チラリトモシナイズム。甲冑をまとったお姉さんは嫌いですか?

touhu・kinugosi

チラリトモシナイズム。甲冑をまとったお姉さんは嫌いですか?

「婚約破棄する……か」

「言ってみたいものだな」

 アルフレッド第一王子は、小さくため息をついた。

 黒い瞳に黒い髪。

 170センチくらいの身長。

 今日は、貴族学園の卒業パーティーである。

 彼に婚約者はいない。

 決められなかったのだ。

 明晰な頭脳。

 流麗な容姿。

 生真面目な性格。

 優秀な側近候補たち。

 ピンクブロンドの髪の(浮気な)男爵令嬢など影も形もない。

 

(……露出が多すぎる……)

 心の中でつぶやいた。


 彼の周りには王子妃の立場を狙う令嬢たち。

 全ての女性がつるつるの美白。

 赤子のような肌をしていた。

 それを誇るような、露出の多い薄着のドレス。

 大きく開いた胸元と背中。 

 オフショルダー

 深いスリット。

 極端なものはお腹を出しているものまでいた。


「ふう、魔法を使ったアンチエイジングポーションか」

 約五年前に完成された魔法のポーションだ。

 一度服用すると十歳若返る。

 服用し続けるとニ十歳若返ると言われるものだ。

 しかも、少し複雑な魔法を覚えるだけで簡単に量産できた。

 貴族、平民、問わず女性に爆発的に普及する。

 それに比例して、服の露出度も高くなっていった。


 きれいな肌をできる限り見せるのが最近の服の流行なのである。


「しかし」

「南方の、”アマゾネス”と言う種族は、男女とも腰布だけで過ごすそうだな」

 彼女たちの国で、彼女たちの素肌を見ても何も思わないだろう。

 今、自分の中で同じようなことが起こっているのだろうな。

 女性に気持ちが盛り上がらない。

 世継ぎを残すのも王としての重要な仕事だ。

 廃嫡して女好きの第二王子に王位を譲ろうか。

 自分は真剣に考えていた。

 

「アルフレッド王子」


 呼ばれた声に考えから意識が帰ってきた。


「なんだい、アイリス嬢」

 目の前に180センチくらいの身長の女性が立っていた。

 アイリス公爵令嬢。

 父が近衛騎士団長をしている武の名門である。

 幼馴染であり、婚約者の筆頭候補でもあった。

 青い瞳に金髪のショート。

 甘い香り。

 やはり露出が多い。

 

「あの一緒にダンスを踊りませんか」

 彼女が、上目遣いに見下ろしながら言った。


「いや……」


 自分の身長は170センチくらい。

 向かい合うと、目の前に彼女の胸が来る。

 ドキドキする前に、レディの肌を見てはいけないという背徳感でいたたまれなくなる。


「そう、ですか……」


 悲しそうに俯(うつむ)くアイリス嬢。

 次に来るのは、決まって彼女にそのような表情をさせてしまった罪悪感である。

 

 胸がずきりと痛む。


 自分を想ってくれているのは分かるが、どうしても女性としては見れなかった。


 その時だ。


「全員動くなっ」

 

 ゴウト王弟殿下が武装した兵士と共に姿を現したのは。


「いたな、アルフレッド」


「叔父上、何をしているのですか」


「この国を俺のものにするのだ」

「今、兄上(王陛下)は遠い国に外交に行っているのでね」

 小太った腹を撫で上げた。

「というわけで、アルフレッド、俺のために死んでくれるか」

 ニヤリと笑う。


 クーデターだ。


「ゆ、許しません」

 一人の長身の女性が自分をかばうように前に立った。


「アイリス……」 


「ほほう、ドラゴンネスト家の御令嬢ではないですか」

「ご自慢の、”魔動甲冑”はまとえないという噂ですなあ」

 ゴウトが彼女の、豊かな胸部をいやらしい目で見た。

「大人しくしていれば愛妾くらいにはしてあげますよ」


「叔父上っっ」


「お慕いしております、アルフレッド様」

「この身にかえましてもあなたを護ります……っ」


 シュルリ


「アイリス、な、なにを」


「ほほう、諦めて俺に身を投げ出すか」


 アイリス嬢がただでさえ少ない布地のドレスを脱いで足元に落とす。

 両腕で豊かな胸を隠した。

 小さなショーツ一枚になったのは一瞬だった。


「サモン、ドラゴンスレイブ」

 

