#33 寂れた商店街のサンタクロース
列車は盆地の縁を迂回しながら次第に高度を下げ、市街地に降り立った。窓の外を、灯りが次々と流れる。線路は狭い町なかへどんどん入り込み、赤い機関車は家々の軒をかすめるように走り抜けた。
ようやく列車の速度が下がると、間もなく終着の鉢中駅だった。木造平屋の駅舎はとても新都心の玄関とは見えなかったが、0番線や谷底駅と比べれば、駅舎があるだけまだましだ。
駅前は小さなロータリーになっていて、周囲にはコンビニや薬局、農協などがぽつぽつと並んでいた。駅舎の向かい側にはスーパーだったと思われるビルがあったが、その看板は真っ白に塗られて消されている。
白滝は駅舎の中に引き返し、周辺案内図を確認した。確かに鉢中ニュータウンというものは実在したが、駅からはかなり離れているらしかった。駅前にあるのは、小さな商店街だけだ。沖田先輩の喫茶店は、そこにあると思われた。
四人のところに戻った白滝は、咳払いをして口を開いた。
「ええと、新都心は駅とはちょっと場所が違いました」
それを聞くなり、曜子さんはすかさず懐からメニューを取り出し、振りかぶった。
「しかしながら、駅前にも繁華街があります。今からそこへ行きますので大丈夫です」
白滝は慌てて弁明した。
五人は駅前広場の真ん中を横切って、ぞろぞろと歩き始めた。
広場の正面に伸びる通りが商店街だったが、薄暗い街灯が並ぶそこは、到底繁華街などと呼べる場所ではなかった。電柱のラウドスピーカーから流れる「ラスト・クリスマス」は絶望的にわびしく、ほとんどこの世の果てを思わせた。
事情を知らない曜子さんは、不機嫌極まりないという顔をしている。手にはメニューを持ったままだ。しかし我々には、彼女のためという大義名分があるから、とりあえず知らん顔をして歩き続けた。
白滝は店の名前を覚えていなかったのだが、そもそも商店街に喫茶店は一軒しかなかった。ログハウス風の造りの店で、入り口の脇にはケーキの箱が積み上げられたテーブルが置かれていて、そばには無気力な目をしたサンタクロースが佇んでいる。
我々が近づいていくと、立派なひげを付けたサンタはなにか言いたげに僕らを見たが、売れ残りのケーキなどに用は無い。
「よし、この良さげなカフェでお茶でも飲もう」
大沢さんが棒読みで提案してみせる。
「そうだそうしましょう」
「飲もう飲もう」
と、白滝たちがすかさず賛同する。曜子さんは、もうどうにでもなれという顔でかぶりを振った。
薄暗い店内はがらがらだったが、漂うコーヒーの香りは決して悪くなかった。席に着いた僕は、まず店内を見回して準ナイスガイの顔を探す。しかし、そこに沖田先輩の姿は見当たらなかった。
しまったな、これはまずい。アルバイトの予定が変わったのか、店が違うのか。サプライズ狙いとは言え、ちゃんと確認してから来るべきだった。
結果は論外だったとはいえ、
「えーと、俺はブレンドかな」
大沢さんは平静を装いつつ、店のメニューを眺める。
「あとショートケーキでもつけるか、クリスマスだからなあ」
「ちょっと、いい?」
曜子さんが口を開いた。その声のトーンの低さに、男四人は身を固くして彼女の顔を見た。
「わたし、クリスマスなんてどうでもいいよ。別に馬鹿騒ぎしたいとも思わないし」
凍るような色の瞳をした曜子さんは、低い声で続けた。
「でも、これはないんじゃないの? 新都心は? カラオケは? 何でわざわざこんなところまで来たのか、納得のいく説明が欲しいんですけど」
「それは、あの実は色々深いわけがありまして」
しどろもどろになりかけた白滝を、阿倍野が目で制した。
「すみません」
阿倍野は頭を下げた。
「鉢中が賑わっているというのは完全に僕らの勘違いでした。こんなわびしいクリスマスになってしまって、ほんまにすみません」
「すまん、曜子」
「すみません」
大沢さんと白滝も神妙な顔で詫びを入れた。
「しょうがないなあ」
曜子さんはため息をつく。
「来ちゃった以上は、何とか楽しく過ごすことを考えるしかないわけだよね」
「よし、ここは俺と一郎がおごろう。好きなものを頼んでくれ」
大沢さんが勝手なことを言って、力強くうなずいた。
「それじゃ、一番高いケーキ頼んじゃいますよ」
曜子さんがやっと笑顔になる。
その時、入り口のドアが開いて、さっきのサンタクロースが店内に入ってきた。そのまま僕らのテーブルに近づいてきて、赤い帽子を取る。
「梁部、分かんなかった? 俺」
突然名前を呼ばれて怪訝そうな顔になる曜子さんに、サンタはさらに付けひげを外して見せた。男前だが、ちょっと縦長すぎる感のある顔。曜子さんの頬が、さっと紅くなる。
「沖田、くん?」
「お、大沢に、一郎もいるじゃないか。どうしたんだ、みんなで来てくれたのか」
元サンタが片手を上げて挨拶する。もはや言うまでもなく、このサンタこそ例の準ナイスガイ、曜子の恋する沖田先輩だった。
「あの、何で沖田くんが、ここに」
上ずった声でそう言いかけた曜子さんは、その瞬間全てを理解した。いくら小さい町と言えども、こんな偶然があるはずがない。全部、仕組まれていたのだ。
曜子さんは、勢いよく立ち上がった。椅子が大きな音を立てて転倒する。
「どうしたんだ、一体」
そう言った大沢さんは、曜子さんの右目から涙が一筋落ちるのを見て、息を飲んだ。曜子さんは手のひらで顔を押さえ、店の外へと走り去った。
(次回、最終話「クリスマス・ソング」に続く)
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