第6話 お腹が空きましたな

「やめ……やめてくれりょぴょ〜!」


 シシルは必死に逃げ惑う男の頭を引きちぎり、それをボウリングの要領で投げ飛ばすと前方に並んでいた四人の胴体を打ち抜く。四人は仲の良い家族だった。


「あ、そうれ!」


 何処からともなく取り出したパドルを一振りすると、前方に建っていた大きな建物が中にいた人ごと真っ二つに裂ける。

 ずれ落ちてきた建物の上部分が下にいる逃げ遅れた人たちを挽肉へと変えた。


「あらよっと……おや?」


 更にパドルを今度は逆方向に振り切ると、気だるげな男がそれに打ち当たり吹き飛んで行く。シシルの凶行をぼぅっと眺めていたニコラスにバチがあったのだろう。

 しばらく飛んで行った先で二人ほど圧死させつつ止まる。引きずられた跡には赤いブレーキ痕が二つ。

 首の骨が折れたのかニコラスの後頭部が背中とピッタリくっつき口から大量に血を吹き出しているが、どうやら死んではいないらしい。


「てめぇ、良い加減にしろよ。お前が自分で魔王の居場所を聞き込みするから任せてくれって意気込んで行ったんだうが! その相手を殺しまくってどうすんだよボケボケ殺人鬼!」

「い……いやあ、申し訳ない」


 背中にくっついたままの頭を掴んで強引に引き上げて元の位置に戻すと、二回ほど血の混じった咳をしてからシシルを怒鳴りつける。

 イライラした様子でボサボサのごま塩頭を掻きむしりながら、タバコに火を点けたっぷりと肺に煙を蓄えると咽せて再び血を吐く。


「あ、あの〜。大分肺が弱まっているみたいですし、タバコは辞められてはいかがですか?」

「カコリカコリ」


 おずおずと言った様子で、ニコラスに忠言するのはパパン。それに同意するかのように骨を軋ませるのは背骨原骨娘こと委員長の背骨である。


「あのな、こんなクソみてぇなクソ殺人鬼をクソ追いかけてクソ異世界にクソ来ちまったんだからクソストレスクソ発散のクソクソクソクソだろうが」

「はぁ、イマイチ何を言っているのかわかりませんが……」

「では、僭越ながら私が通訳致しましょう! 詰まるところですな、刑事殿はもっと頑張って聴き込みをしなさいと言っているわけですな!」

「ああ、ちげぇから死ね」


 四人によるコントじみたやり取りはこの第一地区、通称カンゲイノ地区を壊滅させるまで続いた。

 


 カンゲイノ地区が滅びかけている頃、オウ城を挟んでその真向かいにある第七地区ことチエノ地区では、とある三人の男のもとへシシルたちの情報が既に流れていた。


「ふむ、このシシルとか言う男、異世界人か。話を聞くに何やら魔王の居場所を探しているとか。主様の座すこのオウ国にとって邪魔な人間になるやもしれんな」

「おや? 話を聞いただけでネクターがそんな印象を持つなんて意外だなぁ」

「うむ、なにやら嫌な予感がするのだ。それに我ら主様直属の三幹部は蟻を殺すのにも全力だ。逆らう者には死である」

「……ネクター、クー、お前らがどう感じようが関係ねぇ。このバヤリース様が統括するショクノ地区に食材が来れば調理して喰ってやるだけだ」


 十二ある地区の内、第七地区、第十地区、第四地区には三幹部と呼ばれる魔王直属の配下三人が地区長としてそれぞれ就いていた。

 元々とある理由により、チエノ地区と呼ばれるネクターの管轄へと三人ともが集まっていたのだが、その話題はたった今部下が持ってきた三人と一骨の情報により、そのイレギュラーについてどう対応したものかというものへと変遷していた。が、内容は殆どシシル一行を殺す事へと纏まりつつある。


「どうせ奴らがオウ城に辿り着くには俺様たち三人が持つ鍵を奪わなければいけねぇんだ。ならばこちらはどっしりとそれぞれの担当地区で構えていればいいだろうよ。そして情報から奴らの動きを鑑みればおそらく次にたどり着くのは第四地区、つまり俺様が担当するショクノ地区ってことだ」

「ふーん、じゃあバヤっちが奴らを食べちゃうだろうし僕たちの出番はないかもね」

「ああ......だが、貴様の力を疑うわけではないが十分に気をつけろ。俺の嫌な予感はよく当たる」


 三人の幹部はお互いの力量を正確に理解していた。だからこそショクノ地区を担当しているバヤリースが出向けば、魔王へと盾突く人間などすぐに消してしまえると考えていたのだ。

