第2話 ここはどこですかな?

「ぎょぴーーーげぎょぎょぎょぎょごッ!」


 何やら井戸で会話を楽しんでいた三人の主婦の首を切り落とすとシシルは溜め息をつく。


「おやおや、マオーさんというかたの場所をお聴きするためにいろんな方に声をかけていますがどうにもすぐに死んでしまいますな」


 ひょんなことから異世界転移に巻き込まれ、さらにひょんなことに勇者候補である転移者を導く役割を担っていた女神を殺してしまった男は悩んでいた。

 

「お城にいた方々は皆さん殺してしまいしたので、なれば次は城下町かと来てみたものの集まるのは情報ではなく目玉や脳みそ。いえ、だれかれ構わず殺してしまう私が悪いのはわかっていますがな。こればかりはやめられません」


 右手に持っている委員長の背骨に何やら言い訳じみたことを話しかけながら、男は次の情報提供者または脳漿提供者を探す。


「マオーさん、マオーさんの居場所は知りませんかなー」


 そう喧伝しながら町の大通りを練り歩く人間をなんだなんだと、野次馬しに来た人間はもれなく頭をつぶされ、頸動脈をちょん切られ、目玉を引きずり出されていく。

 果たしてこの町の人間がいなくなるのが先か、情報を得るのが先か。結果は言うまでもないだろう。


「あれま、この町はこんなに赤を基調としたカラーリングをしていましたかな? だとすれば少し悪趣味だと言わざるを得ませんな」


 ふむ、と顎に左手を添えながら一度首をかしげ。この町の評価を残したのち、門番の首を落としながら町を出る。

 こうしてこの世界を脅かす魔王に対抗するための勇者召喚を行っていた町は一人の殺人鬼の手によってゴーストタウンと化した。


☆ 


 話を聞ける人間が漏れなく全員死んでしまったことにより、仕方なく街道をボテボテと歩いていたシシルだが、いつの間にやらその風景はのどかな平原から青々とした木々の繁る森の中へと景色を変えていた。


「おや? さすがに人の気配を感じられずに寂しさを覚え始めておりましたが、これは空気の美味しい綺麗な森ですな」


 のんびりとした感想を抱くシシルとは別に、この森にはとある種族が住んでいた。

 長耳族である。姿形はほとんど人間と変わることはないが、特徴的なのは種族名の通り尖がった耳。体内にめぐる豊富な魔力素により、この世界随一で魔法の操作、威力ともに長けている。

 もう一つ特筆すべきといえばその美貌だろうか、女も男も見るもの総てを魅了するほどの美しさを誇りそれ故に古来より他種族による長耳族狩りが行われるほどであった。そういった歴史から彼らは他種族、特に人間を嫌い誰も寄り付かないであろう森の中へと身を隠したのだった。

 が、彼らは今焦っていた。この森は彼らの住処故、人払いの罠や幻術魔法が幾重にも張り巡らされていたのだが、不自然なほどの真っ直ぐな黒髪を肩ほどまで伸ばした男はことごとくそれらをスルーしてくるのだ。

 否、正しく情報を伝えるならば総て身に受けた上で無視して突き進んでくるのだ。

 その身に受ければ頭が潰れるであろう落石の罠で頭を陥没させながら、受ければ身を引き裂くほどの超高音を浴びせられ耳の穴から血を大量に吹き出しながら。

 果ては全身を焼き尽くすほどの業火の罠に身を焦がし炭化しながらも、のほほんとした表情をまま、というよりかは表情筋が燃え尽きているため動かせないのかもしれないがとにかくどんな責め苦を受けようともまっすぐ村へと邁進してくるのだ。


「ぞ、族長! 報告します。人間......人間? おそらく人間が私たちの村にほど近いところまで接近してきています」

「まさか......あの罠や幻術を打ち破るほどの人間が現れたというのですか!? それほどまでに強力な人間となると、もしやあの女神の元に召喚された勇者でしょうか」

「あ、いえ。打ち破るというか、寧ろその人間の体が打ち破られているというか」

「? まぁ何でも構いません。先祖から代々伝わる予言の書にはいずれこの村に人間の勇者が訪れると書かれています。その時には力を貸すべきであると人間対処マニュアルに書かれておりますので一先ずはその通りにしましょう。その人間をここに呼んできてください」

