第5話 取り引き

「取り引き!?あんた勝手に人の頭に住み着いておいて、なんでそんなに上から目線なわけ?」




イラつく夏に向かって岳は続けた。




「夏と言ったな?俺は交通事故にあった。そこで死んだのか、どうなったのかよく分からん。気が付いたら君の頭の中にいた。

ここから出たくても方法が分からない。



俺には妻と娘がいる。

心配なのは、一緒に車に乗っていた妻がどうなったか。

そして、一人娘がどうしているかだ…。



とにかく早急に妻と娘に会いたい。



ただ…ここから出られない以上、君に協力してもらう必要がある。



俺の家族を探して、会いに行って欲しい。」




「はぁぁぁぁ!?なんで俺が!?嫌だね!」

夏はスポットライトの中に立つ岳の胸ぐらを掴んだ。




「そもそもオッサンの家族のことなんて知らねぇし!それに取り引きとか言うけどさ、俺に何のメリットがあるわけ?いきなりやってきて、図々しすぎるだろ!!!!」

夏は鋭い口調で怒鳴った。





「なぁ、夏。目の前にある鏡で自分の姿を見てみろよ。」

岳に言われて、夏はベッドの向かいにある鏡で自分の顔を見た。




「君は今、夏の人格と俺の人格2つを持つ二重人格の状態だ。

このスポットライトの中に立った者が主人格になるらしい。

君が協力してくれるなら、俺は影の人格として、そのスポットライトには立たないと約束しよう。

協力してくれないのなら…俺は容赦なくそのスポットライトに立ち、発言もするし自由に君の体を使わせてもらう。」




鏡の中の夏は岳の言葉を話し、自分自身を鋭い眼光で睨んでいる。




岳はスポットライトの中で

自分の首を両手でギュッと絞めた。

─────不思議だ…痛みも苦しみもない。




鏡の中の夏は両手で自分の首を絞めだした。




「ぐっ苦し…やめろ…。わ、分かったから…離せ!!」




身体に感じる苦痛は、夏の人格が感じるようだ。




「はぁ…はぁ…。最低な大人だな。脅迫かよ。わかった、やりゃいいんだろ…。その代わり、絶対に俺の人格の邪魔をするなよ。あんたは俺の頭の中に住む限り、そこの暗闇で生きていくんだ。そして、ここから出て行く方法が分かったらさっさと出ていけっっ!!」




夏は岳を睨みつけて、掴んだ胸ぐらを突き放した。




スポットライトから暗闇に倒れ込んだ岳は

ニヤリと笑って言った。




「交渉成立だ。これからよろしく。夏」




握手をしようと差し出した岳の手を、

夏は渾身の力で跳ね除けた。


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俺は死んで、君の彼氏になる ほた @hotaru133

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