 ネクターにだけ関して言えば、言葉にできないながらも何やら不安を感じていたのかもしれないが、この世界にシシルが召喚されてしまった時点でどうせ無意味なものである。

 ネクターを除いた二人の幹部は会議は終わったとばかりに、体を無数の蝙蝠へと変えて飛び去って行く。三幹部は皆、吸血鬼だった。


「死屍累々......嫌な響きだ」

 

 すでに誰もいなくなった部屋でネクターは独りごちると、ゆっくりと背もたれに身体を預ける。

 

 

 つい数時間ほど前までは沢山の人や建物で雑多な雰囲気を醸し出していた第二地区ことカイラクノ地区は、今や血煙と砂埃にまみれ、それに乱反射する地平線へと沈みゆく太陽の光がシシル一行の目を眩ませる。

 見渡す限りの更地、調子に乗ったシシルはついにカンゲイノ地区を超え隣のカイラクノ地区までをも総て滅ぼしていた。

 

「あ、ありゃあ。こんなつもりではなかったのですが......」


 後頭部をポリポリと掻きながら、この地区で最後の生き残りだった男の首の骨を折る。パキリと乾いた音がいやに耳に残るのは、それ以外に音のするものが存在しないからだろうか。


「ま、まぁシシルさん。次頑張ればいいんですよ! 失敗は誰にでもつきものです。ええ、私の今は亡き娘も沢山失敗してきました。これからもまだ更に失敗と成功を経験していくはずだったんですがね......」


 シシルを励まそうと声をかけていたパパンの言葉は尻すぼみに、段々と気落ちしていく。目の前の殺人鬼こそが娘の仇なのだから当たり前である。

 

「え、ええと。取り敢えず、気落ちしていても時間の無駄ですな。というわけで隣の第三地区にお邪魔すると致しましょう!」

「カッコリ!」

「てか、お前さん骨だけなのになんで意思疎通できてんだ?」


 このままでは雰囲気が重くなるだけだと考えたシシルはわざとらしく元気な声を出して場を盛り上げようとするが、それに同調するのは彼の腰にピッタリと巻かれた背骨だけである。

 煙草を咥え口の端から血を垂れ流しつつ疑問に思うのはニコラスだが、その問いに答えるものはいない。


「して、方々更地と化してしまっていますが、第三地区とはどちらの方向に向かえばつきますかな?」

「ええっと、確か第三地区には大きな塔が建っていたと思うので、よくよく見渡せば見えるのではないでしょうか。そこまで地区間の距離は空いていなかったと思うので――」

「おいおい、ありゃなんだ。向こうから走ってくるのは車か?」


 こっちの世界にも車があるのか、とどこか他人事のような反応をしているニコラスだったが一拍をおいて目を見開く。


「って車!? おい、ナナシ! なんかおかしいぞ、俺ぁ別にこっちに来てからそんなに時間が経ってるわけじゃねぇが、それでもあんな鉄の塊が動いてるなんざありえねぇ場所だってことぐらいはわかる。なんかやべぇやつを引っ張り出しちまったんじゃねぇか?」

「ううむ、確かに。私もこちらの世界にきて暫く経ちますが未だ車などの文明の利器は見たことがありませんな。元々こちらの世界の住民であるパパン殿はどうですかな?」

「わわ、私もありませんよ!? あんなの、あのく、るま? というんですか。あんな自動で動く馬車なんて知りません!」

「ふむ、そう都合よくはいきませんな」


 三人で仲良く意見交換をしている間に、最初は米粒ほどの大きさだった車がすでに全体を把握できるほどまでに近づいてきている。

 どうやらかなりの速度でこちらへと向かっているらしい。

 暫く何とはなしに眺めていた一行の前に漸く車が到着すると、車体の横には大きな明朝体で『ショクノ地区・地区長バヤリース様専用キッチンカー』と書かれていた。

 果てしなくダサいのはさておいて、目前で停まるそれについている大きなスピーカからピピガガとノイズが走り大きな声が聞こえてくる。


「お前ら、はしゃぎすぎたな。魔王様直属の三幹部が一人、バヤリース様がここで貴様らを喰い殺す」

「ほう、マオー様......ですか」

「こいつ、さては馬鹿だな?」

「お、お二人とも平常運転で私、なんだか安心感すら覚えます」

「カコリ」


 突如現れた魔王の幹部を名乗る男の声に、どこかのんびりとした反応を返す三人と一骨。

 反応が鈍いことを気にしてか、今度は車から降りてきて肉声でもう一度ドスを効かせて叫ぶバヤリース。


「お~うおうおうおう、お前らぁ! あ、はしゃぎすぎたなぁ。よっ、魔王様直属のぉ~三幹部が一人、吸血鬼界の料理番ヴァンプ・オブ・キッチンことバヤリース様がここで貴様らぁを喰い殺ぉす」