 アイリスが静かに言った。


 彼女の背後にある専用のインベントリから、赤黒い魔動甲冑が現れる。

 甲冑が花のように開き、アイリスを包み込んだ。


 竜の尻尾に竜の翼。

 二の腕が床まで届く。

 鋭い爪の生えた竜の手。

 頭は竜を模していた。


 竜の因子を魔動コアに組み込んだドラゴンネスト竜を飼う家の家宝。


「魔動甲冑、”奴隷竜(ドラゴン・スレイブ)”っっ」


「馬鹿なっ、まとえないはずじゃああ」 


「……アルフレッド様にだけはこの姿を見られたくなかった……」

 アイリスは涙を流す。


 グオオオオオオオオ


 竜の因子を持つ魔動甲冑が雄叫びを上げた。


「や、や、やってしまええ」

 ゴウトが周りの兵士に叫ぶ。


「無駄なことを」

 アルフレッドが小さくつぶやく。 

 ドラゴンネスト家の、”奴隷竜(ドラゴン・スレイブ)”は一騎当千。

 千の兵士でも敵わない。

 もともと180センチ近い身長が、甲冑をまとうことで、190センチを超えた。


 オオオオオオ


 爪で切り裂き、尾で薙ぎ払う。


 だが、胸部(装甲)は女性特有の丸みを帯び、胴(ウエスト)は女性らしくきゅっと締まっていた。

 

 ドキリッ


 アルフレッドの心臓が音を立てた。


 空を飛び、雄たけびを上げた。


 グルグアアアア


 口から吐かれる、”超振動破砕砲(ドラゴンブレス)”。


 たった一人の令嬢により、ゴウトの兵士は壊滅する。

 全てが終わった。


「アルフレッド様、お慕いしておりました」

 アイリスが泣いている。

「でも……、さよならです」

 ショーツ一枚の姿を見られた。

 それ以上に、魔動甲冑(竜)の姿を見られた。

 無理です。

 こんな女は、王子にふさわしくない。

 ”超振動破砕砲(ドラゴンブレス)”であいた壁から飛び立とうとした。


「待ってくれっ、アイリス」

 アイリスの(竜の)手を必死につかんだ。


「自分と、結婚してくれっ」

 

「アルフレッド様っ、怪我をしてしまいますっ」

 手にはするどい爪が生えている。


「かまわないっ」


「人前でショーツ一枚になる女ですよっ」

 

「今は違うっ」


「武骨な竜の姿ですっ」


「胸部とウエストのラインが魅力的だっ」


「雄たけびを上げますっ」


「丈夫な子を産んでくれっ」


「素手で兵士を薙ぎ払いますっ」


「助けてくれてありがとうっ」


「”超振動破砕砲(ドラゴンブレス)”で壁に大穴を……、」


「アイリスッッ」


「結婚してくれるね」


 アルフレッドは片膝をついて彼女の(竜の)左手の甲にキスをする。

 この国の正式なプロポーズの仕方であった。


「……はい……」

 アイリスは、うれしくて涙を流した。


 二人は、結婚し五人の子宝に恵まれ幸せに暮らした。


 何故、当時素肌が欠片も出ていない魔動甲冑をまとった王妃にプロポーズしたのかと聞かれた時、王はこう答えたという。


 もともと彼女のことを好きだったのだろう。

 だが、魔動甲冑の中の彼女の素肌を思い浮かべたとき、どうしてもその中身が欲しくなったのだと。


 露出が全くない甲冑の女性にプロポーズした王子。

 このことにより、昔ながらの露出している部分が顔だけという服装が見直された。

 

 ”チラリズム”という言葉がある。

 

 この言葉を元に、露出の全く無い服装に心を動かされることを、王国では、”チラリともしないズム”と呼ばれることになった。 


 了

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