第3話 婚活道場2
憲法11条
国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない……
ふざけるな!
そんなのウソだ!
僕には人権の欠片もないじゃないか!
パパの人権どこにいってしまったの?
パパの取扱説明書ちゃんと読んでくれてるの?
ムチとムチ。苦難と試練。雨と嵐。
それから、それから、えぇっと……
えっ!?早く話を進めろって?
どんな婚活修行が一週間も続いたのかを。
それは例えば……
通勤電車で単語帳「女性が喜ぶ言葉100選」を暗記させられたり。
頭が良くなるDHAがたっぷり入った料理を食べさせられたり。
他にはドジなおじさんと美女の恋愛模様を描いたドラマを観てレポートを書かされこともあった(文字数3000字程度という指示もあり)
これだけでもかなりのスパルタ教育だと思われるかもしれないけれど、驚くことなかれ!
こんなものは氷山の一角に過ぎなかったんだ。
そんな中でも一番怖かったのが筆記試験だ。
問題:彼女がデートに遅刻してきました。あなたは何と言う?
正解:忠犬航太だワン!
こんなの当たるわけないじゃないか。
それにどう考えたってスベッとるやないか!
他の問題も奇問と難問のオンパレード。
当たり前のように赤点をとってしまった。
その結果……
僕がどうなってしまったのかというと……
なんと……
「怪獣ピンクパパゴン」に変身させられてしまったんだ。
パチパチパチパチ。
拍手なんてしてる場合じゃない。
「怪獣ピンクパパゴン」
それは世界中の怪獣図鑑にも載っていないだろう幻の怪獣、その正体は実の娘によって何もかも強制的にピンク色にさせられてしまった哀れな父親だったのだ。
ハンカチも歯ブラシもパジャマまでも、何もかもピンク色に。
結衣曰く、こうすれば恋愛運が上がるそうなんだけど。
ただ、何か大切な物を失ってしまったような気がするのは僕だけだろうか。
あの頃の僕にエールを送ってあげたい。
頑張れ!もう少しで素敵な人に出会えるから。
※
2023年4月20日。
運命のデートが二日後に迫った木曜日。
横浜馬車道の変、勃発。
一人のサラリーマンが一人の少女に襲撃された。
時刻は18時を過ぎた頃。
ルンルンルン♪
その日、良く働いた(自分で言うな)僕は何も知らずに上機嫌でオフィスビルのエレベーターに乗り込んでいた。
と言うのも、その日は珍しく結衣からのメッセージが何も届いていなかったんだ。
機械の故障なんかじゃない。
着信拒否にしたわけでもない。
いつもなら身の毛がよだつ世にも恐ろしい婚活道場カリキュラムが送られてくるのだけれど。
この日だけは本当に結衣からのメッセージが無かったんだ。
つまり……
オフ!
休養日!
得体の知れない講義を受けなくてすむんだ。
そうなると背中に羽根が生えた気分になってしまうわけで。
結衣には悪いけど、こっそりサウナにでも行って疲れを癒そう。
そんな野望を抱いてしまっていたんだ。
しかし!
世の中、そんなに甘くはないってこった。
エントランスを出た瞬間。
カッチンコッチン!
僕の背筋が凍りついた。
そこには世にも恐ろしい光景が広がっていたから。
黄昏色に染まった街並み。行き交う車のヘッドライト。
それと、どこか見覚えのある顔。
それはなんと!
街路樹の下で不気味に微笑む結衣だった。
どうしてこんなところに……
いつの間に待ち伏せなんて高等技術を……
頭の中をハテナでいっぱいにしているうちに、その小悪魔100倍オーラで言われたんだ。
「お疲れ!さっ、行くよ!」
って。
蛇に睨まれた蛙の気持ちが良くわかったような気がした。
(どこへ……??)
本当に驚いた僕はもはや声をあげることさえできなかったから。
こうして婚活課外授業は突然始まった。
その内容はと言うと、僕の「大人デートコーデ」のためだった。
僕の私服はシンプルにダサいらしい。
僕のワードローブは四次元空間だ。
悔しいけれど薄々は気付いていたさ。
休日に街でバッタリ会った同僚が僕の私服を見て(うん!?)と微妙な顔をすることも。
それが美人が自転車を立ち漕ぎしてるのを目撃した時と同じ表情だったことさえも。
そこで立ち上がってくれたのがオシャレ愚連隊の隊長、朝倉結衣だったというわけだ。
地獄の私服オジサンのレッテルを剥がすべき時は今なんだ!