「ほう、それでそのヴァンプさんにお聞きしたいしたいのですが、マオー様とはどこにいらっしゃるのですかな?」

「お、ちゃんと質問してる姿に涙がちょちょ切れるねぇ~」


 この異世界の中で一番恐れられるものは何かと聞かれれば、百人中百人が魔王と答えるこの世界。勿論それならば、その魔王に付き従う幹部の名前も聞けば泣く子も黙る殺し文句である。

 が、暖簾に腕押し。目の前の真っ黒ずくめの優男はどこ吹く風といった表情で質問までしてくる始末。


「始末だ......」

「はあ? シマツですか」


 ブチンと大きな音が聞こえ、何かがはじけ飛ぶと同時にシシルの全身が後方三十キロほど吹き飛んだ。

 バヤリースによるいきなりの攻撃に反応できなかったパパンは、一拍遅れて四肢が総てあらぬ方向に折れ曲がり、頭蓋が割れ脳漿が炸裂したまま仰向けに倒れ伏すシシルを胡散臭そうに眺める。しかしその顔には確かに冷汗が浮かんでいた。この攻撃を受けたのがあのアホ殺人鬼ではなく自分だったならば、仮であるとしてもその想像の先には天国で愛する家族と再会しているヴィジョンしか見えない。

 パパンが、もしやそっちのほうが幸せなのではないかと冷静に考え始めたころ、咥え煙草のニコラスが腹を抱えて大爆笑する。


「だはは! おいモブ御者見たかよ、あいつ完全に呆けた表情でぶっ飛んでいったぜ。あひゃひゃひゃ。こんな肴を用意してくれるなんざ確かに吸血鬼界の料理番を名乗るだけはあるなぁ」

 

 倒れ伏すシシルを指さし大笑いするニコラスの膝に向かって思いっきり背骨じぶんを叩きつける委員長の背骨は、なにやら怒っているよう。膝カックンがクリーンヒットしたのか思い切りずっこけたニコラスは顔面を地面でしたたかに打ち付ける。

 慌てて顔面を抑える手の隙間からは鼻血か喀血か、鮮血が噴出している。

 バヤリースが現れてから数分の間に四人パーティの内二人がすでに血みどろとなっていた。

 対面する幹部自身の顔も真っ赤に染まり、怒り心頭と言った表情で目の前の反逆者を見逃すつもりはないらしい。

 これが俗にいう絶体絶命というやつである。


「お前らは、いったい何なんだ。何が目的で我が主様を探すってんだ?」

「それがですな。私をこちらの世界へ召喚した女神殿がマオー殿を殺さない限り元の世界には戻してくれないと言っていたのですよ。だからその方を殺しに来た次第ですな」

「――ッな、お前は確かに殺したはずだ!」


 三幹部延いては魔王様の名を馬鹿にされたと感じた瞬間には、沸騰したように怒髪天を衝くほどの怒りと勢いで目の前の人間の頭を喰いちぎり殴り飛ばしていた。

 少しずつ冷静になり、ヤツの仲間のほうへ目を向けてみれば仲間割れとも捉えられる奇行にあっけにとられ、つい口を突いて出てしまった疑問。

 それに答えたのは正に今喰い殺したはずの常にニヤニヤとした微笑を絶やさない優男であった。

 目を離した数舜の隙に、バヤリースによって付けられた傷は総て完治している。


「ほうほう、その反応はもはや一周回って珍しいですな。私ちょっと嬉しいです」


 涙を拭く真似をしながら、今まではにこやかに上を向いていた口角が次第に耳から耳へと裂けるように大きく弧を描いていく。


「それで、もう一度お尋ねしますがマオー殿はどこにいらっしゃるのですかな?」


 シシルが口を開くと同時に、直立していた姿勢のまま右足を後ろへ大きく振りかぶ――った直後にはすでに振り上げられていた。

 音は無し、ただ空間が切り取られたかのようなズレだけが生じている。バヤリースの乗っていたキッチンカーの前部分と後ろ部分、そしてその背後に映る地平線と空、それら総てが真ん中で二つに割れ、右上と左下へとズレてゆきアンバランスな映像を映していた。

