第4話 美女と珍獣のデート1
目の前に女性の巨人がいた。
その大きさ、なんと僕の100倍以上。
その巨人は気だるそうにこう言ったんだ。
「燃えるゴミは火曜日と金曜日で、いらなくなった彼氏は土曜日かぁ~」
いらなくなった彼氏?
誰のことだろう?
そんなことを考えながら僕はキョロキョロと周りを見渡していた。
電子レンジ、水道蛇口、換気扇……
そのどれもが普通では考えられないくらいの大きさ。
どうやら僕は巨大なキッチンに迷い込んでしまったらしい。
間違いない。
巨人はエプロンを着用しているし。
胸元には「wonder」と刺繍が入っている。
まあ、それはどうでも良いけれど、とにかく周りの全てが大きかった。
昔、飼っていたハムスターのコロ太から見た人間の世界がきっとこんなんだったのだろう。
(あれっ……?)
ふと気付いてしまった。
巨人の顔に見覚えがあることに。
良く見ると巨人は僕が昔付き合っていた彼女だった。
確かに料理好きな子ではあったけれど、こんな高層ビルくらい大きくはなかったはずなんだけど。
ちょっと遅れた成長期が来てしまっただけなのだろうか……
それとも、悪い魔女に魔法をかけられてしまったのだろうか……
あれこれ考えているうちに
(うわぁっ!)
僕はもう一つビックリしてしまった。
それは自分が立っていた場所だ。
僕はいくつもの風船に吊るされたボロボロのダンボールから顔をひょっこりだしていた。
つまり、空中にぷかぷかと浮いていたというわけだ。
真下にはテニスコートくらいの巨大な鍋があって紫色の液体がグツグツ煮えたぎっている。
もしも風船が割れて、ドボン!落ちたら大変だ。
38歳のオジサンの出汁をとったころで、そんなスープ飲みたいと思うようなグルメな奴はいないだろう。
「ちょっと待ってよ生け贄じゃないんだから!」
僕が叫んでも巨人は完全無視。
超特大サイズのおたまで味見をしたかと思うと、涼しい顔で
「ちょっと味が薄いかしら」
なんてこと、そっぽ向いて言っていた。
嘘でしょ!?
そんなにでかい体してるくせに鼓膜が無いなんて。
巨人はおたまをどっかにやったかと思うと、代わりに今度は針を持ちだしてきた。
もしかして……
あわわわ。
もうテンパッていた。
巨人は針を風船に振りかざした。
「ちょっと待って! 黒魔術の練習するなら他でや……」
パン! パン! パン!
うわぁ~。
プツン。
舞台が暗転したかのように目の前が真っ暗になった。
――……―…―――……
――…――…ハッと眼を覚ますと、そこは見慣れた僕の部屋だった。
殺風景で面白味が何一つ無い僕の頭の中と同じの。
僕は悪い夢を見ていたんだ。
なんというおぞましい夢だったのだろうか。
まさか正夢になるとまでは思えないけれど。
藤崎さんとのデートで何か悪いことが起こるんじゃないだろうか、そう思わせるのには十分だった。
その理由は僕の恋愛遍歴にある。
自慢じゃないけれど僕の過去の恋愛はポイ捨ての連続だった。もちろん、ポイ捨てをされる側だけれど。
高校生の時、初めて出来た彼女には3ヶ月で捨てられた。
元奥さんからは結婚10年目で離婚届を突きつけられた。
捨てられれば捨てられる度に強くなれたら良かったんだけれど、僕にはそんなメンタルも学習機能も無かったみたいで男としての魅力度は年々右肩下がり。
はぁっ。
溜め息が出てしまう。
牛乳パックはトイレットペーパーに生まれ変わる。
ペットボトルはネクタイになる。
リサイクルの技術は進歩しているってのにどうして僕だけポンコツのままなのだろう。
どうか、今度こそは捨てられませんように。
※
ガタンゴトン……ガタンゴトン……
桜木町駅へと向かう電車の窓の外に流れる見慣れた住宅街と田園風景。
電車に揺られながら僕は彼女のことを想っていた。
念の為に言っておくけど、夢に出てきた昔付き合っていた彼女のことではない。
今回の婚活アプリ事件の被害者の女性のことだ。
藤崎塔子さん。
それが彼女の名前だった。
僕と同い年の38歳の美容師。
趣味は料理とガーデニング。
得意料理は自宅で採れたミニトマトを使った「トマトのチーズ焼き」らしい。
うーん。
不器用が服を着て歩いてるような僕と比べると月とスッポンのような気がする。
二人の共通点と言ったら名前の文字数くらいのような。
こんな二人が結ばれる奇跡なんて恋の神様が二日酔いで正常な判断力を失っている時くらい。
そう思っていた。
ガタンゴトン……ガタンゴトン……
※
桜木町駅に着いた頃には腕時計の針は10時30分を少し回っていた。
駅舎を出ると、まるでクレヨンで塗ったような青空が広がっていて
ん〜ん、気持ち良い〜!