結衣が連れて来てくれたのは横浜駅のショッピングモールだった。
高級感のあるアパレルショップの入口で僕はドキドキ。
だって、こんなにオシャレなお店に来たことなんてなかったから。
「ポンコツおじさんセンサー」が店のどこかに付いてはいないか不安だったんだ。
僕が店内に入った途端に
ビィ~~~~~
物凄い爆音が鳴ったりしたらたまったもんじゃない。
こんなモジモジした父親。
自分でも嫌になってしまう。
唯一の救いは結衣がモジモジ遺伝子を引き継がずにすんだことくらいだろう。
ズカズカと店内へ侵入していった結衣はこっちに振り向いて言ったんだ。
「ちょっと、何やってるの!?早く行くよ!」
と。
どうやら図太い性格は、母親譲り。そうでなかったら、遺伝子の突然変異だ。
アパレルショップに入ると、モノトーンをベースにしたBARのような薄暗い店内は大人っぽいアイテムでいっぱいだった。
くすみカラーの春ニット。
カジュアルなジャケット。
サングラスや帽子の小物まで。
これほどまでにオシャレだと、どうしても引け目を感じてしまっていた。
どれも僕には宝の持ち腐れのような。
豚に真珠のような。
そんな劣等感がふつふつと。
(やっぱり違うお店にしようよ)
そう言おうと思ったんだけれど……
我が家の暴君は何のその。
遠慮なんてものは持たない結衣は、まるでバーゲンセールのように辺りを物色していたんだ。
その姿がどれほどたくましく思えたことか。
小さな手で次々と服を選びとっていく結衣は大阪のオバちゃんよりもずっとパワフルに見えた。
そんなブラジル代表並の攻撃力を持った結衣に対して父親の僕はというとマネキン状態。
「……」
結衣から言われるがままに全身鏡の前で大人しく突っ立っていると
「この黒を着こなすには、ちょっと色気が足りないのよね~」
僕に黒のジャケットをあてがった結衣にぼやかれた。
確かに……仰る通りです。
今、僕に一番必要なのはビタミンでもカルシウムでもなく大人フェロモンなんです。
そこを見抜くとは結衣の洞察力もなかなかのものだ。
それにしても父親の扱いが雑すぎるような気もしたけれど。
ちょっとモヤモヤしていたのが表情に出てしまっていたのかもしれない。
僕の複雑な気持ちに気付いたのか結衣に言われたんだ。
たった一言。
「今夜は無礼講だから」
って。
これって娘が父親に使う言葉だっけ?
会社の忘年会で部長が部下に対して使ってるのは聞いたことがあるんだけど。
はあっ。
僕からはため息しかでなくなっていた。
以上、壊れかけのパパでした。
この先は、壊れかけたパパの安否を気にして下さった心優しき方々の為に。
この後、壊れかけたパパがどうなったのか、簡単に言うと……
もっと壊れた。
僕は店内を結衣につれ回されながらも信じていたんだけれど。
きっと、そのうち結衣なら分かってくれる
って。
僕のナイーブな心を。
なぜならば!
結衣の名前の漢字を「衣」とした由来は、温かみのある人に育って欲しかったからだ。
他の誰でもない、この僕がつけたからだ。
結衣は絶対に僕の今の気持ちを優しく汲みとってくれるはず。
そう思っていたんだけど。
結衣がとった行動は……
僕を労る気持ちは1ミリも無かったみたいで
「このニットシャツ似合うかも」
そう言って僕を試着室へと連行していったんだ。
チーン。
僕は唖然としたままBOX型の試着室に押し込まれ、雑に閉められたカーテン越しから
「早く着替えてね」
と結衣の声が聴こえた。
少しだけひんやりした試着室の中で僕は思った。
娘に付ける名前を間違えたかもしれない。
「結衣」ではなくて「
鏡には一人。
しょぼ~ん、と肩を落とす僕の姿が映しだされていた。
その後はどこにも需要なんて無いオジサンのファッションショーが何度も何度も公開されただけ。
コンプラ無視ガール朝倉結衣の毒舌マシンガンは止まらず。
僕はもうボコボコのボコ。
「ちんちくりんオバケじゃん!」
「こども係長!」
こんなものは褒め言葉(色々言われ過ぎて麻痺してしまったんです)で、周りから聴こえてくるクスクス笑いと、浴びせられる視線に恥ずかしがってると、思わず耳を疑いたくなる台詞が。
「気にしなくて良いから!パパはフリー素材なんだから!」
と。
僕がフリー素材……
やっぱり僕には肖像権というやつも無かったみたい。
これだけでは終わらないんだ。
「○△□✕○△□✕みたい」
終いには放送禁止用語まで飛び出す始末。
僕は想像してみた。
もしも結衣が戦国時代に生まれていたら……
織田信長、武田信玄、伊達政宗と肩を並べるくらい、あるいはそれらを凌駕する程の武将になっていたのではないだろうか……
なんだか日本史の教科書に結衣の顔写真が出てきたら笑っちゃいそうだけれど。
そんな空想はさておき、僕の戦国時代はまだまだ続いた。
と言うのもこの後、セレクトショップを何軒もハシゴ……
ううん、
別の店舗にも朝倉軍が侵略しに行ってしまったから。
嵐のように現れては、嵐のようにアイテムを物色し、そして嵐のように去っていく。
二人のモンスターファミリーが横浜の街を魔の木曜日に変えていった。
WARNING!!
ボブヘアーの女の子とサル顔の父親には気を付けて下さい。
後日、横浜中のお店にこんな警戒注意報が出たそうな……出なかったそうな……
こうして僕と結衣のオシャレ大作戦は幕を閉じた。
何か色々あり過ぎて10歳くらい老けたような気もすれけれど。
とにもかくにも紺色のジャケットをGET。
「紺色」は宇宙や夜空などなど、神秘的な物を連想させる色だそうな。
「不思議な男」で有名な僕にはピッタリなのかもしれない。
追伸:帰り道、結衣に初夏のフルーツパフェを奢らされたことは言うまでもない。
そして土曜日、運命のデートの日がやってくる。
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