第4話 一筋縄ではいきませんな

「ぐげぇ、ぎょえええええ。ぴょぴょぴょ~」


 相変わらず耳から血を流し続けているシシルが、ぼぐんっと大きな鈍い音を立ててフジミの頭を陥没させる。

 白髪を散らしながら肩ほどまでめり込んだ頭をもぞもぞと動かし、何かを訴えてきているがそれに耳を貸す人間はいないだろう。


「うーむ、申し訳ないことに最後まで彼が何を言っていたのか聞き取れませんでしたなあ」


 どこか他人事のように、耳の中へと指を突っ込みぐちゅぐちゅとかき混ぜると血の塊と一緒に脳みそのようなものまでまろびでてしまう。一瞬あっといった表情をしたシシルだが数舜後には何もなかったかのように鼓膜も外傷も完全に完治してしまっていた。

「さてと」

 カコリと何か言いたげに軋む委員長の背骨に一瞥をくれてから優しく一撫ですると、おもむろにシシルは近くにある浜辺から海へと飛び込んだ。

 おおよそ十キロほど離れたところまでバタ足で泳ぎ来ると、水面から顔を出し両手をばちゃんぼちゃんと叩きつける。

 ばちゃん、ぼちゃん。ばちゃん、ぼちゃん。ばちゃん、ぼちゃん。

 暫くの間そうしていると、どこからかゴゴゴゴという地響きのような音が聞こえてくる。

 どうやら音の出どころはまさにシシルが叩き続けている水面の辺りからで、最初はじわじわと広がっていた波紋が今では大嵐でも起きたかのような大津波へと変わっていた。


「よしよし、これくらいで丁度よいですな」


 なにやら満足げに頷いた男は叩きつけるのをやめ、大仰に波打ち続ける水面を抱えるようにして、今度は陸地に向けて泳ぎだした。

 どうやら今や生きて存在している生物のいないウミゾイ町を完膚なきまでに流しさってしまおうという考えらしい。


「これもまた......隠蔽、ですな」


 今回のノルマを達成したことに安堵しながら男はスイスイと泳ぎ続ける。ゴゴゴと大きな音を立てる波は今や高さ十キロほどの殺人的なものとなっており、無邪気なニコニコ顔で陸地にどんどんと近づいていく。そしてついに上陸。


「はい、どおおおおん! ですぞ」


 町へとぶつかった波は形を崩しその場にあった、明朗とした白磁が美しい建物や、二メートルほどの大きな銛、はたまたぐちゃぐちゃに潰れ去ったような死体、ドロドロにミキシングされた死体。頭が陥没しているデカい図体などもすべて巻き込んで崩壊させていく。

 

「おおう、洗濯機の中で一晩を明かした時のことを思い出しますなあ」


 何やら気になることを呟きながら流されていく男は、どうやら自分も逃げ遅れて人工的な自然の破壊行為に巻き込まれたらしい。

 あれよあれよと目を回しながら吹き飛ばされていく姿は滑稽に映っていた。


 

 全てを破壊しつくした大津波が収まったのはそれから十二時間後であった。

 その場に町があったことなど以前から知っていた人間が見ても理解できないほどに地形は変化してしまっている。

 時を同じくして十二時間後、未だ空の旅を楽しんでいたシシルはようやくどちゃりとどこかの地面へ頭から着地した。

 頭は直角に九十度曲がってしまっており、三半規管もやられたか両目ともにあらぬ方向にクイクイと忙しなく動き続けている。左腕は細い神経の糸で辛うじて肘から先が繋がっており、右腕などは完全に無くなってしまっている。それでもどうやら委員長の背骨は男の腰にしっかりと巻き付いておりしっかりとついてきたようだ。

 両足も曲がりに曲がった結果極端なほど内股に歩くことしか出来ないようで、はたから見れば今のシシルはボロボロになって廃棄されたマリオネット人形さながらである。


「なかなか愉快な空の旅でしたな。それにしても右腕が飛んでしまいましたが、よくご無事でしたな背骨殿」


 言葉を理解しているのかいないのか、心なし腰に巻き付く力が強まったのを見てほほ笑むと男はきょろきょろと辺りを見渡す。


「ううむ、ここはどのへんでしょうかな? 前回の町では懐かしさに現を抜かしてしまいマオーさんの居場所を聞くのをすっかり忘れてしまっていましたからな。巻き込まれたとは言え殺人鬼改め転移勇者殺人鬼としての本分を忘れずに行きたい所存でありますぞ」