「はっ! 了解いたしました」


 族長の手前了解の意は示したが、実のところ報告に来た長耳族の女アビは疑問を抱いていた。一度嵌まれば種族最強の自分でも一時間ともたず血だまりになるであろうあの数々の罠をその身に受けたうえで今も歩いてくるような人間を、本当にこの村へと入れてもましてや族長へと謁見させてもよいものだろうかと。

 彼女はこの村を守るための兵士たちの教官のような役割を担っており、またその位に相応しいほどに最強且つ聡明であったのだ。だからこそ、このイレギュラーな侵入者の不気味さにいち早く気づきかけていたのだが、残念。彼女は生まれてから人間を見たことがなかったため少しばかりの好奇心を抱いてしまったのだ。

 本能に従い全力で逃げることを選択していたならば、あるいはまだ間に合ったのかもしれない。だが、自分の好奇心と種族としての使命に駆られた結果、彼女は邂逅してしまう。能天気で殺人鬼なシシル・イルイと。


「おお、これはこれはやっと会話が通じそうな方に出会えましたな」


 長身痩躯の黒い出で立ちの人間はで立っていた。


「な、なぜだ? あれだけの罠を受け貴様の体は修復不能なほどにまで損壊していたはずだ。なのになぜどうして今目の前にいる貴様は無傷なのだ!」


 疑問、疑問、疑問。聡明なアビの頭の中には大量のはてなマークに襲われていた。

 彼女とともについてきていた兵士の一人がシシルを前にして、恐怖に負け矢を放つ。


「おっと、ナイスコントロールですな。ちょうど額の真ん中ですぞ、ブルというやつですか」


 突き刺さった矢は額をそのまま通り抜け、男の脳みそを一しきりかきまぜた後、後頭部から突き出している。

 赤黒い血と脳漿を垂らしながらへらへらと訳の分からない言葉を並べ立てる男はもはや恐怖でしかない。痛みを感じないとかもはやそんな段階ではない。傷が傷の体をなしていないのだ。

 

「す、すまない。こちらも少し警戒をしていてね。驚いた私の部下が思わず攻撃をしてしまったみたいだ」

「まあそういうこともありましょうな。別に気にしていませんよ」


 人当たりの良い返しをされたことによって、さらに長耳族の混乱は深まったようにも思うが一先ず敵ではないのだろうと判断し警戒を一段階解くと、情報の交換を試みる。


「に、人間の間ではまず名前の交換をするのが礼儀とのことだったな。私たちも別にお前を無闇に傷つけたいわけではないのだ」


 あれだけの罠を張っている以上その意見は多少の無理があると思うが、シシルはそんなことを気にも留めていないようで。ニコニコとあいさつを返す。


「ふむ、なるほど。異文化交流というやつですな。では、まずは私から。シシル・イルイと申します」

「そうかシシル。よろしく頼むぞ。私の名前はアビだ。後ろにいる我ら長耳族が誇る最強の兵士たちの教官を務めている」

「ほーうなるほど、アビ教官というわけですな。ふふ。いや失礼」


 何が可笑しかったか人の名前を聞いて笑うのはよくないが、アビは気にした様子もなく対話を続ける。


「して、シシルは何用でこちらに来たのか?」

「そうでしたそうでした。実はですな。マオーさんというのをご存知でしょうか」

「む、まおー? ま、まさか魔王のことか!? それについて知りたいということはやはり君は勇者なのだな!」

「勇者? いえ、私は殺人......」


 言い終える前に何やら興奮したアビに肩を抱えられ、族長のもとへ案内するといわれ何が何やらシシルも大人しく付いていくことにする。

 その時に少しバランスを崩してしまい年若い兵士の首をへし折ってしまったが笑ってごまかした。


「まあ、マオーさんについて何かわかるのでしたら構いませんな」


 しばらく景色の変わらない青々とした木々を景気よく赤色に染め上げながら、アビの後ろをついていく。

 おそらくシシルに殺す気はないのだろうが、なにぶんここは森である。歩きにくいのだ。行く手を阻む蔦を切るためにどこからともなく取り出した刃渡り三十センチほどの鉈を振り回していると、どうにも前を歩く兵士たちの頭を割ってしまうのだ。

 そうかと思えば今度は地面から伸びた木の根に足を取られ、両隣にいた兵士たちの耳を引きちぎりながらこけてしまう。血を流し叫ぼうとする二人の喉をこけたときの体勢から逆立ちして踵を上手に使い喉をそぎ落とす。

