生きる匂い

大隅 スミヲ

遠山生花店の仕事納め

 朝、いつものように店のシャッターを開けると、店の前に黒い猫がいた。

 黒猫は不吉だとか魔女の使いだとかいう人もいるが、わたしは黒猫が好きだ。


「おはよう」

 すり寄ってきた黒猫に対して挨拶をすると、店の前に花を置く作業をはじめた。


 客が来ないことはわかっている。

 それでも、店をやっているという雰囲気を作り出すために花を店先に並べるのだ。

 これは、先代である祖父が毎日欠かさずやっていたことだった。


 12月28日。きょうは仕事納めの日である。

 明日から1月4日までは、店を開けることはない。


 特に正月の予定などはなく、家でダラダラとテレビを見て過ごすだけだが、仕事用のスマートフォンはチェックするようにしていた。

 店は休みでも、仕事が入るときもあるのだ。


 あの人たちは正月休みとかは無いのだろうか。

 ふと、そんなことを考える。


「きょうは正月だから、やめておこう。休み明けに実施だ」

 想像してみてから、それはあり得ないことだと気づき、ひとりで微笑んでしまう。


 案の定、店に客が来ることはなかった。

 ラジオを聞きながら、インターネット通販のサイトを見て、在庫をチェックする。

 昼ご飯は昨夜の残り物を食べて、休憩時間はネットで評判の店から取り寄せたドーナッツとコーヒーでおやつを食べる。

 日が暮れる頃になれば、店先に出してある花と看板を片づけて、店じまいだ。


 今年の営業はこれでおしまい。

 シャッターを閉めていると、ジーンズのヒップポケットに入れていたスマートフォンが鳴った。


「はい、遠山生花店ですが……」

 電話に出ると、の声が聞こえてきた。

 あの人はいつも予告なしに連絡をしてくる。

 いつだって丁寧な口調で、事務的に話をする。声は低く、とても落ち着いている。

「わかりました。お待ちしています」

 わたしはそう言って電話を切ると、店じまいの続きをおこなった。


 来客を知らせるインターホンが鳴ったのは、午後10時近くのことだった。

 すでに支度を終えて待っていたわたしは、作業着に長靴、ゴム手袋という姿で彼らを出迎えた。

 大型のバンでやって来た彼らは、袋を二つ担ぐようにして店の裏にある作業場へと運び入れた。


 作業場内は冷え切っていた。

 エアコンはついているが、冷房以外に使うことはない。暖房を使おうものなら臭いが出てしまうからだ。最初は寒い作業場であっても、仕事をしているうちに自然と汗をかくほどになってくるから、その辺は気にすることはなかった。


「今年もお世話になりました」

 車を運転してきたスーツ姿の男がいう。

 彼は荷物などを運ぶことはせず、運転をするだけの役割なのだ。

 おそらく、彼は荷物を運ぶ金髪の青年の上司なのだろう。彼らの世界ではとか呼んだりするみたいだけれど。

 見た目はちょっと怖いけれど、彼らはとても礼儀正しくて、優しかったりする。

 もちろん、それはに言われているからだろうけれど。

 あまり人と接する機会のないわたしにとっては、それでも嬉しかったりした。


 青年が帰った後、わたしは作業をはじめる。

 袋の中に入っていたのは、冷たくなった物体で、男と女がひとりずつだった。


 まずは血で汚れてしまった服を脱がせてあげる。

 男の方は筋肉質な体型であり、全身に刺青が入っていた。

 脱毛サロンにでも通っていたのか、体毛はほとんどない。

 それなのに乳首のところから一本だけ縮れた毛が生えており、わたしはその一本をピンセットで摘まむと、力強く引き抜いてあげた。


 女の方は体のラインがよくわかるセクシーな服を着ていた。

 首には紐で絞められたような痣がくっきりと残っている。

 彼女もジム通いなどをしていたのか、締った筋肉質な体つきだった。

 こちらも脱毛サロンに通っていたらしく、体毛は全くない。

 最近は脱毛することが流行っているのか、毛のない人が多い。

 太ももから下腹部にかけて、蛇の刺青が入っており、何だかそれが妙な色気を出していた。


 ふたりはカップルだったのかな。

 クリスマスは一緒に過ごしたのかな。

 そんな勝手な想像をしながら、わたしは仕事の準備にとりかかる。


 男の身体をウインチを使って持ち上げるとそのままバスタブの中に寝かせ、そこに重ねるように女の身体を寝かせる。

 ふたりの身体がバスタブに収まったことを確認した後、マスクとゴーグルを装着してから、特殊な液体AとBをバスタブの中に注ぎ入れる。

 この液体については企業秘密であり、配合方法や入手方法についても誰にも明かしたことはなかった。

 あとは、この液体の効果が出るまで待つだけだ。


 効果が出るまでの間、焼却炉へ行って、彼らの服や荷物を処分する。

 焼却炉の温度は1000℃以上に加熱することが可能であるため、ちょっとした金属であれば溶かすことは出来た。


 特殊な液体を使った後に残る物体は、乾燥させてから粉上にする。

 この粉が、バラなどの植物の肥料としてとても役立つのだ。

 ネットでも販売をしているので、遠山生花店のサイトで購入していただければと思う。

 もし、遠山生花店のサイトがわからない場合は、『バラ』、『肥料』、『スペシャルブレンド』などで検索してもらえれば、遠山生花店のサイトがヒットするはずだ。

 ちなみにこの肥料は売り上げNO.1であるため、品切れになっていたら、ごめんなさい。


 バスタブを中和剤で洗い、すべての作業を終えると、作業着を脱いだ。

 作業着からは、汗の臭いがした。これは、生きる匂いだとわたしは思った。

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生きる匂い 大隅 スミヲ @smee

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