最終話 クリスマス・ソング

「こりゃまずい、まずいですよ。何とかしないと」」

 事態を呑み込んだ白滝が、立ち上がって叫んだ。

「何やってんだ、馬鹿野郎。今すぐあいつを追いかけろ」

 大沢さんが、沖田さんを怒鳴りつける。

「はあ? 何で、俺が」

 何が起こっているのか全く理解できず、彼は呆然としている。

「何でじゃない、このままあいつを放っておく気か」

「いや、そんなこと言われても」

 沖田先輩は混乱して口ごもった。

「俺、ケーキ売らないと」


「ケーキなんか俺たちが売ってやる。心配はいらん、さあ行け!」

 大沢さんが叫んだ。

「いやマジで? 分かった、じゃあ後は頼む」

 沖田先輩は首を傾げつつ、曜子さんを追って店を出て行った。

「後は、あいつ次第だな」

 サンタの背中を見送りながら、大沢さんがつぶやく。

 妹、いや弟のカモメくんが言うように、沖田さんはやはり相当に鈍感らしい。

 だが、ここまで分かりやすいシチュエーションに追い込んでしまえば、もしかすれば何とかなるかも知れなかった。


 とにかく約束だからということで、我々は外に出てケーキを売り始めた。しかしこれが、腹が立つくらい売れない。まばらな通行人は、みんな僕らを無視して通り過ぎて行く。

 やけになった僕らはケーキを無断で一箱開け、テーブルからナイフとフォークを持ってくると、路上にしゃがみこんでむしゃむしゃ食べ始めた。冷えきった空気に、甘い香りが流れる。


「むう、これはうまい!」

 僕は白々しく大声を上げる。

「クリームのコクがそこらのとは全然違う。この店のパティシエを呼べ!」

「いや、まったく」

 白滝が大袈裟に相槌を打つ。

「食ってるほうがずっと楽しい。馬鹿馬鹿しくて、売ってなんかいられませんよ」

「どれどれ」

 と大沢さんがケーキにフォークを入れる。

「ほんとだ、うまいな。もったいないな、これがこんなに売れ残るなんて」

「子供の時に食べたかったなあ、これ」

 阿倍野が星空を仰ぐ。

「天国の姉さんにも、食べさせてあげたい」

 ひどい大嘘である。


 その様子を見たサラリーマン風の男が僕らに近づいて来て、このケーキはそんなにうまいのかと訊ねた。

「そりゃもう。思わず仕事放り出して食べちゃうくらいですからねえ」

 当たり前だという顔で僕はうなずく。

 同じ手口で、さらに四つのケーキが売れた。

 僕らが一箱分のケーキをほぼ食い尽くした頃、通りの向こうから準ナイスガイ沖田先輩と曜子さんが歩いてくるのが見えた。二人は手をつないでいた。

 かなり無理やりなやり方ではあったが、ついに我々はクリスマスの奇跡を成功させたのだった。


 道に座り込んだ四人を見つけた沖田先輩は、驚いたように曜子さんの手を離し、僕らの所に走ってきた。

「うわ、ちょっとみなさん何やってるんですか」

「ケーキ売れましたよ、六個」

 僕はにやにやと笑いながら言った。

 それからみんなで店内に戻り、冷え切った体を暖かいコーヒーで暖めた。

 曜子さんは大沢さんとの約束通り一番高いケーキを頼んだが、あとの五人はもう誰もケーキは食べなかった。あんなに食べればもうたくさんだ。

 並んで座った曜子さんと沖田先輩は、どちらも幸せそうだった。


「では。我々はそろそろ帰るとしようか」

 時間を見計らって、大沢さんが立ち上がった。

 僕と白滝、阿倍野もそれぞれ立ち上がり、上着を着込む。

「みんな、ごめん。わたし、あとから帰るし」

 曜子さんが照れくさそうに言った。

「そうか、気をつけて帰れよ」

 大沢さんが笑いをこらえながらうなずく。

「みんなどうも、ありがとう。ケーキもたくさん売ってもらって……」

 沖田さんが頭を下げる。

「また、話聞かせてもらうよ。色々と」

「あ、そうだごめん、これ返しといてくれる」

 曜子さんがビアレストランのメニューを差しだし、阿倍野に手渡した。

「分かりました。今度行ったときにでも返しときますわ」

「それは一体?」

 沖田先輩が不思議そうな顔をする。


 使命を達成した満足感に包まれながら、僕らは喫茶店を後にした。商店街にはもはや閉ざされたシャッターが並ぶばかりで、今年のクリスマスは終わってしまったかのようだ。しかし、電柱のスピーカーからは、まだ「クリスマス・イブ」が流れていた。

「いいことしましたよねえ、僕ら」

 白滝が楽しげに言った。

「あんな曜子さんを見られただけでも、来た甲斐がありましたよね」

「今年一年で、初めて意味のある行動をした気がするな、俺たちとしては」

 大沢さんが感慨深げに言った。確かに、白滝に振り回された場面ばかりが脳裏に浮かぶ一年で、意味のある行動などほとんどできなかった気がする。

「さて、我々も盛り上がるとしましょうか。この時間から戻れば、もうさすがにカラオケも空いてるでしょう」

 農協の壁面に取り付けられた時計に、僕は目を遣る。まだ夜は始まったばかりだ。


「結局、いつも通りのパターンになりましたね、僕らだけで」

 白滝が苦笑する。

「僕はかまへんよ。充分、楽しいし。ケーキもたくさん、食べたしね」

 阿倍野が、満足げに大きく伸びをする。丸っこいから、伸びてもあんまり伸びないが。

「よし、じゃあ行くぞ。者ども、メリークリスマス!」

 右手を宙に向かって突き出して、僕は通りを駆け出す。

 あとの三人がその後を追って走り去ってしまうと、静かな商店街にはクリスマス・ソングだけが残された。

(了)



(最後までお読みいただいた皆様、本当にありがとうございました。もし続編のアイデアが浮かびましたら、エピソード5として追加するかもしれません。その際はまたよろしくお願いします)

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【完結】キャノンボール、夏の海へ 天野橋立 @hashidateamano

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