第3話 高揚

「お茶、飲んで行きますか?」


放心状態の私を見て、彼が気を遣ってくれた。

話を聞いてみると、あのおばあちゃん、和美かずみさんは病名を告げられてからも無理にお店を続けていたため、今は寝たきりの状態らしい。彼は10年ほど前から養子として、和美さんにお世話になっているという。


彼女のことを話す彼は少年のような、無邪気な顔をしていた。

「最後にお店を開けた夜に来てくださったんですよね?金木犀の香りのお嬢さんが、たくさんのお煎餅を嫌な顔せずに受け取ってくれたって嬉しそうに言ってました。

僕もホームでぶつかった時に金木犀の香りが印象に残っていたので、すぐにわかりましたよ。」

「え!?」

全然気が付かなかった。あの時ぶつかってしまった人が彼だったなんて。あの時の雰囲気とは随分と印象が違った。

「あの時はすみませんでした!」

慌てて謝ると彼は笑って言った。

「体調が悪いのに無理にでも店を開けようとする和美さんと喧嘩して苛立っていたんです。こちらこそすみません。」



その後は仕事の愚痴や、日々のくだらないことをたくさん話してしまった。

彼もまた、彼自身のことをたくさん話してくれた。

普段なら人と距離をとってしまう私が、何故彼をこんなに信頼したのだろう。


私を見つめる彼の目が、

不思議と優しく感じた。


つい話し込んでしまい、あっという間に時間が過ぎた。

「そろそろ帰りますね。すみません、長居してしまって。」

「送りますよ、最寄り駅はどこですか?」

「大丈夫です、電車に乗ればすぐなので。」

「じゃあ改札まで。」


駅に着いて挨拶をして帰ろうとした時、


‥またいつでも来てください。


と別れ際に小さい声が後ろから聞こえた。

振り返って目があって、お互いに可笑しくて笑ってしまった。



少し駆け足で階段を登り、

ホームで大きく息を吸い込むと、

都会の埃っぽさに秋の匂いが混ざっていた。

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こころココ とりかご @kichihr0714

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