第3話 帝国の皇女はフィジカルが強い

 今や強大な軍事国家として名高いノルン帝国もかつてはエルメと同じほどの小さな国だった。

 リーマ大陸の三分の一ほどまで領土を拡大し、今のノルンになったのは、ひとえに炎帝クリムトの功績である。

 力に貴賤なし。

 炎帝の掲げたそれは、出自、身分、人種で虐げられていた救いの手であった。脚光を浴びることのなかった多くの人材が彼の元に集い、その人材の活躍によりさらに人が集まり、目覚ましい快進撃を続けているうちに、気づけば今の国の形になっていた。

 一方で力無き者には残酷な国であった。クリムトは自分の親族でさえ能力がないと分かると追放するというまさに完全な実力至上主義。

 それがノルン帝国という国家の特徴であった。


 

 熟練の猟師であっても気をつけなければ足を取られてしまうほどの深い緑に覆われた森の中。

 アルドは収穫祭で行う余興の使う獣を手に入れるため森の中に入っていた。討伐ではなく今回はあくまで偵察である。そのため、一人の同行者だけがアルドについている。


「陛下! このエルメは大変素晴らしい国ですね!」


 湿度が高く蒸し暑いせいか、その女性は頬を上気させてアルドに話しかける。

 後ろで結び邪魔にならないようにしている赤色の髪は左右に激しく揺れ動き、新緑を思わせる瞳を絶え間なく動かしているというのに、つまずいたり、どこかにぶつかるということもなかった。


「俺の国を気に入っていただけたようでなによりだ、カレン」

「はい! ノルンの領土の多くはは膝ぐらいの高さの草木が生えているのがほとんどです! だから、私の背なんかよりも高い木がとっても興味深いです!」


 その言葉と共にツタやツルを弄っている姿はとても高貴な身分の存在には思えなかった。しかし、炎帝クリムトの異名の由来にもなっている燃えるような赤い髪はカレンが彼の血縁であることを示している。

 カレンはノルン帝国第三皇女であり、アルドが迎えた三人の妻のうちの一人である。

 アルドは無邪気に森の中を探索するカレンの姿を見て、驚きを隠せなかった。

 はじめて会った時の印象はまるで異なっていたからだ。

 結婚式の際、カレンの彫刻のように完成された容姿と鋭い視線はとても目を引いた。意識的かは分からないが、彼女の所作はひどく他者を遠ざけるものになっており、アルドは他者と関わりを望んでいないのだろうと印象を受けた。

 そのためアルドは今日に至るまでカレンとの接触を極力さけていた。


「陛下、陛下、これすごいです! 光っていますこの虫! なんていうのですか!?」

「それはヒカリベといって、死肉をくらう森の掃除屋だ」

「光っていてキレイな上にお掃除もしてくれるんですね」

「産卵前のメスは血も吸うから傷口があると、そこから病になる可能性もある。不用意には触らないように」

「……そうですね!!!」


 元気の良い返事とは裏腹に不用意にヒカリベに触れようとしたカレンの姿を見て、アルドは彼女に対する評価を訂正した。

 他者を遠ざけるどころか、わからないことはアルドになんでも聞くほど人懐っこい性格である。好奇心に溢れた彼女は、そばで見守っていないと心配になるほどだった。

 周囲のものはもう見飽きたのかカレンは鼻歌まじりで森の奥へと歩みを進めていく。アルドは周囲を警戒しながらカレンの後を追う。

 少し歩いたところでカレンは踵を返してアルドに話しかけた。


「そういえば陛下」

「どうしたんだ」

「私は道がわからないのですがこっちでよろしかったんでしょうか」

「……ああ、目的の場所はもっと奥だからな」

 

 カレンと話しているとアルドは父であるグランズとのやりとりを思い出す。父はいつも無鉄砲なアルドの行動を諫めていたが今のアルドと同じような気持ちだったのかもしれない。申し訳ないことをしたと今になって後悔をする。

 

「そういえば陛下」


 カレンの声でアルドは過去に飛んでいた意識を戻した。


「これほどまで森の深い場所に棲む獣というのはどのような存在なのでしょうか」

「強力な獣だ。普段は四足で生活しているが戦闘のさいには立ち上がり俺たちを攻撃してくる」

「なるほど」


 先ほどのようなハツラツさは薄れ、カレンは何かを思案しているかのような表情を浮かべている。そしてまた口を開いた。


「では大きさはどれほどなのでしょうか」

「小型であれば俺ほどの大きさで、大型であれば大人二人ほどの大きさになるだろうな」

「そうでしたか、では」


 彼女の言葉の続きを聞く前にアルドは、背後で枝を踏み割る音に気づく。ふとした気のゆるみで警戒心が緩んでいたを自覚して振り向く。

 それよりも早くカレンは姿勢を低くしてアルドの背後に向かって駆け出していた。アルドの側を通った後も勢いは殺さず、地面にぶつかるほどの前傾姿勢のままである。

 アルドが向き直った瞬間、視界に入ったのはカレンと獣の姿であった。

 彼女は、勢いをつけたまま両手で地面を押し付けていた。その反動を利用し、彼女の足は獣の顔面を凄まじい勢いで蹴りつける。

 それでも勢いが殺しきれなかったのかカレンの体は宙に舞った。地に足がついていなくとも彼女の動きにぶれはなく、何事もなかったように着地する。

 獣は伏したまま気を失っているようだった。

 

「これは、まだ小型なのでしょうね」


 ぞくりと、アルドの身の毛がよだつ。

 彫刻のように完成された容姿に無機質な鋭い視線。気を失った獣を見るカレンの表情ははじめて出会った時と同じものだった。

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国家君主アルドは今日も国家の為にお嫁さんとイチャイチャする ふなもり @edo-kook

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