 そう言って張り切るシシルの姿はいつの間にやら完全完治。着ていた黒いカッターシャツとスーツ、そしてそれよりも真っ黒なトレンチコートも復活している。

 謎とは謎のままだからこそ面白いのだとばかりに、男は次の街を探して歩き始めた。


「いやいやいやぁぁぁぁ、待ってくれよぉぉぉぉ! シシルゥゥゥゥゥ!」


 痛快に時速百八十キロほどで走り始めたシシルの後ろから、実に時速二百キロほどで追いかけてくる鼓膜を破壊するほどの大音声。どうやらフジミが生きていたらしい。

 振り返ろうとしたシシルの頭をすれ違いざま地面へと叩きつけると、それをそのままブレーキ代わりにすり減らしつつ停止する。

 再開した直後に頭の大部分を失ったシシルはまたもフジミの名前を聞きそびれる。

 こればかりは前回と今回ともにフジミが悪いため何とも言えないが、不死身に近いもの同士少しばかり高揚しているのかもしれない。


「ふがふがふが」

「あぁ? 何言ってっか聞き取れねぇなぁ。聞き取れねぇよぉ!」


 下あごから上が削れてなくなってしまっているため、断面から血の噴水を噴き上げふがふがと何かを問いかけるシシルの言葉を切って捨て、フジミは思い切りみぞおちをつま先で蹴り上げる。

 視界の無いシシルはなすすべのないまま蹴り飛ばされ、そのままもんどりうって近くにある木々を二十本ほど貫きながら飛んでいく。

 

「――っゴバッ!」


 喉からせりあがる大量の血の塊が、下あごから吹き出してせき込むシシルの元まで一足飛びに移動してきたフジミは、ダランと伸びた舌を引っ張り持ち上げる。


「どうしたぁぁぁ? 不死身の殺人鬼さんはその程度かぁぁ!」


 ボグンボグンと濁った音を連続で立てながら、左手で持つ舌を固定具にシシルの腹部を殴打し続ける。

 バキメキと嫌な音を立てながら骨を粉々に砕いてゆき、皮膚の上から腕をめり込ませ一本だけ残っていた大き目の肋骨をナイフ代わりにして肺に突き刺した。

 ぷしゅうという気の抜けた音とともにシシルの体のいたるところから血が噴き出てきており、既に腕や足は力なくだらんと垂れてしまっている。

 そんな折、一瞬の閃光とともにフジミの両腕が肩から切り落とされた。


「あぇぇ? なんだ? これ」


 何が起こったのかまるで理解できないフジミは両腕の痛みも忘れてシシルを凝視するも、やはり体は相変わらず力を失ったようにだらんとしている。

 

「じゃあ何が俺の両腕を切り落としたってんだ?」

「カコリ」


 流石のフジミも理解できないものには恐怖を抱くのか、わけのわからないこの状況に顔を青くしていると、何やら主張しようと骨がカコリと軋んだ。


「......あ?」

「カコリ」


 もう一度なにかを伝えるようにカコリと軋むのはシシルの腰に巻き付いた委員長の背骨。彼女......と言っていいかはわからないが、ともかくがフジミの両腕を断ち切ったのだ。

 目の前で何が起こっているのかを正しく理解しようと、フジミが首をかしげると同時にその首がさらに深く折り進められ、やがて三百六十度を超えたところでねじ切れる。

 フジミの頭が突然失くなったことに気づかず一拍ほど遅れて血しぶきが上がる。


「いやあ、まさか背骨殿に助けられるとは。ありがとうございます」

「カコリ」


 背骨に気を取られフジミが目を離した瞬間に総ての負傷を完治させたシシルが、速攻で首をねじ切ったのだった。

 背骨が命の恩人もとい恩骨になるとはシシル自身も思っていなかっただろうが、丁寧に九十度腰をまげ最敬礼の角度で感謝している。


「さて、この男性ですが。やはり今回も名前を聞くことができませんでしたな。とは言え私の異世界での最重要目的はマオーさんにご挨拶に行くことですのでこれ以上邪魔されるのも面倒ですぞ」

「カコリ」

「ということで本日二度目の......隠蔽、ですな」

「カコ......カコリ」


 何やら骨と殺人鬼のコントじみたやり取りのあと、シシルはどこからともなく杵と臼を取り出した。

 臼の中に首のないフジミの胴体と首を入れてく。

 お正月名物ではあるものの、最近はあまり見かけなくなってしまった餅つきである。

 背骨がカコリとフジミの体を回し、シシルがあらよいしょと杵を叩きつける。

 水は近くにないが、叩けば叩くほど流れ出る血と臓物で杵を湿らし、背骨の手水として代用する。

 カコリ、あらよいしょ、カコリ、あらよいしょとシュールな流れ作業が十時間ほど続き、ついに赤黒いお餅が完成する。


「ほう、これが俗に言う暗殺餅あんころもちというやつですな」


 ふうと息をつき、額に流れる汗を拭いて一息つくと早速出来上がったそれを思い切り振りかぶり地面へと投げつけた。

 シシルの人知を超えた膂力によって投げ飛ばされた餅はそのまま光速となり地面を破壊しつくし地中へとグングン推進していく。


「まあ前の世界の話ではありますが、星の真ん中にはマントルというとても暑いところがあるみたいでしてな。この世界にもあるかは知りませんがまあ、そうでなくともその辺りまで投げ込めばしばらくは出てくることはできないでしょうな」


 不死身の肉体を持った人間フジミは、こうして名前をシシルに知って貰う事もできずに封印されてしまった。


「さて、それではマオーさんの情報を集めに人里探しと行きますかな」


 満足そうに右にカコリ、左にカコリと体操していた背骨は、町を探し歩き出したシシルの後を急いで追いかけ腰に巻き付いた。



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