った笑い必死で我慢してたら、線香の先端に爪あたっちゃって、先端どっか飛んでいっちゃったらしいの。


 もう先輩内心大慌て。キョロキョロ探してたらお経呼んでいたお坊さん


「あぁあぁああ!」


 って変な事出したんだって。そしたら線香の先端お坊さんの背中に入っちゃったらしくて、一時騒然。何とかなったらしいけど、これ先輩から食堂で聞いた時の私の気持ちわかる?」


 志帆がみると、二人共横に倒れて口とお腹に手を当てて悶絶中。遂に二人の笑い声が部屋中に響き、満足気な志帆。


「っはぁ。参った。流石に葬式でそれは無いわ」


 目に涙を浮かべながら話す佳奈。


「その先輩さんの焦る姿とお坊さんの声想像したら、もう駄目だね」


 未だ笑い転がる美恵を見ながら、机の上の一万円札の入った封筒を手に取る志帆。


「じゃ、今年も私が貰うわね」


 満面の笑顔で言う志帆に、「「あぁぁぁぁ」」と嘆く二人。

 丁度その時に新年を迎えた様だ。


 2022年の須賀原家最後は佳奈と美恵の「あぁぁぁぁ」という嘆きの声で締め括られた。


 そしてその一万円札の行方は、次の日の食卓が寿司である事によって判明したのである。

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