 削れ落ちた喉からごぽごぽと声にならない声と血しぶきを上げた後、白目をむき痙攣しだしたので鉈で頭蓋を割る。

 そんなこんなで村へ着いた時には兵士はアビ一人だけとなっていた。


「おや? ほかの兵士たちはどこに行ったのだろうか」

「......ほかに危険な人や獣がいないか見に行かれましたな」


 シシルにも気まずいという感情はあるのか目をそらしながら答える。

 もちろん真っ赤な嘘である。真っ赤には染め上げたが。


「? そうか、まぁもう着くぞ。シシル。くれぐれも粗相はないようにしてくれ」

「わかっていますとも。私にもそのくらいの分別はつきます」


 本当にわかっているのか、たった今すれ違った赤ん坊を抱いた女性の頭を引っこ抜きそれを鈍器代わりにして赤ん坊の頭を潰す。頭と頭がごっつんこというやつである。

「......あらら」

 真っ赤に染まる左手を、一振りし血を飛ばしその惨状を目の当たりにした村人たちの眼球を破裂させる。

 まっすぐ前を向き進んでいくアビに気づかれなかったことに安堵した表情で額の汗を拭く真似をしてから追う。


「この先に族長がいる。私が先に入るからシシルは三秒ほど遅れて入ってくれ」

「わかりました」


 アビが族長のいるという建物の中に入ってから三秒の間に、近くで木の繊維で作られたボールのようなものを蹴り遊んでいる子供たちの頭を蹴る。

 鼻面からの衝撃を受けきれずに両の目玉を勢いよく吹き飛ばし頭が破裂しながら飛び散り、あたりにいる人間めがけて死の雨を降らす。唖然としている村人たちは漏れなくその勢いに巻き込まれて死ぬ。天気は快晴である。

 サッカーやろうぜ、お前ボールな。とはよく言ったものだと微笑ましい気持ちに浸ってから扉を開け族長へと謁見する。


「ようこそいらっしゃいましたね。人間の勇者よ」

「こちらこそ、お目通りいただけて恐悦至極にございますな」


 扉の先には荘厳な机と椅子があり、そこに腰かけている豪奢な飾りをつけた見目麗しい女性こそが長耳族の族長だった。

 アビはといえばその後ろに静々とたたずんでおり、まるで死んでいるように先ほどまでの快活な雰囲気とは違っていた。

 そのため思わず生きているのか確認するために鉈を投げつけてしまう。が、あまりにも勢いが強すぎたために風圧で族長の顔面の皮膚を半分ほど破った上でアビの顔面を消し飛ばした。


「あ......まあ、一先ずですがマオーさんについて何かご存じですかな?」

「ぎゃあああああああ! う、うごおぇぇぇぇ」


 弾け飛んだアビの皮膚片がこびりついた髪の毛の一房が族長の口の中に入り、その勢いのまま喉奥まで入り込んだらしい。抜き出そうと青い顔をしながら恥も外聞もなく大口を開け喉に手を突っ込んで引っ張り出そうとするが、えずくだけで一向に取れる気配はない。


「やってしまいましたな。これではまともに会話ができませんぞ」


 詰まっているのが問題ならばそこを失くしてしまうのが対処療法だと考えたシシルは早速ずっと右手に持っていた委員長の背骨で、族長の首を切り落とす。

 達磨落としの要領で頭がストンと体に引っ付いたが、どうやら間に合わなかったらしい。青白い顔から肥大した舌をだらんと驚くほど長くたらし涙と鼻水でぐちゃぐちゃな相貌を呈している。

 

「ふむ......隠蔽、ですな」


 生きている者は自分以外誰もいなくなったその部屋で、独りごちるシシルは善は急げとばかりに殺戮の限りを始める。

 生まれたばかりの赤子の頭を引き抜き先ほどのようにサッカーボールキックをくりだし近くにいた三人の頭を消し飛ばす。これがいわゆるハットトリックというやつである。

 その調子で緑あふれる村が赤一色に染まったのち、右手に持った委員長の背骨に火をつけるエンチャントファイア

 

「油はまあ、そこらへんに転がっていますな。それでは、村よ煌々と燃え盛れー」


 こうしてこの世界から長耳族は滅びた。


「うーむ、せっかく山奥まで来たのにも関わらずマオーさんについては何も得られませんでしたな。これが骨折り損のくたびれもうけというやつですな。とほほ」

 

 委員長の背骨がカコリとうなずいたような気がした。










 

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