 あまりの速度で振り抜かれた足に世界が追い付かず、切り裂かれたのだ。ついでに第三地区と第四地区も滅びた。

 次第に世界の理がズレを正常なものへと戻そうと空間の逆流が起き始め、切断された部分に一種のブラックホールのような亜空間が生まれる。

 滅びが始まった。


「おや、少しやりすぎましたな」

「ちょっとどころじゃねぇよアホボケ殺人鬼! 加減しろや、どこにやりすぎたでブラックホールを作り出す奴がいんだよアホ!」

「ひ、ひぃいぃいぃいぃ。お、助けください~」

「カコ......カコリ」


 黒とも白とも、はたまたオレンジとも言えるような言えないようなそんな混沌を絵具でぐちゃぐちゃに表したかのような色をした亜空間はどんどん大きくなり、手当たり次第に塵に変え吸い込んでゆく。


「き、貴様ぁぁぁ! 何をした。俺様の、俺様たちの世界が塵となり消えていくなど到底許容できるもんじゃあねぇぞおおおお」


 魔王直属の三幹部が一人、バヤリースは既に下半身が塵と化し亜空間へと飲み込まれていく。悪名を轟かせていた彼の栄華はそう長くは続かないのだろう。

 

「お、俺は吸血鬼だ。どれだけ身体にダメージを負おうが血を吸えば回復するのだ!  貴様らのような貧弱なただの人間どもとは違うぞ! 残念だったなまだ俺は死なん」

 

 そう元気よく叫び、今や上半身だけのバヤリースが白けた目で彼を見つめていたニコラスへと飛び掛かる。

 

「その不健康そうな面ぁ、俺の栄養分となって死にさらせぐぼああああああ」

「汚ぇな、男に噛みつかれる趣味なんざねぇんだよカス野郎が。逮捕ころすぞ」


 ニコラスは飛び掛かってきた吸血鬼を上手にかわしながら首をむんずとつかむ。

 何やら焦ったような顔でぺらぺらと喋っているが、やかましいので顔面を思いきり殴りつけると陥没程度では止まらずに貫いて後頭部からこぶしが突き抜けた。

 脳漿やら血糊やらで汚れた手を亜空間にわざと吸い込ませ汚れを塵にする。

 こうしてバヤリースは塵と化した。


「おや、せっかく作った亜空間を掃除機替わりにするのはやめるのですぞ」

「お前こそさっさとこれどうにかしねぇと面倒なことになんぞ」

「あわあわあわわわ」

「カカカカコカコ」


 お前の腰巾着どもがいい加減見てて不憫だと言いながら無事な方の手で煙草を咥え器用に火を点ける。流れるように咳き込む血反吐は亜空間に吸い込まれ塵となった。

 ごもっともとばかりに頷いたシシルは一度顎に手をやり独りごちる。


「ふむ、隠蔽......ですな」


 そうと決まれば早速とばかりにサッカーボールほどの大きさまで成長していた亜空間を思い切り蹴り飛ばす。

 今度は辛うじて肉眼でも見える速度で蹴り上げられたそれは、シシルの足を脛ほどまで塵にしながら上空へと弾き飛ばされてゆく。

 更にそれに追いすがったシシルはもう一度強く蹴りつけると、亜空間の塊を宇宙まで吹き飛ばす。超高速で飛んで行ったそれは暫く肉眼でも捉えられる場所に存在していたが、やがてはキラリンと一度メルヘンに光るとどこかへと消え去っていった。

 これがこの異世界で、元の世界では宇宙と呼ばれていた場所に果てしなく近い空間にブラックホールが生まれた瞬間だった。


「ふう、今までは何かを壊してばかりいましたが。今日はなんと生み出してしまいましたな。いやあいい仕事をしましたな」

「馬鹿なこと言ってねぇで、さっさと次の地区へ行こうぜ」

「そうですね。なんだかここまで来たらこれから荒唐無稽が人の形をとったようなあなた方が何を成し遂げるのか最後まで見届けたくなってしまいました!」

「カッコリ」


 今回の一件で十二ある地区の内、三分の一が滅びていたが何とか一先ず一件落着だとばかりに四人は談笑していた。

 その時、そんな四人の隙ができる瞬間を待っていたとばかりに、突如として一つの影が忍び寄る。


「やはりお前は危険だな。死屍累々。お前は直々に私の手で殺す」

「おや?」


 呆けた顔の四人の前に現れたのは三幹部の実質リーダー的立ち位置にあるネクターだった。

 彼が右手をシシルへ、左手をニコラス達二人と一骨へと向けると影に包み込んでどこかへと飛ばしてしまう。


「厄介ごとは引き受ける。だから他の有象無象は頼んだぞクー」


 再び一人だけその場に残ったネクターは、塵と化したバヤリースと第十地区ことナゲキノ地区を管理するクーへと思いを馳せ。自ら死地へと赴く決心をする。

 総ては死屍累々を刺し違えてでも殺すために。




 















 



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異世界転移に巻き込まれたが固有スキル「不死身殺人鬼」のおかげで全員死んでゆく 白と黒のパーカー @shirokuro87

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