あまりにも心地良い春の陽射しに僕は眼を細めながら軽く伸びをしたんだ。
僕には葉緑体は無かったけれど、何だか光合成をしてる気分。
元気エネルギー充電完了。
いざ、待ち合わせ場所へ。
駅から待ち合わせ場所へと続く遊歩道からは近代的な景色が眺められた。
巨大な観覧車と高層ビル。
それから海も。
おまけに土曜日のみなとみらいは誰もが笑顔を振り撒いていて、誰もが幸せそうに見えたんだ。
肩車をする父娘も、腕を組む若いカップルも、お揃いのウィンドブレーカーで歩く大学生達も、みんな。
勿論、幸せオーラなら僕も負けてはいなかったけれど。
珍獣デレデレ男、現る。
それはもう、見ず知らずの道行く子供にさえ見えてしまっていたようで
「ねぇ、ママ!?どうして、あのおじちゃんは一人でニコニコしてるの?」
そんな声が、すれ違いざまに聴こえてくるほどだった。
きっと恋の症状だったのかもしれない。
何をしていても楽しくて、どこにいても嬉しくて、蒼天から降り注ぐ白い光に感じる幸せの予感。
嬉しくて、楽しくて、明日から夏休みが始まる小学生みたいに。
僕は眩しい街を跳ねるように歩いていた。
※
11時にアクアプラネットホテル。
待ち合わせ場所は海沿いのタワーホテルだった。
朝倉家の軍事会議で、結衣参謀が提案してくれたのがここだったんだ。
どうやら、ここのホテルで食事をしたカップルは幸せになれるというデータがあるそうで(結衣調べによる)
約束の時間よりも10分早く着いた僕はガラス張りの解放感のあるロビーで彼女を待っていた。
そこはまるで白亜の宮殿のような場所だった。
大理石のフローリングは艶めいていて、太い円柱に埋め込まれた水槽は青い光を放っていた。
ドキドキ……ドキドキ……
恋の時限爆弾作動開始。
どうしようもなく不安なんだけれど、どうしようもなく楽しみで。
大好きな人を待っている時間とは、どうしてあんなにも幸せなんだろうか。
大切な人の笑顔を少しでも見たくて、面白エピソードの棚卸し作業をしたり、時には妄想もまじえながら。
そうしてるだけでこのままロビーで二泊三日できるくらい幸せだった。
だけど、トラブルというやつはいつだって突然起きるもんなんだ。
せめて予約してくれれば、まだ心の準備ができるんだけど。「明日、○○のトラブル起きます」って。
自慢じゃないけど、今までだってそうだったんだ。
高校受験日当日の自転車のパンク。
修学旅行中になった急性胃腸炎。
忘年会でズラしてしまった部長のカツラ。
いつだってトラブルは起きるんだ。
ホテルのロビーで鼻の下を3メートルくらい伸ばしていたこの時もそうだった。
まあ、身体の主がこんなんだから僕の知覚神経も運動神経も仕事をサボって当然だったのかもしれないけれど。
こんな時に限ってペットボトルのキャップがどこかへ飛んでいってしまったんだ。
緊張で喉がカラッカラになってしまってお茶を一口飲んだ後、キャップを閉めようとした時に何故か手元が狂ってしまって。
コロコロコロ……
キャップがテーブルの下へと転がっていってしまった。
四つん這いになって探していると、視界にはベージュのスカート、そこから伸びたスラッとした脚と紺色の靴が映っていた。
まさか……
「朝倉航太さんですか?」
「はい…」
視線を上げるとそこには、セミロングにゆるふわパーマの美人さんが立っていた。
OH my God!!!
なんてこった!!!
じぇじぇじぇ×100!!!
この世にこんな美人がいてたまるか!!!
ペットボトルのキャップを持ったその人は腰を屈めて優しく挨拶してくれた。
「初めまして、藤崎塔子です」
落ち着いたトーンとスピードで。
声まで美人だなんてもはや反則やないか!
~~~~~緊急ニュース速報~~~~~
「番組の途中ですが、ニュースをお伝えしたます。今日、午前11時頃、みなとみらいのホテルのロビーで朝倉航太さん38歳が藤崎塔子さんに悩殺されました。朝倉さんは目がハートになる重症を負いましたが命に別状はない模様です。以上、ニュースをお伝えしました」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
これが僕と塔子さんの出会いだった。
男は第一印象が大事と言うけれど、初めて見られたのが、よりによって四つん這いをしてる姿だなんて。
少しカッチョ悪い気もするけれど、今思えば美女と珍獣らしい出会い方だったのかもしれない。
それに塔子さんに出会った瞬間、ビビビッ!!! 100億アンペアくらいの電流が流れたのと同時に僕は思ったんだ。
この人と、ずっと一緒にいたい。
38歳のおじさんが言うことではないかもしれないけど本当にそう思ったんだ。
現世も来世も来来世の恋するパワーも全部使っても良いから……
はにかみ勿忘草 坂井 幸太郎 @19670206
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。はにかみ勿忘草の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。